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「今日は魚の代わりにメインはハンバーグよ。後はグラタンに唐揚げにエビフライに…」母親はダイニングテーブルの上にどんどん夕飯のおかずを並べながら言った。


「優也君の好物ばかりだな」ダイニングテーブルの椅子に座っている父親が笑って言った。


「いつもありがとう」優也は言った。


 一瞬居間の空気が凍り付いた気がした。


 優也は視線を感じ父親と母親を交互に見た。父親は笑顔を讃えていたがすぐに真顔に戻り複雑な表情をしてダイニングテーブルの上に置かれた夕飯に視線を移し、母親も優也と視線を合わせようとしなかったので、優也は何も無かったふりをして笑顔でダイニングテーブルの上に視線を戻した。


「そういえば茶太郎に餌をあげるの忘れていたわ」母親が突然沈黙を破った。


「ああ、俺がやるよ」優也は椅子から立ち上がり居間の横の和室に入ると、茶太郎のゲージの横に置いていた袋の中から固形の餌を計量カップで測り取り、ゲージの蓋を開けて上から茶太郎の餌入れに餌を入れた。牧草も減っていたので追加で入れた。


 茶太郎は餌を測っている段階からせわしなく動き始めていたが、餌を入れた瞬間餌入れに勢い良く顔を入れ餌を食べ始めた。


「お前そんなにその餌が美味いのか?今度違う餌も試してみてくれって伝えておこうか」優也は笑って茶太郎の頭を撫でながら言った。「後で遊ぼうな」


 夢中で餌を頬張る茶太郎の事を見ながら、優也は無心で茶太郎の頭を撫でた。


「優也、ご飯が冷めちゃうわよ」ふと母親の声が聞こえ、優也は我に返り茶太郎のゲージから離れ、ダイニングテーブルへ戻った。


 夕飯が全てダイニングテーブルの上に並べられており母親も椅子に座って待っていたので、優也も椅子に座り三人一緒に「いただきます」と言い、夕飯を食べ始めた。


 食事中テレビは付けない。静かに食卓を囲む家族の大切な時間だ。


「優也君、今日は寝る前にオセロでもしないか」父親が夕飯を食べながら聞いてきた。


「お父さん本当にオセロが好きね。映画は?今日お母さんDVD借りてきたのよ」母親が話に割り込んできた。


「何の映画?」優也は母親に聞いた。聞いた後に口に運んだ唐揚げは本当に美味しかった。


「娘がね、色んな父親に育てられる話。感動物よ。あと…」母親が言った。


「あー」優也は一瞬苦笑した。


「そんな映画見なくて良い。俺とオセロだ」父親は頑なに言った。


「あと、死後の世界がどうのっていう話の映画も借りてきたわ。これも感動物らしくて、人気ランキング上位の映画よ」母親が言った。


「海外の作品か」父親が母親に聞いた。


「そうよ。アメリカの」母親が答えた。


「他には?何か借りてないの」優也は聞いた。


「あともう一つ借りてきたわ。優也が好きな映画を選べるように。ペットが飼い主と話せるようになるっていう、これも感動物の作品で」


「じゃあ、それを観たいな。父さんも一緒に観ようよ」優也は父親とオセロをやりたくなくて言った。


 父親は夕飯を食べながら少しの間沈黙をしたが、「分かったよ」と言うと静かにお茶を飲んだ。


 夕食後に優也は食器を片付け母親に食器洗いの手伝いを申し出たが、母親には「居間でお父さんとゆっくりしてて」と断られてしまった。いつもこうだ。


「優也君、薬は飲んだのか?」父親がリビングのソファーから声を掛けてきた。


 優也は今日ずっと考え事をしていたのですっかり薬の事を忘れており、「これから飲むよ」と父親に言い、居間の引き出しに入れている薬を取り水で飲んだ。


 母親が食器洗いを終えて来るまで、優也は父親と一緒の空間に居る事が耐えられずに和室へ行き、茶太郎と戯れた。和室だが畳の上にカーペットを敷いているので畳は傷付かないようにしている。


