第4話 自宅訪問
ハイクローズ外構もそうだが、佇まいからして普通ではなかった。
家と言っていいのか分からないが、自宅前には既に警備員が二人配置されており、自宅を囲むようにして見える庭園を一瞥しながら如月美月の後をついていく。
そもそも女子高生の住む自宅に異性のクラスメイトが遊びに(遊びに来ているわけではないが)来るシチュエーションは親はどう考えるだろうか。
如月美月はあの如月グループのご令嬢だ。その親に会うかもしれないことを俺はすっかり忘れていた。
踵を返したくなったが既に玄関に入ってしまっていた。
今更逃げることは出来なさそうだし、彼女のあの“強さ”を知っている分、身動きが取れない。
広い玄関にはよくわからない植物が置かれており、埃一つ無さそうなほど掃除が行き届いている周囲を控え目に視線を動かしてみる。
如月美月がただいま、と言う前に既にお手伝いさんだろうか、三十代ほどの髪を束ねた女性が出迎えている。黒を基調とした服に白いエプロンをしている。
「お嬢様、おかえりなさいませ。あら…」
「あぁ、彼は友人よ。もう友人も出来たの。私の部屋に飲み物か何かを用意してくれると嬉しい」
「もちろんです。初めまして。美月お嬢様のお世話係をしております、稲垣と申します。お嬢様に早速ご友人が出来たなんて…!あぁ、何と素敵な一日でしょう!」
稲垣という世話係の女性は両手を合わせ、大げさなほどに喜んでいる。
流石にここで友達ではありません、とは言えなかった。
俺は簡単に自己紹介をしてスタスタと前を進む彼女についていく。
家の中は和モダンなテイストで、如月美月の親の好みかなと思った。長い廊下を進み、庭園には風情を感じさせる池があった。結構大きく育った鯉がいるようだった。高級旅館にでも来ている感覚だ。
「私の部屋は二階なのだけど、たまに離れに移動になるの」
「へぇ」
二階へ続く階段を上りながらプリーツスカートが視界に入らないように若干俯いて進む。
スカートの中が見えてしまうなどの羞恥心はないのだろうか、と思いながら気づくと彼女の部屋の中に通されていた。
広すぎるだろう、というのが一番に思ったことだったが、そもそもあの如月グループの娘だもんなぁと冷静になる自分がいた。
彼女は一般人ではない。
しかし意外だなと思ったのだが、広さはあるものの部屋の中は普通の女子高生の部屋という感じがした。
ベッドが部屋に合わせて大きいのと、一般の高校生の部屋には無さそうなL字の革ソファはあるもののそれ以外は意外と普通だった。
ベッドの脇に置かれた大きいクマのぬいぐるみは今日の彼女の姿を想像するとイメージと違いすぎる気はするがカーテンの色も淡いピンク色で、勉強机に置かれてあるモノも可愛らしいものが多かった。
「適当に座って」
「うん」
「あ、ちなみに親はいないから大丈夫だよ」
砕けた口調になった如月美月はそのままクローゼットを開けて突然制服のジャケットを脱ごうとした。
俺が「お前、っ…何して、」というとハッとした彼女は慌てた様子で俺に向き直る。
学校での彼女の様子とは正反対だ。
頬を上気させ、恥ずかしいのか俯きながら長方形型のテーブルを挟み俺の正面に座る。
「ごめんごめん、ついいつもの癖で。この家に呼んだのはあなたが二人目なの」
そうなんだ、と返す。
早く帰りたくて仕方がない。
「で、如月さんの話したいことはわかってるよ。あの日のこと黙っててほしいんだろ。俺は誰にも言うつもりはない」
「如月さんじゃなくていいよ。せっかく素で話せる数少ない友人が出来たんだもん」
「…友人?」
「え?」
あの世話係には体裁上、仕方のない嘘をついたのかと思ったのだがどうやら違うようだ。
目を瞬き、首を横に傾ける彼女を見て「友人ではない」とここでもハッキリ伝えることが出来なかった。
「友人の定義が広いんだ…な」
「そんなことないよ。だって、運命みたいじゃない?あの日に絶対に二度と会わないって思った人と同じ学校でしかも同じクラス、隣の席になるなんて。それに私、あのキャラでずっと過ごすの結構疲れるの。だから最初から私の素を知っているあなたが友人になってくれるなら嬉しいな…って」
困ったように眉尻を下げて、まるで子犬のような表情を見せる。
―静かに学校生活を過ごす
これが俺の目標だ。
だからこそ、彼女と仲良くすることは出来ない。
こんなに目立つような子と友人になるのは無理だ。
しかし、そんな決意が揺らぎそうになるほど彼女は本気で懇願する目を向けてくる。
「ダメ、かな」
「……」
無言を否定と捉えてくれるかと思ったが、彼女はじーっと俺の目を見つめてくる。
まぁ、友人の定義は人それぞれだ。俺は友人は少ないが、例えば佐倉は出会った人全員が友人という認識ではないかというくらいに友人が多い印象だ。
如月美月もそういうタイプの人間だろうと一人納得した。
「分かった、友達ってことで」
「良かった!ありがとう」
彼女はぱあっと顔を明るくさせて、無邪気に笑う。
こんな表情を、彼女は学校では見せないのだろうかと思った。
どうでもいいことだろうが、勿体ないと思った。
こっちの彼女の方が可愛らしいと思ってしまった俺はどうかしてしまったのだろうか。
それほどまでに彼女は人を惹きつけるのだろう。
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