第30話 断罪パーティー
「ナリアンヌ・ハーマート!」
声高々にそう宣言する、殿下の声が講堂に響きました。焦った様子のアル先生以外の教師たち、訝しげな表情を浮かべる生徒たち。名を呼ばれたわたくしは、皆様の間を通って、前に出ようとしました。本日は、卒業パーティーです。あれから、ルチア様の態度は変わらず、殿下たち攻略対象者の様子も原作同様、悪役令嬢にとっては厳しいものとなりました。
「ナリアンヌ」
エスコ-トしてくださったお兄様。お兄様は、わたくしの腕を引っ張られます。わたくしは、その手をそっと外し、前に進みます。ここまで来ることができたのは、今までと変わらない皆様の姿、支えてくださるお兄様。そして、メルテウス様のお言葉でした。でも……メルテウスさまは、あれからお忙しいようでお会いできていません。本日は来賓としてご出席いただくことができると聞いておりますが、お姿が見えませんわ。
「お呼びでしょうか? 殿下」
「お前の罪を、勇気あるルチアが告発してくれた! 聖女たるルチアに数々の嫌がらせをしたそうだな! 証拠はここにある!」
わたくしが行った苦言や贈り物について、まとめていらっしゃるのでしょう。虫の魔物の死骸の贈り物は、本来のルチア様でしたらお喜びになるかと思いますが、一般的に見て、嫌がらせになるでしょう。
「マルスさまぁ。こわかったですぅ」
「わたくし、神に誓って、また、ハーマート公爵家の名誉に誓って、嫌がらせのつもりで行ったことは最初の苦言以外ございません」
「身に覚えがあるではないか!」
「そうだそうだ!」
「ルチアに謝れ!」
攻略対象の方々がそのようにおっしゃります。
「……ルチアをそんな目に遭わせたお前は、僕の婚約者にふさわしくない。婚約を破棄し、国外追放とする」
「……へ?」
思わず、変な声が出てしましましたわ。
「僭越ながら、殿下。以前もお話しさせていただいたかと思いますが、わたくしは殿下の婚約者の座を狙ったことなど一度もございませんし、むしろお断りして参りました」
殿下の表情は、以前と違って変わることはございません。
「殿下、国外追放先は、どちらになさいますか? デゼール王国なんていかがでしょう?」
殿下の後ろから現れたお姿に、わたくしは絶句してしまいます。メルテウス様。あなたもそちら側に回られたのですね。
絶望のあまり、ふらついたわたくしをお兄様が支えます。ルチア様と攻略対象の皆様は、わたくしのそんな様子に嬉々とした表情を浮かべられます。
「ナリアンヌ! 大丈夫か!?」
駆け寄ってきたお兄様がわたくしを支えてくださいます。
「えぇ、お兄様。もう大丈夫ですわ。わたくしは、所詮悪役令嬢ですから」
わたくしは、そう微笑むと、気合いを入れて立ち直しました。
「殿下。わたくし、国外追放されるような行動は、身に覚えはありません」
「殿下は、我がハーマート公爵家を敵に回すとおっしゃるのですか?」
険しい表情をしたお兄様が、そう反論なさいます。
「ふん、一公爵家に大したことなどできるまい」
「承知いたしました。では、我がハーマート公爵家は」
お兄様のそんな言葉を遮るように、メルテウス様が立ちはだかります。魔法使い対決でしたら、ばあやが……。
「殿下、ナリアンヌのことは、不要という理解でよろしいでしょうか?」
「な!? あ、あぁ……」
「はっきりとおっしゃってください」
「あぁ、僕にはナリアンヌ嬢は不要だ!」
なにか言い淀まれた殿下に発破をかけ、メルテウス様が微笑まれます。
わたくしの命を? と、ばあやとお兄様、そして、学園の皆様が警戒する中、メルテウス様はルチア様に手を向けました。
「な!? メルテウス様!? なんで私に杖を向けるの!?」
ルチア様が慌てた様子で、攻略対象者の後ろに隠れます。メルテウス様の魔力を前にしたら、攻略対象者の盾なんて、意味がないのでは?
「出てこい、女神アルタイル」
「……呼んだか?」
現れた女神様のお姿に、メルテウス様以外の全員が膝をつきます。聖女であるはずのルチア様もなぜか膝をついていらっしゃいます。
「お前、これに余計なものを入れただろう?」
「何を言う? おぬしは誰じゃ?」
ルチア様を指さすメルテウス様。女神様も何者かわからず、困惑していらっしゃいます。
「僕の名は、メルテウス。覚えがないとは、言わせないよ?」
「メルテウス……まさか!? 世界の均衡を司る神!? なぜ、ここに!?」
「君が勝手にナリアンヌとルチアの魂を別世界から引っ張ってきて、入れ替えた。そこまでは均衡がたもたれているから、許そう。ルチアの身体に余計なものを増やしただろう? それで均衡が崩れた」
「我が主、しかしながら……」
「それに僕は、ナリアンヌを気に入ったんだ。彼女が悲しむ世界は作らせないよ?」
そう言ったメルテウス様は、わたくしに手を伸ばして問いかけました。
「もう、
「メルテウス様……。えぇ、お慕いしております」
そう答えたわたくしを見て、メルテウス様はなにかを呟きます。
ルチア様はルチア様としてその場で倒れられ、その横に一匹の子猫が現れました。そして、攻略対象の皆様が頭を押さえられます。お兄様もその一員でした。
「ナリアンヌ嬢……僕はいったいなんていうことを君にしてしまったんだ」
絶望の色をうかべる殿下。
「……ナリアンヌがいつも通り、愛らしく見えるよ」
「お兄様!? お兄様も強制力が働いていらしたのですか?」
「あぁ、あの程度、耐えられなくて、ハーマート公爵を継げないからね」
「……本当に、人間だと思えないよ。この公爵家に関わる人間は」
メルテウス様が、そんなお兄様を見てあきれかえっていらっしゃいます。
「悪役令嬢……」
ルチア様……? しかし、お姿は白とグレーで縦半分になった模様を持つ子猫でいらっしゃいます。
「ルチア様……?」
そうわたくしが呟くと、人間のルチア様が身体を起こされました。
「いったぁ……。なにこれ? ……なんでこんなところにバカ猫がいんのよ! 蹴るわよ? ……マルスさまぁ」
すり寄る人間のルチア様を、殿下は交わされます。
「女神アルタイル、お前は150年の謹慎処分だ」
「そ、そんな!? 謹慎処分になったら、妾は一生、世界の神から脱せないではありませんか! 妾も世界の神を管理するものに……」
「行け」
メルテウス様がそう命じると、女神様はどこかに飛んでいきました。
「ルチアの名を騙るもの。これは、必要か?」
そう、殿下に問いかけられます。一瞬悲しそうな顔をした殿下は、首を振ります。
「存在を抹消する」
忽然と人間のルチア様のお姿が消えました。騙されたルチア様にさえ、情をかけてしまうお優しい殿下。あなたがよき国王となりますように。
「聖女ルチア。そなたはどうしたい?」
「私、悪役令嬢と一緒にいたい」
「そうか……。猫の姿しか用意できないが、いいだろうか?」
「うん。猫の方が良い」
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