第29話 贈り物


「マルスさまぁ、ナリアンヌ様が怖い目で見てきますぅ」


「……ナリアンヌ様? 大丈夫ですか?」


「ルチア様! あんなにもナリアンヌ様と仲良くしていらしたのに、ひどいわ!」


「ありがとう、大丈夫ですわ。マルチダ様」


 子爵令嬢ながら、わたくしをかばってくださったマルチダ様。その姿を見て、わたくしはマチルダ様二微笑みかけます。そして、彼女をわたくしの後ろに隠しながら、答えました。


「聖女ルチア様。わたくしの視線でご不快に感じさせてしまい、誠に申し訳ございません。そのような気持ちはなかったものの、今後、注意して参ります。お許しいただけますでしょうか?」


「えー……マルス様はどう思われますぅ?」


「ルチアの愛らしさに嫉妬したのだろう。愚かにも、我が妃の座を狙っているようだからな」


「……僭越ながら、殿下の妃の座は不用にございます。ご存じの通り、婚約者の座は辞退しておりますので」


 わたくしの言葉に傷ついた表情を浮かべる殿下。え、なぜ、ルチア様に心酔している今、そのようなお顔をお浮かべに……? あぁ、きっと、王子でいらっしゃる殿下の、妃の立場を断られたことで、自尊心がお傷つきになられたんだわ。



「ナリアンヌ嬢……いや、なんでもないよ」


「殿下?」


 一瞬、いつもの殿下の表情をお浮かべになられたかと思うと、すぐにうっとりとした表情でルチア様をご覧になられます。






「ナリアンヌ様、わたくしたちはルチア様を聖女として、認めませんわ!」


 ルチア様の淑女らしからぬ行動に、徐々に学園内の雰囲気は悪くなっていきました。

 わたくし以外にもルチア様に苦言を呈したお方は、

“ナリアンヌ様の取り巻きね!? こうやって私をいじめるのね!”

 と、言われたそうです。









「ルチア様……」


 わたくしは、ルチア様のお気に入りのまたたびの花束と、虫の魔物の死骸を持参しました。きっと、昔のルチア様を思い出してくださると信じて。



「話ってなに?」


 話し声の届かないあたりに、殿下たちをお待たせするルチア様。わたくしの思い描くヒロインとも、わたくしの知っているルチアさまとも違います。


「ルチア様にご不快な思いをさせたお詫びに……ルチア様の大好きなものをご用意いたしましたわ」


「なに? 宝石でも用意してくれたわけ? まぁ、公爵家の宝石なら、受け取らないこともないけど」


「こちらです」


「なにこの地味な花。嫌がらせのつもり?」


「ルチア様がいつも校門で頬ずりしていらした、またたびの花ですわ!」


「なにそれ……そんなこと、するはずないじゃない! 猫でもないんだから」


「ルチアさま……」


「で、それだけ? それならもう殿下に泣きついてくるけど?」


「い、いえ! あとはルチア様の大好物も用意しておりますわ!」


「……なに?」


「虫型の魔物でございます!」


 ばあやがアイテムボックスから取り出します。無意識に、といった様子で視線で追われるルチア様。そうでしょう、お好きでしょう? 国内では、ほとんど討伐してしまったため、探すために隣国デゼール王国まで行き、討伐してきたのです。すぐにアイテムボックスに入れたので、鮮度もばっちりですわ!



「きゃああああああ!」


「ルチア様!?」


「マルスさまぁ。ナリアンヌ様がぁ!!」


 ルチア様の叫び声を聞いて、攻略対象の皆様がいらっしゃいます。お叫びになるほど嬉しかったのでしょうか?


「こ、こんな嫌がらせを!」


「「「嫌がらせ……?」」」


 皆様、困惑した表情をうかべていらっしゃいます。


「その、ルチアは虫の魔物ことが好きだと記憶していたんだけど……」


「んなわけないでしょう!? 虫なんて、大っ嫌いよ! 昔飼っていたバカ猫が、自慢げに虫を持ってきたときは、本気で殴ってやったわよ!」


「なんてひどい……」


 わたくしが思わず呟くと、ルチア様はこちらをにらまれます。


「なによ! こんな嫌がらせして! 絶対あんたを断罪して、追放してやるんだから!」


「以前、ルチアが虫の魔物を僕たちに贈ってくれたのは、嫌がらせだったのかい……?」


「な!? 私、そんなことしてないわ! ……ごほん」


 咳払いをしたルチア様は、庇護欲誘われる表情を浮かべて殿下にしなだれかかられます。


「皆様が大好きだから、私の用意できる贈り物をしただけですぅ。マルスさまぁ、でも、ナリアンヌ様は嫌がらせをなさったんですよぉ?」







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