第13話 モアナの秘密。


目の前にある存在から

モアナは全力で逃げたい衝動にかられている。


アンヌとジャンヌが

嬉しそうに抱えている花束と無駄に豪勢に包装されている箱。


いかに、


日頃王女とはかけ離れた日常を送っていようとも、

贈り物を送ってくれる婚約者がおらずとも、


その贈り物の中身と【意味】は

さすがに理解できた。


「……届かなかったということに」


「無理です。検閲を通ってここまでやってきましたので」


「……最悪」


自室に軟禁されていなければ、

こんなものなどすぐに無かったことにしてやれるのに。


一応、

王室に捧げられる献上品や贈答品などは、

防衛の観点から文官が中身を改めることになっている。


そして、

公式な記録も残る。


一部、

正妃とか正妃とか正妃への献上品や贈答品に関しては、

無検閲で彼女に届けられているらしい。


姉が

苦虫を潰したような顔をしていたのを思い出す。


(まぁ、正妃の部屋を捜索すれば賄賂とか賄賂とか賄賂とか、絶対出てきそうだけど)


正直、


賄賂が出てきたところで

1番の国の指導者がその贈賄の疑いある正妃を溺愛しているので、

訴えたところで無駄ではあろうが。


きっと、

無いことにされて無罪放免どころか、審議にも上がらないだろう。



逆に、


姉やモアナへの献上品や贈答品は検閲された側から、

正妃へと搾取されていく。


だから、

5年前からモアナ宛の物などほとんど見たこともない。



だが、

これは『アルプス王国』の紋章が付いた王太子からの物。



これがモアナの元に届かなかった場合、

かの王国から我がウィリディスへ何かしらの介入が予想される。


そうなれば、

正妃の方が不利になる。

(真っ黒だから。叩けば埃しかでないから。あと、アルブスの国王はうちの正妃を溺愛してないから、即刻求刑になってもおかしくない。……まぁ、当たり前か)


けれど、

正妃の毒牙を逃れたこの贈り物をモアナは全く喜べない。


「ねぇ。これって絶対アレよね?」


モアナの言葉に

侍女二人は大きく頷く。



モアナは

観念してテーブルの上にその箱を置く。


オレンジを基調とした花束は

アンヌが花瓶に生け替える。


オレンジはモアナの好きな色でもある。

……偶然だろう。うん、偶然だ。



そして、


ジャンヌは目をキラキラさせて、

モアナがその箱を開けるのを待っている。


(まぁ、ジャンヌは好きだものね。これが)


モアナが蓋を開けた先には、

鮮やかな黄色のナイトドレスが現れた。


ドレスは

銀、空色と赤紫の刺繍が細やかに施されている。


砂漠地帯であるがため、

ドレスは上と下が分かれているデザインが多い。


いわゆる腹出しするしかない仕様、

というか。


「早速試着いたしましょう!」


「嫌よ! さっき朝食を食べたばっかりだから、お腹出てるし」


一応、

モアナにも羞恥心というものがある。


まぁ、

他の王女と同じ基準かどうかは置いておくが。


「大丈夫ですよ〜。どうせこの部屋にはわたしと母さんしかおりませんし、姫様のお腹が出ようが全く気にしませんから」


「そこは気にして!」


ジャンヌは

そういう間にぱっとモアナの服を脱がしにかかる。


アンナが

さりげなく部屋中のカーテンを恐ろしい速さで閉めていく。


ときどき、この親子侍女として出来すぎては?

というか、一人で何人分の働きをしてるんだ? と思わないでもない。


「姫様のお腹が出ているのを差し引いても、よくお似合いですよ〜」


「お腹のことは忘れなさい!」


モアナは

鏡に映る我が身をじっと見る。


ドレスは派手すぎず、上品さを保ちつつも、

窮屈さをほとんど感じさせないデザインだった。


肩周りはさりげなく空いており、

腕が動きやすい。


ドレスの裾には

右側に大きなスリットが入っているが、


同じ色合いのショートパンツもついていたから、

下着が見える心配もない。


裾はスリットに向かって短い仕様になっている上、

右腰を起点に裾に向かいリボンが何本か回されており、

裾が広がりすぎるのを防いでいる。


「ん? 何これ??」


モアナが

左右に回ってドレスの試着具合を確認していたとき、

右の太ももに当たる何かに気がついた。


(こ、れは?)


「姫様、どうかされましたか?」


「あ、ううん。何でもない」


モアナは

ジャンヌの言葉に首を左右に振ると、


彼女に気づかれないように

そっとドレスのポケットから、その何かを取り出す。



普通、

ドレスにポケットはない。


だが。


「このドレスに合う装飾品を持ってきてくれる?」


「まぁ、姫様! それではようやく婚約される気に?」


正直、

婚約する気はない。


だが、


この贈られたドレスは

きっと次に行われる夜会に来ていかなくてはならない。


そして、

それは婚約を確約したことに繋がる。


男性から贈られたドレスで出席する意味は、

いろいろ疎いモアナでも分かる。


「とりあえず、合わせるだけ合わせたいの」


曖昧に濁した言葉に侍女たちは気づかない。


まぁ、

贈り物なんてここ数年ほとんど見なかったのだ。


二人が

それをモアナを思って喜んでくれている心持ちは想像できる。


「では、少々お待ちくださいませ」


アンヌとジャンヌが部屋を後にする。


何せ、装飾品はめちゃくちゃ重い。

一人で何種類も持ってくるなど一種の嫌がらせに近いかもしれない。


本来なら、

装飾品の保管庫にモアナが言ってもいいのだが、


今は

この部屋から出してもらえない、囚われの身。


それが役に立ったらしい。



モアナは

二人が遠ざかったのを確認して、手元を開く。



その手の中にある手紙と小さな巾着袋に目をやる。


巾着袋も気になるが、

そもそもの彼の意図が気になる。


モアナは

その手紙を開いてみると同時に一瞬息を飲んだ。



『君の秘密を知っている』



モアナは急いで袋を開けると、

そこにはモアナが慣れ親しんだデザインによく似た指輪が

入っていた。

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