第3話 宗教の恐ろしさ
○ 大東亜共栄圏(天皇が盟主となってアジアを支配する)
○ 鬼畜米英(西洋人は鬼であり家畜に等しいからいくら殺してもかまわない)
○ 欲しがりません、勝つまでは(草の根をかじってでも最後の一人まで戦う)
○ 一億玉砕(日本国民全員が討ち死にする)
なんてスローガンを(政府や警察によって強制的に)叫ばされていた当時の狂った日本(人)とは、天皇という教祖による新興宗教に洗脳されていたようなものです。
教祖である天皇ヒロヒトは、1945年(昭和20年)9月、当時の日本における神である連合軍総司令官マッカーサーに拝謁し「自分はキリスト教に改宗したい」と懇願したそうです(マッカーサーの副官(秘書)に、謁見のあとマッカーサーが語った話)。
そして、その翌年の1946年(昭和21年)1月1日、自分は神ではない(教祖でもカリスマでもない)ただの人間だ、と宣言することでアメリカに許されました。
こうしてヒロヒトは、東条英機らのような戦犯として死刑を免れましたが、彼が教祖となっていた20年間で、数百万人もの若者が戦死(統計によると、戦死者の6割が餓死であった)させられ、「ひめゆりの塔」に象徴される何十万人もの女子供が戦争の巻き添えによって、悲惨な死に方をさせられたのです。
「ゲゲゲの鬼太郎」で有名な漫画家の水木しげるさんは、「諷刺の愉しみ」という漫画の中(「お助けじいさん」)で、「戦争末期に特攻隊を送り出し、自分だけはその後も生き残る計算をしていた職業軍人」と述べていますが、戦地の職業軍人や内地の警察官・役人も、そのほとんどが天皇と同じようにして生き延びたのです。
私の父は、1945年(昭和20年)8月14日まで、本土決戦になったら爆弾を抱えて死ぬという特攻隊の訓練を受け、8月15日になった途端、缶詰3個と東京までの切符を支給されて奈良の少年航空兵訓練所を追い出されました。
そして、苦労の末、朝鮮から命からがら引き上げてきた父母兄弟(私の祖父母や伯父・伯母たち)と涙ながらに再会しました。しかし、それからは映画さながらの苦しい生活が数年続いたそうです。ですから、父もその兄弟も、多くの日本人と同じで「天皇という宗教」を恨んでいました。
まさに、黒澤明が描いた映画「野良犬」「素晴らしき日曜日」「酔いどれ天使」「我が青春に悔なし」「静かなる決闘」のような、敗戦後の日本・東京で、天皇教という幻想から放り出された日本人は、一人一人が必死で生きねばならなかったのです。
長い目で見れ、明治維新(1867年の大政奉還)以来80年間、昭和だけで見れば20年間続いた「天皇教という新興宗教」に、1億の日本人が洗脳され踊らされていたということです。
同じ新興宗教とはいえ、奈良の天理教は1838年、岡山の金光教は1859年に創唱されたのですが、これら新興宗教は人畜無害なので、今も存続しています。
悪い宗教ではありませんが、天理という町は30年前に比べ明らかに活気がなくなっている(商店街はガラガラ、道路はどこもガタガタ)。
まあ、宗教ですから、当人たちがハッピーであるならそれで良いのでしょう。
1960年に日蓮宗から分離独立した創価学会や、同じく韓国系の勝共連合(統一教会)、幸福の科学という「戦後の新興宗教」は、フランスではカルトと認定されていますが、日本では盛んです。
「なぜフランスでは「創価、幸福の科学、統一教会」がカルト扱いされているのか…フランスがカルトを規制する上で注視する「10の基準」とは」
島田裕巳 2024/4/24
https://shueisha.online/articles/-/250664
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