第3話 選択の瞬間

ーーミカ視点ーー



「なぁ、これから俺たちどうなるんだろうな」


 俺はアズの足を癖っ毛の人に貰った布を巻きながら呟く。


「……分からない。僕たち、ここで生きて生きていけるのかな?」


 アズも不安そうな顔をしている。ここにいて数時間で狼に喰われそうになったんだ。そんな所でこんな子供が生きていける気がしないのだ。


「……ねえ、あの人の村に行ってみる? もしかしたら食べ物とか恵んで貰えるかもしれないよ」


「そんなことあるわけないだろ。俺たちは奴隷、つまり、人として見られることはないんだ」


 奴隷は人として扱われない。殴っても、蹴っても、殺しても、何をしても良いのが奴隷なんだ。だから、誰も奴隷なんか助けてくれない。そんな人間はいないんだ。


「……やっぱりそうだよね。ねえ、なんで僕たちはこんなに苦しい思いをしなきゃならないんだろ」


 アズは涙をポロポロと流しながら、俺に聞いて来る。でもそんなことを聞かれても分からない。


「苦しい、辛いよ。他の子供たちはあったかい布団で眠ってるんでしょ? あったかいご飯を食べられるんでしょ?」


「……そうだな」


「その子たちは大人と一緒にいて、わがままを言っても殴られないんでしょ?」


「そう…だな」


「…羨ましいよ。なんで僕たちばっかりこんな思いをしなきゃならないの? ミカ、教えてよ」


 アズはポロポロと涙を流して再び俺に聞いて来る。そんなことは俺が聞きたいよ。なんで俺たちばっかりこんな目に合うのか、どうして他の子たちとこんなに違うのか。


「…わ、分からないよ。そんなこと、俺が聞きたいよ」


 不安や嫉妬が入り混じり自然と涙が出てしまう。俺だって辛い、しんどい。


「ねえ、ミカ。僕たちって生まれてきた意味ってあるのかな」


 アズの目には光がなく絶望の色が浮かんでいた。アズの言った通りかも知れない。俺たちは生まれて来た意味なんかないのかもしれない。


「もう、死んだ方が良いのかな?」


「………」


 俺は何も答えることが出来ない。それほどまでに苦しい思いが続いたのだ。そんな思いをずっとするくらいならいっそ。


「なぁ、アズ。ここで狼に食われるくらいならいっそのこと……これで一緒に死ぬか?」


 俺は尖った木を2本持ってアズに提案する。自分でも正気じゃないことは分かっている。けれどもう生きていける気がしないのだ。食われるくらいならいっそ自分で死んだ方が良いのかもしれない。


「………」


 アズは無言で受け取った。そしてその木を自分の喉に突き立てる。俺もそれに習って同じようにする。


 アズを見ると目に涙が溜まって、手がプルプルと震えていた。俺もいざ死のうとしたら怖い、涙が出る。やっぱり死ぬのは怖い、それはアズも一緒らしい。


「……やっぱり無理だよ。死ぬのは怖い」


 アズは目を開けて俺を見る。俺もそうだ、やっぱり死ぬのは怖い。どんなに辛くてもやっぱり生きていたいと思ってしまうんだ。


「アズ、やっぱりやめよう」


「……うん」


 そうして俺たちは喉元から尖った木をどけようとすると。


「なにやってんだぁああ!!」


「「え?」」


 怒声のような声が聞こえた。俺たちは振り向くとあの時の黒髪の大人がこっちに向かって走ってきていた。



————


「何やってんだぁああ!!」


 俺は全力で走る。なんとあのちびっ子たちが自分の喉に尖っている木を突き立ていた。俺はそれを止める為に全力で走る。


「はあ、はあ」


「あ、あの、お兄さん?」


「な、何やってんだ?」


 銀髪の子供は膝をついている俺を不安そうに見る。黒髪の子供も同様だ。


「何やってる? 何やってるかだって? それはこっちのセリフだわ!! お前ら死のうとしてただろ!!」


 あれは間違いなく死のうとしていた。見間違いなんかじゃない。


「う、うん。でも死ぬ勇気なんか出なくて結局は出来なかったんだけど」


「やっぱりどんなにしんどくても死ぬのは怖いらしいな」


「馬鹿どもが!」


「いてっ」


「あうっ」


 俺は2人の頭に軽くチョップをする。


「まだお前らガキの癖に簡単に死ぬとか言ってんじゃねーよ。お前らの人生これからだろうが」


「っ! あんたに何が分かるんだよ! どうせこれから先だって同じようなことが待ってるんだ! 何せ俺たちは奴隷なんだからな!!」


 銀髪の子供は声を荒げながら、自虐的な笑みを作っていた。


「そうだよ。どうせこの先生きてても苦しいに決まってる。だから僕たちは死のうとしたんだ。結局は怖くて死ねなかったけど」


 黒髪の方も同じだ。こいつらを見てるとそれだけで過酷な人生を歩んできたのが分かる。


「じゃあそうじゃないとしたら生きたいと思うのか?」


「……どう言う意味だ?」


「だから普通の生活が送れるなら生きたいと思うのか?」


「……そんなの当たり前だ。でも俺たちを助けてくれる人なんかいない。俺たちはずっとこんな苦しい思いをしなきゃならないんだよ」


 2人は俯いてしまう。俺は思わず頭をがしがしと掻いてしまう。そして手を2人に差し出して。


「なら、俺と来い。普通の生活…かは分からないけど俺と同じような生活は送らせてやる」


 俺はこいつらを助けると決めた。これはただの自己満足であり、情けであり、そして偽善だ。そんなことは分かってる。それでも俺は助けると決めたのだ。


「「え?」」


 2人は顔を上げて俺を見る。よほど意外だったのかきょとんと間抜けな顔をしていた。


「言っとくけどこれは強制でもなんでもない。ただの提案だ。嫌だったら断ってくれても構わない」


「……ほ、本当に普通の生活ができるのか?」


「ああ、多分だけどな」


「僕たちがあったかいご飯を食べたり布団で眠ったりできるの?」


「そうだな」


 俺が2人の質問に答えると2人はポロポロと涙を流す。2人は目を擦っても涙は止まらず顔はくしゃくしゃになっていた。


「で、どうする?」


 2人は顔を見合わせた後に俺の方を向く。そして、


「「お願いします」」


「ああ、俺の名前はギル。よろしくな」


「俺の名前はミカ。よろしくお願いします」


「僕の名前はアズ。よろしくお願いします」


 俺は2人の手を右手で同時に握手をする。こうして俺は2人の奴隷を拾うことにした。

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