第2話 小さな奴隷


「……今日は休みか」


 俺は昨日と同じ草っ原に寝っ転がって空を見る。今日は何もしない日、つまりは休みだ。父さんはまだ部屋で寝ており、母さんは近くのママ友と話している。俺は特にすることも思いつかないのでこうやってのんびりしているのだ。


「久しぶりに森に入るか」


 俺は立ち上がって森のある方角へ歩いて行く。父さんに奥深くまでは危ないから入ったら駄目だと言われてるが手前なら入っても良いと言われている。


「…前とあんまり変わらないな」


 俺は森の中に入ってきょろきょろと周りを見渡す。鹿やリス、小さな鳥が周りにいるくらいだ。前にきたのが1ヶ月前くらいだから何か変わってるのかと思ったけどあんまり変わっていなかった。


「ちょっとここら辺で休憩するか」


 俺は近くにあった大きな石に腰を置いて休む。ここら辺なら大きな動物も居なくて安全だ。だから俺も安心して休めるのだ。


 俺は目を閉じて、深呼吸をする。もう少しだけここで休んでから森を出ようと思っていると。


「こっちに来るな! あっち行けよ!」


 誰かの声が奥からする。随分と高い、子供のような声が聞こえた。


「なんだ?」


 俺は目を開けて声の方向を見る。こんなことはここに来てから初めての出来事だ。


「……行くか」


 俺は声のした方へ走り出す。父さんの言いつけを破ることになるがそうも言ってられない。俺の日常が壊される可能性があるのかもしれないなら俺はその原因を取り除く。


「ここら辺…いや、もっと奥か」


 俺は更に進んでいく。草木を掻き分け、石を飛び越えてずんずんと奥に進んで行く。そうやって奥に進んで行くと人っぽい影が2つ見えた。


「あれか……」


 目標が見えたことで俺は更に速度を上げる。進んで行くと小さな人影が狼の群れに襲われているのが見えた。人影は何かを狼が近づかないように木の棒らしき物を振り回しているのが分かる。


「ったく。何やってんだよ」


 俺は走っている途中で大きめの石を拾う。なんでこんな所にいるのか人がいるのか気になりはしたが今はそれどころじゃない。


「ヒッ!?」


「ッ!! アズ!」


 人影の背後に居た狼が口を開けて飛びかかる。この距離からでは到底俺の手は届かない。そう、俺の手は、


「やっぱ拾っておいて良かった…な!!」


 俺はあらかじめに拾っておいた拳と同じ大きさの石を狼に投げる。狼にだけ当たるように細心の注意を払いながら投げたので速度はそれほど出てはいない。だがそれでも狼の頭を潰すくらいの威力はあった。狼の頭はぐしゃりと潰れた。


「…え?」


「な、何が起きたんだ?」


 俺は狼が固まった時間を利用して2人の所にたどり着いた。俺は後ろにいる2人を確認する為にゆっくりと振り向く。


「……なんでここに子供がいるんだよ」


 2つの影の正体は小さな子供だった。服はボロボロの布を着ているだけ大小様々なアザが身体中の至る所にある。どう見てもも遊びで入った感じではない。


「……まぁ、ひとまずはここを切り抜けてから考えるか」


 俺は狼の群れを見る。ぱっと見て5、6くらいか? これなら武器はそこら辺の石や木でも充分だと判断し、足元にあった石を拾う。


「選べ。来るなら殺す、逃げるなら追わない」


 俺は狼を見ながら低い声で話す。すると狼は俺の言葉を理解したのかそのまま森の奥へと姿を消した。


「なんとかなったな」


 俺は持っていた石をポイっと捨てる。後の問題はこのチビどもだ。俺は銀髪と黒髪のちびっ子たちを見る。


「お前ら、どうしてこんな所にいるんだ?」


 俺はしゃがんで肘を突きながら2人と同じくらいの目線で話しかける。2人は最初は俺を警戒しており、お互いに身を寄せ合っている。すると銀髪のちびっ子が口を開く。


「お、俺たちは廃棄された奴隷だ。生意気で反抗的な奴隷はいらないからって、ここに捨てられたんだ」


「やっぱり奴隷だったか。だからそんな格好でここにいたのか」


 だからこんな格好で森にいたわけだ。でも、足や手の傷を見た所はこの森に来てからはそんなに日数は経っていないようだ。


「大人なんてみんな嫌いだ。誰も助けてくれないし、嫌なことがあればすぐに殴ってくる。自分勝手で最低な人間だ」


 2人の手にぎゅっと手に力が入ったのが分かる。こいつらは人の悪意に触れ続けた結果、人を信用できなくなっているんだろう。そして信じられるのは互いに隣にいる者だけ。


「大人たちは僕たちをいじめる。大人なんてみんな死んじゃえば良いんだ」


 2人とも暗い目をしていた。子供のように純粋な目ではない、人の汚さを知っている者の目だ。


「痛っ!」


「アズ! 大丈夫か!?」


 黒髪の子供が急に足を抑えて痛みを訴える。それを見た銀髪の子供がすぐに黒髪の子供の足に触れる。


「おい、そんなに乱暴に触れたらーー」


 俺は乱暴に腫れている右足に触れようとする銀髪に呼びかけて手を伸ばす。すると、


「うるさい! 大人の言うことなんて信じられるか!!」


 手をバシッと弾かれた。その顔は嫌悪感を隠そうともしていない。


「……その腫れは足を捻ったからだ。しばらくはこれで固定して右足に負担をかけずに安静にしておけば治る」


 俺は端的に伝えて、綺麗な布を渡す。


「え、あ……」


 2人は一瞬驚いた顔をしていた。けれど俺が親切にするのはここまでだ。


「あとは、自分たちで頑張れよ。じゃあな」


「あ……」


 俺は森から出るために立ち上がって2人に背を向ける。黒髪の方が何か言いたげだったがどうでも良い。父さんたちは俺を優しいと言っていたがそれは間違いだ。俺は優しくなんてない。


 俺が優しくするのは家族と身内だけだ。赤の他人なんか放っておけば良い。


「そうだ、これで良いんだ。あいつらを拾ったとしても父さんたちに迷惑がかかる。それは駄目だ」


 だから振り返らずに森を出ろ。これからと同じように平和な日常を繰り返す為にはそれが最善なんだ。


「…………」


 またしばらく森に入らないようにしよう。あの森は子供が2人で生きていける環境ではない。2週間もすればまたいつもと変わらない平和な日常に戻るんだ。


「………」


 俺は足を止めてしまう。1つの考えが頭をよぎってしまったからだ。それは駄目な考えだ、家族に迷惑をかけてしまう考えだ。俺の家にはまだ余裕はあるが、そこまで裕福ではない。


 もし、野菜の不作や動物の狩りが出来なくなってしまうと食うのに困ってしまう。だから止まるな、歩け、絶対に振り向くな。


「……くそ」


 俺は振り向いてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る