第5話 そんな話に誰がした?

「お、父様。すみません。ちょっと耳がおかしくなったようで。もう一度言ってくださいませんか?」


朝食の席で、

色ボケた父から衝撃的な言葉を聞いた。


全力で無かったことにしたい。


いや、


もうボケたから口から出たに過ぎない戯言で

笑い飛ばしてしまいたい。


「お前は耳までおかしくなったのか。頭は今さらどうにもならんが、耳くらいは良くしておけ」


「……いえ、その。お父様がありえないことをおっしゃるので」


一応、

淑女教育を曲がりなりにも受けていたので、


やろうと思えば

これくらいの丁寧な口調はできる。


だが、


それをどこかへやってしまいたくなるほど、

父から出た言葉が異次元過ぎた。


曰く、

西隣のアルブス王国からモアナへ【王太子妃に来ないか】という打診が来たというのだ。


モアナの耳がどうにかなっていないのなら、

アルブス王国がどうにかなってしまったのかもしれない。


モアナの醜聞を知らないのか。


それとも、

それを知るほどの情報力がないのか。


はたまた、

その醜聞をどこかへ置いてきてしまうほどの切迫した事態になっているのか。


「アルブス王国の王太子も存外に変わり者であったのだな」


「…………あの、何かの間違いでは?」


隣国の王太子への暴言は置いておくとして、

(訂正するのも面倒臭い)


モアナの記憶の隅に、

この王国内では珍しい不思議な容姿の王太子の残像がわずかに蘇る。


銀髪で左右で違う色合いの目を持つ、アルブス王国の王太子。


……が、

興味がなさ過ぎて顔が思い出せない。


ただ、

容姿が珍しすぎたので、かろうじて銀髪だったなぁ、目の色が左右で違ったかなぁという頼りない情報だけが記憶の片隅にある。


「わしも最初はそう思った。だが、再度確認して、間違いなく【モアナ】を娶りたいと、そう言ってきおった」


「…………へ、へぇ」


再度確認したのなら、

それこそ間違いとは言い難いわけで。


となると、

理由は1つしか思い浮かばない。


「私以外に結婚適齢期の王女がいないからでしょうか?」


「それ以外に何がある。お前の生まれた年に感謝するがいい」


「…………はぁ」


そうなのである。


モアナが生まれた年前後で

他の4王国に王女は生まれなかった。

(いや、その中の1つの王国は既に滅亡したのだが)


後に

アルブス王国の南隣にあるルーフス王国に双子の女児が誕生するが、


かの王女たちは

今現在3歳になる歳である。


今年18歳になるアルブス王国の王太子にはちょっと、

いやかなり無理のある婚姻にならざるを得ない。


少し前までなら

20歳になるモアナの姉がいたが、


彼女は

アルブス王国の東隣にあるカエルレウム王国へと

ついこの間嫁いだばかり。



消去法での繰り上げ当選であっても、

もっとやりようがあっただろう。


自国の貴族にするとか、他国の貴族にするとか、独身貫くとか、親戚から養子を取るとか。


……他の案を考えるのも疲れる。



ともかく、なぜ、

一足飛びに【結婚】まで言ってしまったのか。




そんな話に誰がした?





モアナが

自分の不幸に声も出せないのを見て、


父は

無情にもこう言い加えた。


「ふん。お前のようなじゃじゃ馬でも貰い手があっただけでも、喜ぶがいい。王族の義務と責任を全うに果たせぬお前には、過ぎた申し出であろう?」


「……は?」


「女は結婚してこそ役割を果たせるというもの。なに、子どもを産み育てるだけの簡単なことだ。よもや、それすらもできぬ愚か者に育てた覚えはないぞ?」


がしゃんっ。


朝食のために用意された、

金銀の色とりどりの食器たちが一斉に音を立てた。


テーブルの端と端。


その距離が

モアナと父の心の距離でもある。


この話題を知ってか知らずか、

継母である王妃と異母弟は同席していない。


モアナが

ただ頭を垂れるような性格をしていないのが

分かっているからだ。


「あたしは結婚なんてしないから! 絶対に!!」


そう言い放つと、

モアナはナプキンを椅子の上に投げ置くと、そのまま部屋を後にした。


「…………今のうちに、せいぜい足掻くがいい」


濁ったような黒目をした父の言葉は

モアナに届くことなくその場に響いた。

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