 茶太郎はまだ一歳なので元気に飛び回り、狭いゲージの中から外に出られた事が嬉しい様子だ。ゲージの外で遊んでいると毎回こうだ。優也は元気に遊ぶ茶太郎を見て微笑ましかったが、宙に舞う茶太郎の毛を吸い込んでくしゃみが止まらなくなった。


 母親が食器洗いを終えて居間に戻って来ると、優也は居間に向かう為に茶太郎をゲージに戻そうとした。くしゃみが止まらなくなっていたが、茶太郎を抱き上げると強く抱き締めて茶太郎の匂いを嗅いだ。今朝の毛布と同じ匂いがした。


 優也は茶太郎をしばらく抱き締めていたが、茶太郎が暴れ出したので仕方なくゲージに茶太郎を入れた。ゲージの上から茶太郎の頭を撫でると、ゲージの蓋を締めた。


 家族三人で久々に観た映画は、正直あまり面白くなかった。ペットが飼い主と話せるようになる映画と聞き興味を持ったが、ラストに優也は納得がいかなかった。だが父親とオセロをするよりはましだったと思った。オセロ中に父親は優也に沢山話し掛けてくる。


 映画を見ている間は母親も父親も何も言葉を交わさず、静かだった。


 映画を見終ると、父親が風呂を沸かしてくれた。


「先に入りなさい」父親が手に入浴剤を何種類か持ち、優也に差し出しながら言った。「好きな物を使っていい」


「じゃあ、これで。ありがとう」優也は森林浴と書かれた入浴剤を貰うと、風呂場へ向かった。


 優也は風呂場で浴槽に浸かりながら、今晩は夢を見るのだろうかと思考をした。


 風呂から上がるとパジャマに着替え、優也は再度茶太郎のゲージへ向かった。和室のカーペットの上でパジャマの裾を捲り上げ、火照った足首と腕を伸ばしてリラックスをした。父親は風呂に入っている。


「優也、冷凍庫にアイスが入ってるから食べて良いからね」母親が居間から声を掛けてきた。


「ありがとう。でも今日は要らない」毎回入浴後にアイスを勧めてくる母親に優也が答えると、母親が「そう」と静かに言う声が聞こえた。


 優也はゲージの蓋を開けて茶太郎を担ぎ出し、抱き締めた。パジャマに毛が付くと寝室でくしゃみが止まらなくなる事が想定されたが、最近の優也はそれが気にならなくなっていた。茶太郎を抱き締めたまま、茶太郎の頭を優しく撫でた。


 父親が風呂から上がる音が聞こえ、居間に父親が戻って来た。


「父さん、俺はもう寝るよ」優也は茶太郎をゲージに戻しながら言った。


「優也」父親が力強く声を掛けてきたので優也は振り返り、居間にいる父親の顔を見た。


「あなた」居間のソファに座っていた母親が父親に静かに声を掛けた。


「いや、すまない」父親は俯いて低い声を出した。拳をきつく握っている事が優也には見えた。


「じゃあ、おやすみなさい。二人とも」優也はそう言って両親の顔を見た。両親は複雑な表情をして優也を見ていたので、優也は微笑んで言った。「大丈夫だよ」


「おやすみなさい」しばし沈黙が続いたが、沈黙を最初に破ったのは母親だった。母親は笑顔で優也を見ている。


「おやすみなさい」優也は再度そう言うと、茶太郎の方を再度見てから居間を出て、階段を上がり二階の自室へ向かった。


 優也はしばらくの間窓際の机へ向かうと、机の引き出しの中から瓶を取り出した。


「まぁ、こんなもんか。これで願いは叶ったんだ、そうだ」優也は瓶の中身を見て微笑むと、それを片手に持ったまま毛布の中へ入った。

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