何百万回言われようと。
「このアンヌは、いったい姫様に何回同じことを申し上げねばならぬのでしょうか?」
「……百万回くら、い?」
「いっそ逃げられぬように、あらゆる装飾具を毎日つけてさしあげましょうか?」
「……ごめんなさい」
アンヌが取り出した、おびただしい装飾具を前に、モアナはすぐさま降参した。
継母が来てから
装飾具を買い与えられることはなかったが、
それまでの遺産が多くある。
そして、
それらは非常に重い。
まぁ、
骨董品という名を付与された重力という名の
そんなものは
姫なのだから我慢しろと言う事なかれ。
走り回ることの多いモアナは
装飾具をつけることはほとんどない。
それこそ、
王家の指輪だけは死んでも付けろとアンヌが言うから渋々身につけてはいた。……昨日までは。
だか、
それをアンヌに見咎められることを今は避けたい。
「母さん、お小言はそのくらいにして。後は明日にでもしてもらうとして、そろそろ準備をしないと間に合わないから」
(いや、明日でも明後日でもご遠慮願いたいのだけど……?)
そう言って部屋に入ってきたのは
アンヌの娘のジャンヌだ。
モアナと歳の近い18歳だったか。
モアナは第二の姉のように思っているのだが、
実は苦手な部分もある。
……それは。
「さぁ、これからお風呂場へ向かって肌に磨きをかけますよ!」
「げぇぇ。いいじゃん、別に。
「夜会に呼ばれないのはどう考えても嫌がらせでしょうに。……それ、本気で言ってます?」
何故か、
ジャンヌと背後にいるアンヌの表情が変わった。
アルプス王国からの婚約話は
父とモアナだけの話だったし、その場で断ったはずだ。
そして、
夜会に呼ばれる予定も婚約者が現れる兆しも一切ない。
なのに、
どうして己を磨かねばならないのか。
首をかしげるモアナに、
アンヌはため息をついてとあることを告げた。
「昨日、申し上げましたよね? 姫様。もうすぐ他国の賓客を招く夜会があると」
「……?」
モアナの反応に
アンヌは肩をがっくりと落とす。
モアナが
アンヌの言う事を聞き流すのはいつものこと。
しかし、
忘れてはいけないこともある。
「さすがに他国の賓客がいらっしゃるのに、姫様を夜会に参加させないのはおかしゅうございますから。
一応、
腐っても王族でいらっしゃるのですから。
何故か
アンヌの言外の言葉が聞こえた気がした。
継母は
ルーフス王国の現女王の姉だ。
生まれてこの方王族であったなら、
他国に対しての不敬が何たるかはわかっているはずだ。
そういうことだろう。
「さすがにドレスの購入許可も出ておりますから、御身を整えた後、その採寸も待っておりますから、そのおつもりで」
「まぁ、ドレスも要らないんだけど。……へぇ~、でも珍しいわね。お父様がドレスを買っていいなんて」
正直、
今の正妃になってから父は彼女の言いなりで、
姉やモアナが好きに使える財源はなかった。
だから、
ドレスどころか装飾品を買うこともなくなった。
まぁ、
モアナも姉も自分を着飾ることに興味がないから、その点はどうでもよかったりする。
その証拠に、
モアナのクローゼットにあるドレスは姉のお下がりだ。
姉のは
生みの母からのお下がりだったはず。
それをアンヌたちが手直しして、
どうしても参加せねばならない夜会に間に合わせているだけ。
「それはそうでしょう。さすがにその許可を下ろすくらいの権限はお持ちでしょう」
アンヌは、
うなずきながらモアナ風呂場へと促す。
「アンヌ、あなたもなかなか言うわね」
「普段申し上げないだけで、日々思うことはたくさんございます。勿論、ここだけの話でございますよ?」
アンヌはモアナにそう言うと、
先へと促す。
風呂場は
モアナの部屋を出てすぐのところにある。
父や正妃たちは
モスクを模した中央部にある風呂場を使うが、
姉やモアナは東にある棟の風呂場を使う。
本来は
来客用に立てられた棟なのだが、
何故か5年前から中央部の王族エリアから
来客エリアへ移動させられた身としては、さすがに思うところがないわけでもない。
(まぁ、いいけどね)
どうせ、何かを思っても無駄だということは、
これまでの経験で十分に理解しているのだから。
モアナは
諦めにも似た気持ちで服を脱ぐ。
その手伝いをしながら、
ジャンヌはアンヌの言葉に付け加える。
「もう、そうですよ! いくら、
「……ん? こん、やく?」
何か不穏な言葉が聞こえて気がする。
「誰が、誰と?」
目をパチクリさせているモアナをよそに、
侍女の親子は口を揃えてこう言ったのだ。
「「アルブス王国の王太子様と姫様との、です」」
モアナは目を見開いた後、
即座に脱いだ服へと手をかけ直した。
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