《知識》

 テーブルの上に、幾十冊の本が置かれている。それは山というには低い。壁といっても低い。春の低木樹みたいに積み重なっている。

 私は、子供の頃から、整理整頓というものが好きだった。何かの入れ物に整然と収め、そこへ映された自分の趣向や、感情の遍歴に、考古学的興奮を抱いていたからだ。

 同時に、整理整頓が不得意であった。独自で産出されたルールは、体系化すればするほどに、絡まって、よく分からなくなって、不安になってしまうからだ。つまり、私は人間との交わりが、苦手なわけである。


 ある低木樹から、一葉の本を取り出す。ある文学賞を取ったらしい。私は、最近になって、小説がこれっぽっちも分からないことに気がついた。苦手や、不得意、という意味では無い。不明、という意味である。常時ゲシュタルト崩壊のような感覚がするのだ。言葉や文は、いつだって私の理解に蓋をする。だから、こうして何十冊も小説を買っているのだ。私は、理解に苦しむ感覚が好きだった。

 別の低木樹から、また一葉、本を取り出す。小説の副読書、ヨーロッパの美術史入門書。××市立図書館、と印字がされている。昔から、集中が下手な私だった。本来、必要のないものに意識を向け、肝心なものを見落とす。驕った上流階級か、哲学者気取りの大学生みたいで、いつも自嘲していた。改善は、どこまで経っても出来なかった。私は、ワタシという性質を変えることが出来ないらしい。


 私は、本に生かされている。学問を通して、文学を通して、世界を理解し、人間を理解し。そして、ワタシを理解するまで、私は死ねない。本の虜囚であることに、私はなんの嫌悪もない。結局、私は一人になることが出来ない。電燈の下で、私は本を紐解く。誰にも理解されぬまま、独りの世界を往く。

 人間、孤独。

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夢幻 夢見 @ironcal

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