第5話【アリス視点】変わるゼクト
私はゼクト・オースティンという男が嫌いだった。
ゼクトという男は親が貴族であるという理由だけで勝ちが決まったような男であった。
生まれた瞬間に勝ち組と負け組が決まるのであれば彼は間違いなく勝ち組の人間であった。
親は金持ち、領土は広い。権力もある。
それ以上何を望む必要がある?
結果、ゼクトは自堕落な人生を送っていた。
いっさい努力せず、勉強もしない。
部屋には親が用意してくれた本などはあるが、飾りだった。
読んだりしているところを見たことがない。
私がゼクトの専属メイドとなったのは10年ほど前のこと。
その頃から現在までゼクトという男はなにも変わっていなかった。
私を呼ぶ時も「女」とか「貴様」とかそんな呼び方ばかり。
決して名前を呼ぶことは無かった。
それほどまでにゼクトという男は傲慢で絵に描いたようなクズであった。
そんな有様でもなに不自由なく生きていけるのがこの世界である。
なぜなら彼は生まれ持っての勝ち組。
ゼクトは何もしなくても生きていけるのだから、初めから何もしないのはとうぜんのことだ。ゼクトは努力も我慢も苦労もしない。
子供同士の喧嘩に負ければ金で上級兵団を雇って相手の家に乗り込ませて謝罪させるような人間。
こいつは救えないような人間だというのが私の認識だった。
しかし、今日その認識は壊された。
「喧嘩で負けた、強くなりたい」
そう言ってくれたのがとても意外だった。
いつも他人任せなゼクトの口から出る言葉だとは思えなかった。
いままでゼクトの専属メイドをやってきて良かったなんて思ったことは無かった。
でも今は違っていた。
(ゼクト様の専属メイドでよかったかもしれない)
今のゼクト様はとてもかっこよく見える。
だから私はこの人のために生きようと思っていた。
そして
(ゼクト様。私はあなたのためにこの命を捧げます)
・
・
・
そう心に決めたのがもうすでに5日ほど前のことであった。時の流れというのは早いものであった。
私たちはあの日からずっと一日も欠かすことなく【試練の山】へと来ていた。
もちろんゼクトの要望があってのことだ。
ここ最近はゼクトにもかなりの焦りが見えてきたように思う。
「もっと強く、もっと力が欲しい」
それが口癖になっていた。
今のところゼクトが何をしたいのかよく分からないけど深く詮索するつもりはない。
私はゼクト様の役に立てているだけで満足なのだから。
「アリス。今日で試練の山にくるのも最後にしようと思うんだ」
「そうなのですか」
内心少しガッカリした。
ここに来ていれば私はずっとゼクト様の近くにいられたからだ。
ここに来ないとなると私はオースティン家の仕事に追われることになり、結果ゼクト様の近くにいる時間は少なくなってしまう。
しかし、
(ゼクト様がそう言うのなら私に止められる訳もない)
私はしょせん一介のメイド。
主にとやかく言う権利などない。
しかし、最後にひとつだけ。
「ゼクト様。今までお疲れ様でした。大変でしたでしょう?」
「そうだね」
「そろそろ試練の山の主と戦えるレベルになってきたと思います。いかがですか?成長を確かめることができるかと」
ゼクトのステータスは私は分かっている。
最後に私が確認した時のステータスがたしか……レベル300くらいいっていた気がする。
それだけあれば山の主と戦うのも難しい話では無い。
「うん。そろそろボスと戦ってみたいな」
ゼクトは拳を握って答えた。
まるで、今の自分の力を試してみたいと言っているようだった。
(ゼクト様。このアリスめも今のあなた様のお力をみたいと思っておりますいや、むしろ私が一番貴方様の実力を見たいでございます!)
私もまたこれまでのゼクトの修行の成果を自分の目で見たいと思っていた。
今のゼクト様はどれだけ強いんだろう?めっちゃ気になる!
「ボスはどこにいる?」
「この山の山頂にいますよ」
私の答える声が少しだけ震えていた。
「アリス、大丈夫?さっきからなんか気分が優れなさそうだけど」
「平気ですよ」
と答えているが、自分のことは自分が1番分かっている。
足に力が入っていない。プルプルと震えていて気を抜けば崩れ落ちそうだった。
実は私は獣人だ。
獣と人のハーフである。
この世界には土地が力を持っていることがある。
人族に力を与える土地もあれば獣人に力を与える土地もある。
そして、その逆もまたとうぜんある。
この【試練の山】という場所は人間にとっては特に影響はないが獣人の自分では立っているだけで疲労が溜まる場所である。
このことはもちろんゼクトには話していない。
(心配をかけるわけには……いかない。私なんかのために無駄に気を遣わせたくない)
震える足に力を入れて立つ。
「ほんとに大丈夫?」
「もちろんですよ。さぁ、行きましょうゼクト様」
私にはこんなことを口にするくらいしかできなかった。
どれくらい時間が経っただろうか。
どれくらい進んだだろうか。
山頂に進めば進むほど、私の体は重くなっていた。
(フィールドの悪影響がこんなに大きいなんて……だめ、もうむり)
ぜーはー。
息が乱れる。
膝から崩れ落ちた。
「アリス?」
虚ろな目をゼクトへ向ける。
「大丈夫か?アリス?」
「ちょっと体調が悪くなってきましたが、すぐに治りますよ。先に進んでてください。きっと追いつきますから」
自分が一番分かってる。
ここに取り残されたら自分の命が危ないことなんて。
でも……ゼクト様の邪魔だけはぜったいにしたくない。
私の事なんて放置してボスの所にいって自分の実力を確認して欲しい。
それが私の願い。
ゼクトは少し困惑しているような顔をしていた。
きっと、私を置いていってくれるだろう。
そう思っていた。
だがゼクトは予想していなかったようなことを言った。
「こんなところに放置できるわけないだろ?なに言ってんだ」
(え?)
私のことを抱き上げるゼクト。
「馬鹿なこと言ってないでほら、行くよ」
私のことを抱えて歩き始めたゼクト。
「体温が低下してきてるか?やばいかもな。これ。なんでこんなになるまでなにも言わないんだよ」
ゼクトは、ここに持ち込んだアイテムを惜しみなく使い始めた。
本当はボス戦用に取っておいたアイテムするも惜しみなく私のために使う。
「ちゃちゃちゃっとボス倒して、終わり。それから帰るよ」
(こんなメイドの私のことを捨てないの?この人は)
メイドなんていくらでも替えがいる存在。
そんな存在をここまでして助けてくれるなんて……目から涙が出てきた。
「なんで泣いてるの?」
私はこれ以上ないくらいの言葉で簡単に答えた。
「ちゅき(な人にここまでしてもらえて感動して自然と涙が出てきた)」
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