第11話 切り札とは、最後の最後に使うものである。


継母のそれ・・

明らかにモアナをバカにした黒い笑み。


「まぁ、もっとも? あなたに繋ぎ止められるだけの魅力が出せればの、そういう話になるのでしょうけれども」


「っ!」


モアナは継母を睨みつける。



艶を帯びた黒髪、

潤いをたくさん含んだ弾力のある肌、

真っ赤な果実のような唇。


どれ1つ取っても、モアナは勝てる気がしない。



25歳という若さを存分に発揮している正妃は

子どもを産んだとは思えぬ妖艶な姿を惜しげもなくモアナの前にさらす。


モアナは

すぅっと息を吸って頭を冷やす。


「繋ぎ止めるどころか、そもそも婚約なんて成立しませんよ? お父様」


バカにされるのは嫌いだ。

特に、あの女には。


エルザは一矢報いるために、

昨日思いついた切り札を今使うことにした。


後に、


『切り札っていうのは、本当に窮地に陥ったときのために取っておく保険なんだよ? 君、本当に分かってる?』と未来の夫に言われることになるのだが。


「お前がどんなに拒もうが、もはや事は覆らぬ。諦めて嫁入り支度をするがいい」


「婚約に必要なものがなくても、ですか?」


「何? あぁ、持参金ならば特別に出してやろう。お前に出す金など無駄だが、ようやく役に立つのだ。そのくらいはどうにか……」


お嫁に行くにはそれなりのお金を

嫁ぎ先に持っていくのが慣わしである。


まぁ、

アルブス王国からの婚約の打診だから、

多少まけてもらえるのかもしれない。


そんなことは

モアナの知ったことではないが。



モアナは父王の言葉を遮り、

右手を掲げてみせる。


それを見て、

父王がまさか、と小さく息を吐いた。


「本当に不出来な私ですので、ついうっかり王族たる指輪を無くしてしまいましたの」


ついうっかりで無くせるものなら、

最初から身に着けるなという声が聞こえる。


「お、まえ、あの指輪は二度と同じものなど創れぬ代物なのだぞ?!」


父王は目を見開いて固まった。


その隣で、


継母は笑いをこらえている。

どこまで愚かな娘だと思っているに違いない。


「ですので、どんなに私との結婚を望まれても、婚約に必要な指輪がないのですもの。どうしたって成立しませんわ」


庶民ならばそれでもいいだろう。

いや、庶民はそもそもそんな指輪を持ち合わせてはいないが。


この空島ができた創世記から、代々受け継がれてきた伝統。


王族が婚約したときは

その指輪を配偶者に与え、結婚したときには新たな指輪を付け合う。


その伝統に必要な指輪が無ければ、恥どころではない。

王国の尊厳が確実に傷つく。


それを父王が許すはずがない。

国政へのやる気がない割に、王族としての矜持だけは高いのだから。


「こ、この、じゃじゃ馬娘が! 必ず為さねばならぬ婚約があるのに、あの指輪がないなどあり得るわけがないだろう! かといって、あの指輪に似たものを創れば、我らの首が飛びかねんのだぞ?! どうしてくれる!!」


そうなのだ。


あの指輪は

大精霊の魔力が込められているだけでなく、大精霊の祝福がかけられている。


それを蔑ろにすれば、

大精霊の怒りを買い、王国が滅びる。


そして、


その偽物などを作れば

王だとしても法で死刑となるくらいの重罪だ。


まぁ、簡単に指輪が作れてしまえば

誰もが王族を語れてしまう。


それでは、

王族の威厳も何もなくなってしまう。


だから、

当たり前の措置と言われればそうかもしれない。


「だから、指輪を無くしたあたしはもう王族じゃない。そして、当然、婚約も結婚もしないから!」


それだけ言うと、

モアナは来たときと同じように、勢いよく寝室を後にした。


その背後から、

継母の高らかな笑い声が響いた。


それを差し引いても、

やりきったモアナはすっきりした顔をして自室へと帰った。


そこから、

部屋に軟禁されるとは夢にも思わずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る