第6話 友人の一人です
♢♢♢
翌日
朝のホームルームが始まるまでの騒がしい空間を潜り抜け、教室の前に立つと思わずため息を溢していた。
如月美月と友達になることになって、よくわからない実績作りに俺を巻き込もうとしている如月美月のことを考えると胃の辺りがキリキリ痛む。
教室のドアに手を掛ける。
ドアレールに引っかかりを感じてぐっと力を加えると、背後から「おはよう」と声を掛けられる。
振り返ると同時にドアが全開きになる。
肩越しにおはよう、と返すと翔太は興奮気味に言う。
「お前、昨日如月さんと一緒に帰ったんだって?!」
「……は?」
「聞いたぞ。お前が昨日一緒に如月さんと下校するのを見たって生徒が沢山いたらしい。どういう関係だよ!」
俺は盛大に溜息を吐いてから、足枷でもついているのではと錯覚するほど足取りが重くなるのを感じながら教室へ入る。
予想通り如月美月の周囲には人が群がっている。
芸能人に群がっている民衆のようだと思った。
その視線が俺に向くのがわかる。明らかに俺を見ており、たった今翔太から聞いた話が周囲に漏れていることが明確になる。
コソコソと何か話しているのもわかる。俺は直ぐにそれらの視線を遮って自分の席向かって進む。
「おはようございます。蒼君」
「おはよう」
自分の机の上に鞄を置くと直ぐに如月美月が声を掛けてくる。
どういうふうに噂が流れているのかは不明だが今彼女が「蒼君」と呼ぶからそれに信憑性が増すだろう。
まだ突き刺さるような視線を感じながら俺は普段通りを心掛けた。
如月美月が左隣の席に座る俺に顔を向けて何か話しかけようとする気配がした。
が、それを遮るようにして如月美月に同じクラスの女子が話しかける。
「ねぇ、如月さん。昨日波多野君と一緒に帰ったの?二人って知りあい?」
皆が聞きたかったことを慎重に聞いた彼女の名前は確か相沢という名だったように記憶している。
スポーティーなベリーショートの髪型をした彼女に如月美月は微笑む。
「ええ、一緒に帰ったわ。彼とは席がとなりということもあって昨日少し話したの。校内を案内してもらおうと思って私から話掛けたのよ」
「そうなんだ…じゃあ、二人が付き合ってるっていう噂は嘘なの?」
どんな噂だよ、と心の中でツッコミを入れた。
それほどまでに如月美月は話題性のある人物ということだろう。
俺が即答したかったが、ここは如月美月が答えた方がいいだろうと思いぐっと堪えた。
如月美月はふんわり、まるで大輪の花が綻ぶように笑う。
「まさか。でも友人の一人よ。親切にしてくれて感謝しているの。校内案内をしてもらってから昇降口で私が足首を捻ってしまったようで迎えの車の前までついてきてくれたの」
「そうだったんだ…!びっくりした。如月さんと波多野君が付き合ってるんじゃないかって話で持ち切りだったんだ」
相沢は一体何に安堵しているのだろうか。
クラスの雰囲気も戻り、俺は安堵の息を漏らした。
如月美月は台本でも考えてきたのかと思うほどにスラスラと嘘を吐く。
そうだ、彼女は自分を偽っているのだ。
あの強烈な印象を与えた、あの時の少女が本来の姿なのだ。
昨日コロコロと表情を変えて無邪気に俺と会話をしていた如月美月の方が魅力的なのに、と思った。
翔太がいつの間にか俺の机に寄ってきて、興奮気味に言う。
「おい!なんだよ…付き合ってないのかよ」
「俺一言もそんなこと言ってないだろ」
「でも如月さんと一緒に帰ったんだろう?凄いな!俺もお前の友達ってことで一緒に帰ってくれるかな」
「…さぁ」
翔太から見ても如月美月はスーパースターのようにでも見えているのだろうか。
整った如月美月の横顔を横目で見ながらそう思った。
この日は如月美月と関わることなく一日が終わりそうだった。
朝だけ彼女から話しかけられたが、それはあくまでも曲解された噂を否定するためにみんなの前で披露した“会話”だ。
だから素の如月美月とは会話はしていない。
朝の雰囲気から一転、彼女が噂を否定してくれたから俺のことを気にする生徒はいないようだった。
しかし…―。
放課後、教室内で如月美月が俺に話しかけてきた。
既に鞄を肩に掛け、教室を出ようとするタイミングで如月美月は微笑を浮かべたまま俺の背後から名を呼ぶ。
「昨日回り切れなかった校内案内をしてくれないでしょうか」
「…今?」
「はい」
「……」
校内案内を“事実”にするためなのか、それとも別の理由があるのかは判断がつかないが、如月美月は俺を見上げる。上目遣いで引き込まれそうなほど綺麗な黒曜石の瞳が俺を映している。
断ろうかと思ったが、周囲の目も気になる。
「あー、如月さん。俺が一緒に行こうか?」
同じクラスのザ陽キャという感じの男子が如月美月にそう提案した。
よし、と思ったが如月美月は直ぐにゆらゆらと首を横に振った。
「ありがとう。でも、大丈夫です。蒼君に昨日からお願いしていたので」
「あ、そっか」
如月美月のその発言で、俺に断るという選択肢はなくなった。
早くも平凡な学生生活が崩れそうな音が近づいているような気がして嘆息する。
如月美月が俺に目配せして堂々と二人で教室を出ることになった。
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