第9話【クズリス視点】敗北の影響
クズリス達は王都まで帰ってきていた。
普段ならゆっくりと数時間かけて帰還するような長い道のり。
ふたりを載せた馬車は中の人を気遣うこともなく、後先考えずに全速力で駆け抜けていた。
学園まで戻ってくるとソフィアは学園の理事長室に入る。
理事長室の中には白いヒゲを蓄えた恰幅のいい中年の男性の姿。
もちろん、クズリスもいっしょに入るのだが彼は借りてきた猫のように大人しかった。
入室したソフィアに目をやる理事長。
「はて、今日は辺境の村からミーシャという生徒を連れてくるつもりだったと思うのだが。見たところいないね?」
クズリスは怒りで手を握りしめていた。
自分自身の口からこれまでの経緯を説明しようと思えなかった。
そのため自然とソフィアがこれまでの経緯を説明することになる。
ソフィアはこれまでの経緯を詳細に話し始める。
そして、……こうまとめた。
「……という過程があり、その結果クズリスが負けました」
「なんと?!」
理事長は驚いてからクズリスに目をやる。
「クズリスよ、言いたいことがいくらかあるな」
理事長は立ち上がるとクズリスの前へ。
「私の知らない場所でそんなに好き勝手しておったのか?」
もちろん理事長はクズリスの横暴な行為を容認しているわけではない。
あれらの行為は彼が欲望のもと独断で行っていただけである。
「クズリス。なにか言い訳の言葉でもあるなら申してみよ」
「……」
ギリッ。
歯を食いしばって理事長を見つめることしか今のクズリスにはできなかった。
そしてクズリスがなにも言わないということはいかなる処罰をも受けることになる。
「クズリス、貴様からクラスAの立場を剥奪する!」
その言葉にクズリスは飛びついた。
「クラスAを?!」
この世界の学園には生徒の強さを示す、クラスというものがある。
一番低いのがクラスE。
そして、一番高いのがクラスA。
これは認可制度のものであり理事長に認められた人間しかなれないし、名乗れない。
クラスAとは生徒の憧れ。
カーストトップというものである。
この立場まで登れる生徒というのは少なく努力の結晶と言っても過言では無い。
しかし、その反面一度クラスAを剥奪されては二度と上がれないようなものでもあった。
「とうぜんであろう?クズリス。お前はそれだけのことをしでかした。即座に退学処分でないだけありがたいと思え」
理事長はやはり呆れたような目をクズリスへと向けていた。
「しかし、理事長。今のクラスAから俺が抜ければ戦力はガタ落ちするはずですが、どうするのですか?」
「そのゼクトという少年を学園に招けばいいだけだろう?」
「俺の代わりにゼクトをクラスAに?!」
クズリスにとってはなかなか衝撃的な言葉であった。
理事長は自分よりゼクトを選んだからだった。
彼のプライドがズタズタに切り裂かれた。
「あのやろう……」
そして逆恨みをしかけていたのだが……
「クズリス」
理事長に名前を呼ばれ、びくっとしていた。
「貴様、まだ自分の立場を理解していないようだな?」
「うぐっ……」
「お前はクラスAの生徒だから今まである程度は好きにさせていたが、今回は限度を超えたのを理解しているか?ここまで横暴な人間だとは思わなかったな」
理事長は呆れたようにため息を吐いた。
しばらくの沈黙。
クズリスはここは素直に従うのが一番マシになると考えた。
「この身に刻みます……」
「ふん。貴様はこれからクラスBの生徒としてせいぜい励むのだな。このクズが。貴様の顔など見たくもない。さっさと出ていけ」
「……」
「さっさと出ていけ。くどいぞ」
理事長の叫びにクズリスは渋々と理事長室を後にした。
残されたのはソフィアと理事長。
理事長はソフィアに「少し待っていてくれ」と呼び止めると書類の準備を始めた。
その書類はゼクトを学園へと招待したいという旨のものである。
「ソフィア。何度も悪いが今度は君ひとりで再度ミーシャを迎えに行ってもらいたいと思う」
「分かっておりますよ。入学時点でクラスAの生徒はクラスAの生徒が入学前に迎えに行く。そういう決まりですもんね」
「うむ」
生徒の送迎というのは誰に対しても対等に行われるものではなかった。
ミーシャは入学試験で飛び抜けて優秀な成績を出していたのでクラスAは確定ということで理事長が特別扱いして送迎を出していた。(今回の騒動はそれが裏目に出てしまったのだが)
クズリスが部屋を出ていってから数十分が計画しただろうか。ついにゼクト宛の書類が完成した。
理事長はソフィアに用意した書類を渡した。
「明日の朝、すぐに村に向かいゼクトくんに渡してきてくれ」
「かしこまりました」
ソフィアは書類を受け取ると懐へ。
そして、ぺこりと一礼。
「失礼します」
彼女は部屋を出ていった。
1人残された理事長は呟く。
「ゼクトくんか。なかなか面白そうな子だな」
理事長はクズリスのことを高く評価していた。
そのクズリスを相手に一方的に打ち勝ったというゼクトについて興味が湧いてくるのも自然な流れである。
「この学園きっての逸材になりそうだな」
理事長の興味はすでにゼクトに移っていた。
そして反対に……
「クズリスはもう終わりだな」
噂というものはすぐに広がる。
クズリスがクラスAからBに降格したことが知れ渡るのも時間の問題である。
「クズリス。お前がクラスAになったとき噂はすぐに広がり誰もがお前に従っただろう、そして天狗にでもなっていたのかもしれない」
理事長は窓際へと寄っていた。
窓から外の景色を見る。
そこには学園のグラウンドがある。
声が聞こえてくる。
「クズリス。クラスBに落ちたらしいな?いい気味だなぁ」
ドカッ!
バキッ!
クズリスは他の生徒に殴られていた。
「お前は他の生徒にしたことを覚えていないかもしれない。しかしされた側はいつまでも覚えているものだぞ?」
理事長は窓のカーテンをシャッと勢いよく閉めた。
これは理事長の中でクズリスへの興味が完全に消え失せたことという内心を表すような行為であった。
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