第7話 二度目のお願い

♢♢♢


「…あのさ、俺帰りたいんだけど」

「そんな素っ気ないこと言わないでよ。せっかく友達になったんだから」

「都合いいな、“友達”って」



 隣を歩く如月美月は表情一つ崩すことなく、如月美月を演じているがその表情のまま俺と素で会話をする。

だから余計に脳内が混乱する。


「で、校内の案内本当にしてほしいの?」

「全然。してもらわなくてももう覚えた」

「…そうですか」

「でもせっかくだから案内してくれる?」

「はいはい」


 案内をしながら、彼女は何かを思案しているようであまり俺の話を聞いていないようだった。俺がここにいる理由は何だろうと思った。


「クラスの連中から疑われたら困るんだけど」

「でも結局付いてきてるじゃない」

「それはお前が強引だからだろ」


如月美月はクスリと笑った。その一瞬見せる顔が幼さを感じさせる。


「ああいうのは隠して二人でいるよりも大っぴらにした方が逆に怪しくないものよ。最初だけよ、みんなが蒼君に注目するのは」

「最初だけでも無理なんだよ。注目されるのは無理」

「大丈夫大丈夫!」

「…はぁ」


 根拠のない“大丈夫“に俺は天を仰ぐように顔を上げる。

ふらふらと三階に続く階段を上りながら段々と他の生徒とすれ違う頻度が少なくなっているのを

感じながら、如月美月が言っていた実績作りについて考えていた。


 隣にいるのだから聞けばいいのだろうが、何となく面倒だった。

どうせ、よくわからない答えを用意されるだけのような気がしていたから。


「そういえば、蒼君ってどこに住んでいるの?」

「練馬区だけど」

「へぇ、そうなんだ。じゃあそこまで遠くないんだ」

「…うん」


 何だか嫌な予感がした。

彼女と関わるようになってまだ少しだが、如月美月と一緒にいると“嫌な予感“が多い。

そして、その嫌な予感については大抵当たるのだ。


「遊びに行ってもいい?」

「はぁ?無理、絶対」

「どうして?」


 美月が足を止めた。

ちょうど化学実験室の前で彼女に続くように俺の足も止まる。

茶化しているわけでも、冗談でもなさそうで彼女は俺を見上げながら真っ直ぐな目で問う。


「昨日は私の家に来たじゃない。今日は蒼君の家に行きたいなーって」

「誰かに見られたら今度こそ誤解されて大変なことになるだろ」

「友達が家に行くことの何が悪いの?」


 彼女は決して煽っているわけでも怒っているわけでもない。

単純に疑問に思っているようだった。


「私友達の家に行くのが夢だったの。“本当の私”でね」

「作られた自分じゃなくて素のままで学校生活を送ったらいいじゃん」


 至極当然の意見だと思った。

そこまで自分を偽る必要はあるのだろうか。単純に、そう思った。

俺個人は素の美月の方がいいと思っていたからだ。

意外と子供っぽいところも、笑うとえくぼが出来るところも、そっちの方が親しみやすいだろう。

 だが、彼女は途端に顔色を暗くした。

突然雨が降ってきたように、彼女は笑みを消した。



「…それは、出来ない」

「なんで?」

「どうしても」


 真一文字に結ばれた唇を見て、俺は言ってはいけないことを言ってしまっただろうかと心配になる。

しかしすぐに彼女はえくぼを見せて笑う。



「とにかく、私の秘密を知っているのは蒼君だけなんだからそこの理解はよろしくね」

「はいはい…」


 それ以上は聞かない方がよさそうだと判断した。

美月は一人で歩みを進めると、すっとまた足を止めくるりと俺に振り返る。


「明日テストでしょ?勉強教えてよ」



 スカートが、ふわり形を変えた。

後ろで手を組んで、首を傾げる彼女に思わずドキッとしてしまった。

不可抗力だ。これだけ美人なのだから仕方ない。

自分に言い聞かせる。


「学校で?」

「ううん、蒼君の家で」

「だから…―」

「お願い!ご家族がいらっしゃるのならご挨拶する。迷惑にならないようにするから…お願い!」

「親はいないからそこは気にしなくていいよ。でも、そういうの困るから」


はっきりと伝えたつもりだった。

彼女に伝わっているのだろうか、と不安になるがそんな不安を抱く方が無駄なことを思い出す。

 如月美月にははっきり伝えたところでいつだって無駄なのだ。


「誰もいないのならちょうどいいね!良かったー、手土産とか用意していなかったからどうしようかなと思っていたの」

「勝手に話進めるなよ」

「いいじゃない。勉強を教えてくれるんでしょう?この間助けたお礼だと思って私のお願い聞いてくれないかな?」

「……」


というわけで、何故かわからないが彼女が一度もしたことのない友達と自分の家を行き合うという要望を叶えることになってしまった。

 自分はここまで流されやすい性格だっただろうかと思った。

如月美月に校内を少しだけ案内した後、昨日と同じようにして一緒に学校を出た。昨日ほど学生がたむろしている時間帯ではなかったためか、そこまで周囲の目が気になることはなかった。

 如月美月は電車に乗りたがっていたようだが、それは俺の責任になりそうだから(如月グループのご令嬢が何かあったら困るから)彼女の家の送迎車に乗って俺の住むマンションへ向かった。


 俺の家は、父親が海外赴任をしており父親大好きな母親は父親についていってしまった。

そのせいで都内にあるマンションには俺と妹の日和と二人暮らしだ。

俺たちもついていくか日本に残るか選択肢をもらっていたが、日本にいることを選んだのだ。

 そういう事情を車内で説明すべきか迷ったが、聞かれたら答えることにして俺は窓の外に顔を移した。


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