第5話 悪役令嬢と王子

「お兄様にエスコートしていただくから、お断りを、と……」


 そう言って、お兄様を振り返ると、ごめんと申し訳なさそうな表情を浮かべてこちらを見ていらっしゃいました。


「もしかして、お兄様になにかエスコートしたい女性でも現れたのかしら!?」


 フォークとナイフを握りしめながら、机をバンと叩いて立ち上がります。マナー? それどころではありませんわ! わたくしのお兄様の隣にふさわしい女性は、ヒロインルチアクラスの愛らしさが必要ですわよ!!


「落ち着いて、ナリアンヌ!」

「お嬢様と坊ちゃまの兄弟愛が美しいですわぁぁぁ!!」

「落ち着いてくれ、ナリアンヌ。学園の行事だ」


 みんなに落ち着くように言われましたわ。わたくしとしたことが、取り乱してしまいましたわ。


「学園行事、そう、学園行事なら、仕方がないですわよね……」


「そうよ、ナリアンヌ」

「お嬢様! ばあやが魔法で男装してエスコートいたしましょうか!?」

「ばあや、やめなさい」


 さすがに兄という手が使えないとなると、お父様を亡くしているわたくしには、第一王子のお誘いを断る方法が思いつきませんわ。


「ナリアンヌ。ハーマート公爵として、命じるわ。さすがに不敬になりかねないから、今回のエスコートくらいはお受けしなさい?」


「はい、お母様……」


 ばあやの策に乗ろうと思ったわたくしに対して、お母様は釘を刺されました。

 いくら候補といえども、婚約者になる可能性のあるわたくし。今回の第一王子殿下のお誘いを断ることは、できないでしょう。

 婚約者の座は、謹んでお断りを続けておりますの。隣国の姫君が第一王子に一目惚れしたという噂を活用して、”お互いに想い人が現れなかったら、学園の卒業パーティーで共に踊り、婚約者になりましょう”とお断りいたしました。ですから、わたくしはあくまで候補なのでございます。











「今日はナリアンヌ嬢をエスコートする栄誉を与えていただき、光栄に思うよ」


 王子様然した第一王子のにこやかな挨拶に、少し嫌気を感じながら、微笑みを浮かべます。わたくしだって一端の公爵令嬢ですわ。愛想笑いくらいできますのよ!


「ありがとうございます。わざわざお迎えにまできていただき、光栄ですわ」


 わざわざ我が家まで迎えにきやがりましたの。こちらの王子様は。この後の夜会でからかわれることが想像できて、憂鬱ですわ。


「ナリアンヌ嬢に不快な思いをさせてしまって、すまないね。せっかくの機会だからと父上がうるさくて……。今夜はできる限りそばにいるから、外野は気にしなくて良いからね?」


「そんな! 光栄すぎて身に余ることと思って恐縮しておりましたの。ありがとうございます、殿下」


 この王子、読心術が使えますわ! 国家権力もあるのに、読心術があるなんて……末恐ろしいですわ!


「ふっ…はははは! 本当にナリアンヌ嬢は愛らしいね。表情が豊かでいらっしゃる」


「まぁ」


 腐っても公爵令嬢ですわ! きちんと表情を隠れていると担当の家庭教師にも太鼓判を押されておりますわ! この王子、なんなんですの~!?

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