第3話 如月美月は普通ではない2

 如月美月は昇降口へ向かって歩いているようでそのまま帰宅するのだろうかと陳腐な疑問が浮かぶ。

彼女の髪は近くで見れば見るほど美しく動く度に規則的に揺れるそれに目が奪われそうになる。

コマーシャルで見るような髪だな、とどうでもよいことを考えた。


 俺の想像通り、彼女は昇降口へ向かっており、どうやらもう学校を出るようだった。

確かにあの話をするのであれば、学校で話すのは危険だ。誰が聞いているかわからないからだ。


「もう帰るのですよね」

「あぁ、まぁ」


 昇降口で靴を履き替える前に彼女が足を止め、そう聞く。俺は短く返事をした。

靴を履き替えて校門を出るまで、一体何人の学生が彼女に目を奪われていただろうか。

 当の本人は自分を見ているであろう人たちを視界に入れる素振りは見せない。

それを見る限り、周囲からの視線が自分に集中することには慣れているようだった。

ただし、俺は慣れていない。彼女の隣に並べば当然如月美月を見た後に俺に目線がいくだろう。

彼氏には見られないだろうが、それでも俺にも視線が注がれるのは免れない。

それが嫌で俺は半歩後ろを歩く。


 如月美月は何故俺が半歩後ろを歩くのか分からないようで、足を止め「体調でも悪いですか?」と訊く。

顔を覗き込むように近づき、思わず後ろに仰け反った。



「大丈夫ですか。体調本当に悪いの?えっと、そうね。とりあえずうちに行きましょう。運転手が迎えに来ているの」

「いや、いいって。そういうことじゃない。話ならここでいいだろ」


 彼女は本気で俺を心配しているようだ。

間近で見る如月美月の顔はやはり端麗で、長い睫毛が綺麗な二重を縁取っており、心拍数が上昇した。

すこし冷たい言い方をしてしまったかと思ったが、彼女は引き下がらない。


「立ち話も嫌なの。それほどあなたに知られたことは重大なことなの」


 頭を抱えたくなる。

放課後に一緒にいるだけで目立つというのにこれから彼女の家に行くという選択はない。

しかし、如月美月の真剣な眼を見ていると俺が折れるしかなさそうだと思った。

それに俺らの脇を横切る同じ制服を着た生徒たちが俺らをチラチラみながらコソコソと何か言っているのが聞こえてくる。早くこの場から移動したいという思いの方が強い。


「分かった」


 如月美月はようやく折れた俺を見て安堵の表情を見せると「行きましょうか」といった。

すると、数メートル先に黒光りの車が停車しているのが見えた。


 近寄りがたいその車に如月美月が近づくと運転手と思われる男性が後部座席のドアを開ける。

フィクションの映画や漫画でしか見たことのない光景にただただ圧倒されるだけだ。



 如月美月に続くようにして後部座席に乗り込んだ。

どれほどの時間車内に滞在していたのかはわからない。


 スマートフォンを見ることもなく、俺はじっと窓の外を見ていたからだ。運転手も俺に気を使ってなのか、彼女に話しかける素振りは見せない。


気が付くと高級住宅街が立ち並ぶ場所に車が停車した。

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