後の祭り。
その日、
モアナは朝からコソコソと窓から自室へと
自分の部屋なのだから、
本来は
けれど、
本来は
毎日自室で夜を明かすべきであるのにも関わらず、
モアナが
その本来あるべき場所にいることは極めて少ない。
だが、
それを誰かに知られると少々面倒なことになる。
主に王妃。
きっと、あることないこと悪く言われるに違いない。
いや、
もう既に好きに言われすぎてはいるのだが、
これ以上自分から餌を提供するのも癪なのだ。
だからこそ、
モアナは誰にも悟らせないように、
窓から自室へ
そして、
あらかじめカギを空けて置いた窓から部屋へ入り、分厚いカーテンをそっとめくる。
砂漠地帯が多い、この
日中が暑い分、朝夕が大変冷える。
寝る前に
夜の空気を入れた後はカーテンでその冷えた空気を逃がさぬよう、
本来は窓を閉め、分厚いカーテンで覆っておくのだが。
「ひっ」
モアナは
突然目の前に現われた仏頂面に乙女らしからぬ悲鳴を上げた。
なぜなら、
カーテンを開けた先に見知った顔が現れたからだ。
いつからそこにいたのだろう?
考えたくない。
「お帰りなさいませ、姫様」
その仏頂面でそう平坦に言ったのは
腹をすえかねていそうなモアナ付きの侍女アンヌだ。
「……いやぁ、ねぇ。お帰りだなんて。ただ、ちょっと外の空気を吸ってただけよ。……そこのバルコニーで」
「言い訳ならもっとマシなものをご用意くださいませ」
「……言い訳じゃ」
「朝食はご入り用ではない、と」
「ごめんなさい、嘘です。城下に降りてました」
あっさり非を認めると、
アンヌはふぅとため息をつく。
その目には
モアナを心配する温かな光が見え隠れする。
侍女や護衛を減らされはしたが、
モアナを思ってどうにか残ってくれている者も少なくない。
その1人がアンヌだった。
齢は50過ぎくらいだろうか。
モアナの母の時代から、
モアナたちの身の回りの世話をしてくれていた。
そして、
アンヌの娘も同じだ。
「その、ちゃんと今回は街の宿に泊ったから」
(嘘だけど)
「毎回そうしていただけると、このアンヌの寿命も縮まらなくてすむのですが」
「善処します」
厳しいことを言いながら、
アンヌはモアナの様子を観察し、ささっと彼女の外套を脱がせる。
「今日は
「うげぇ」
「姫様、言葉使い」
「…………ほほほほ、お父様ったら、今さらどの面下げて、わたくしに何をおっしゃられようとしてくれやがるんですの?」
「…………はぁ」
アンヌは頭を抑えたが、
外の明るさを見て我に返ったようにモアナを先に促した。
本当は
言葉遣いや感情のコントロールについて進言すべきなのだろうが、
如何せん
時間が迫っているのだから仕方がない。
「とりあえず、お小言はこの辺にいたします。朝食をご一緒されるそうですので、その前にちゃちゃっとお風呂にお入りくださいませ」
「げぇぇ」
「…………」
「…………はぁぁい」
アンヌの有無言わさぬ目線を受け、
モアナは渡された布や着替えを素直に受け取る。
「砂埃が酷うございますから、きちんと髪まで丁寧にお洗いくださいませ」
「えぇ、面倒くさい」
「できないのであれば、ジャンヌを呼び……」
「できます!」
アンヌの娘のジャンヌは
モアナを磨くのに命をかけている。
正直、
今は朝から会いたくない。
……人柄は大好きだけど。
「ちゃんと髪に香油を塗り込むのですよ?」
「…………はぁぁい」
「それから、保湿のクリームも全身にお塗りくださいませね?」
「…………はぁぁい」
「それと」
(まだあるの?)
段々返事をするのが面倒くさくなってきた。
まぁ、適当に相づちを打っていれば
文句はないだろう。
そう思うと
注意は別のところに逸れていく。
「もうすぐ他国の賓客をお招きする夜会がございますので、お忍びでお出かけするのはしばらくお控えくださいませね?」
「…………はぁぁい」
(あ、そういえば森のあの子は元気かしら。最近はあんまり遠出をすると本当に心配させるから、森に行くのは控えてたのよね)
返事がおざなりになったモアナは
最も肝心なことを聞き忘れたことに後で気づくのだった。
それはまさに
【後の祭り】であった。
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