夢幻
夢見
《時間》
水がコップに入れられてある。
ギリシア神殿の柱を切り取ったような。もしくは、咲いた真っ白なチューリップのような、そんなコップ。そこに、色の無い水がある。私は、コップの中の水を飲む。きっと、コップの中に居た水と、喉に落ちる水は、色が違うんだろうな、と、思いながら。
窓際のテレビに時間がある。
モニター越しに提示された時間以外を、私は知らない。モニターが消えれば、時間は霧散する。そして、テトラポットを飛び渡る子供のように、時間は流れる。一時間は、時に一秒となる。三年だって、瞬きすれば経っていることも、時にある。桜も、五月雨も、紅葉も、吹雪も、知らず知らずにやってくる。目の前の水も、気がつけばハエが寄っていて、一度視線を外せば、ハエが溺れている。結局、人間五十年。
書物が卓上に積まれてある。
私は一年前から今まで、それらを読んでいる。孤独を消すためである。孤独は、時間を均してくれる薬でもあり、均した時間を苦痛にしうる毒でもある。私は、孤独の毒に侵されていた。人間、毒には敵わない。孤独のアントニムは、酩酊である。そんな言葉を真っ当に信じて、私は本を読んでいる。読んで酔いどれている。今では、読まねば死ぬ。今度は、本の毒に蝕まれている。私は、溺れることが好きなのだ。
私は、ある一冊の本を手に持った。時間を確認するために、テレビのモニターを眺めやる。モニターは真っ黒だった。どうやら、私が消したらしい。リモコンが、どこへ行ったかも分からない。窓に意識を向ける。窓はパチパチ言っている。暗い暗い雲達が、雨脚を叩き落としているらしい。
私は、コップの中の水を、口に含もうとした。口には何も入らなかった。喉には何も過ぎなかった。水が無くなったことを理解したのは、その後だった。
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