1日目
青い目、白い髪、白い翼、人に似た姿。アレックスは、目の前の怪物の特徴をメモした。
「この施設については分かりました。貴方のお名前をお聞きしてもいいですか?」
怪物は、玲瓏な声でそう尋ねてきた。
「私はアレックス。質問は終わりだ。実験に進む」
アレックスは、実験の準備を始めた。怪物は、落ち着いた様子で、部屋の中に佇んでいる。
この白い髪の怪物は、黒い髪の怪物と共に、燃える村の中に横たわっていた。最近、数十年の眠りから目を覚ました。
「実験、ですか。抵抗はしませんが、特別な力以外は、人間と同じ身体能力ですよ」
「特別な力について話すんだ」
「まだしっかりとは思い出せませんが、傷を癒すことができたはずです」
「治癒能力か。今から怪我をした動物を部屋に入れる。お前の能力を示せ」
アレックスは、怪物のいる部屋に、ネズミの入った容器を入れた。ネズミの背中には傷がある。
「痛そう……すぐ治してあげますからね」
アレックスの止める間もなく、怪物は容器の中からネズミを取り出した。ネズミは怪物の手の上で、ぐったりとしている。怪物は、ネズミの背中に触れた。傷が急速に治っていく。
「これはすごいな……」
アレックスは、興奮しながらその様子を写真やメモに残した。
傷の治ったネズミは、逃げることなく怪物の手の上で大人しくしている。怪物は優しく微笑んだ。その顔が、あまりにも魅力的な笑顔で、アレックスは目を逸らした。
「これが、私の能力です。ご理解いただけましたか?」
「わかった。協力感謝する。次の実験に進もう」
突然、地面が揺れたかと思うと、警報音が鳴り響いた。
「ひっ……こ、この音はなんですか?」
怪物は、その場でしゃがみこんで、耳を塞いだ。白い翼で、自分とネズミを守るように、包み込んでいる。
「どこかの怪物が脱走したようだ。警備員たちが対応する。心配するな」
怪物の脱走は稀に起きる。その度、優秀な警備員が制圧し、この施設から怪物を脱走させることはなかった。
ただ、アレックスには一つ心配なことがあった。同僚が研究を申し出た黒髪の怪物。かつてここにあった村を滅ぼし、村人を虐殺したとまで言われている、危険な怪物だった。それは、アレックスが担当している白髪の怪物も同じだったが、今のところ無害そうだ。
同僚のことが気になる。
「血の匂いがしますね。誰か怪我してますよ」
警報音が鳴り止んだ後、白髪の怪物がそう言った。その言葉に、アレックスの心臓が跳ねた。同僚は無事だろうか。
「関係ない。実験を進めるぞ」
叫び声が聞こえた。同僚のものではないようだが、声の主は黒髪の怪物の元へ走っていった警備員達のものだろう。アレックスは、持っていたペンを握りしめた。
「あの、私は逃げませんので、1度中断しませんか?怪我人がいるのなら、私もご協力させていただきますよ」
「……中断しよう」
アレックスは、怪物を他の研究員に任せて廊下に出た。廊下では、両腕を失った警備員達がタンカーで運ばれていくところだった。その中に同僚はいない。警備員に聞くと、同僚は無事らしい。警備員の傷は酷い。腕は元に戻らないだろう。アレックスは怪物の元へ戻った。
「どうでしたか?私に協力出来ることはありますか?」
怪物は心配そうな顔でアレックスの方を見ている。怪物から、こちらは見えていないはずなのに、しっかりとアレックスを見ている。
「警備員達の腕が失われている。それも治療できるのか?」
もし、警備員達からの許可が取れれば、人体実験のできるいい機会だ。
「もちろんですよ」
アレックスは、警備員の1人から許可を得て、怪物のいる部屋に入れた。
「さぁ、お前の力を使ってみろ。ただ、少しでも危険だと感じたら、実験は中断される」
怪物は頷いた。
「腕、痛いですよね。すぐに治しますよ。私は危害を加えません。安心してくださいね」
少しだけ震えている警備員に対して、怪物はゆっくり近づいた。
「あ、アレックス研究員、なにかあれば家族に……」
「静かにするように」
アレックスは、警備員と怪物を見守った。
「少し肩に触れますね。痛かったら言ってください」
「……はい」
怪物は、安心させるためか、自分の次の行動を言い、許可をもらってから行動している。怪物が触れると、警備員の肩が光に包まれた。光が収まると、警備員の腕が元通りになっていた。
「治りましたね。腕は動きますか?痒かったりしません?チクチクとした痛みとかないですか?」
警備員は目を見開いて、自分の腕を見ている。肩を回したり、叩いたりしている。
「ない……です」
「よかった!あ、他にも腰痛があるんですね。治していいですか?」
怪物は警備員の腰に手を当て、先程と同じように治療した。
「体内の不調にも気づけるのか。興味深いな」
治療を終えると、怪物は警備員の手を、両手で包み込んだ。
「もう大丈夫です。お仕事とはいえ、貴方は大変よく頑張っていますね。とっても偉いですよ」
怪物はそう言って微笑んだ。その笑顔は神秘的なまでに美しい。ミラー越しに見ていたアレックスでさえ、字を書く手が数秒止まってしまうほどのそれを、直接見た警備員は膝から崩れ落ちた。
「ありがとうございます。最初、貴方を警戒してしまった自分を殴りたいです。本当にありがとうございました」
警備員は祈るような姿勢で感謝を述べている。
「お顔を上げてください。私も喜んでいただけて嬉しいです」
怪物は、警備員に手を差し伸べようとしたが、途中で動きが止まった。警備員の肩に着いた黒い羽根を見ている。
「これですか?これは、貴方が治してくださった腕を、切り裂いた怪物のものです。黒くて恐ろしい奴でした」
「警備員、他の怪物の情報を話すのは控えろ」
そんなこと警備員も知っているはずなのだが、怪物に魅了されているのか、それともただの馬鹿なのか、黒髪の怪物の話をしてしまった。
アレックスは、怪物の様子を見守った。黒髪の怪物と、この白髪の怪物。同じ場所で倒れていたと言われているため、なにか関係があるのだろう。
怪物は黒い羽根を手に取り、口を開いた。
「少しだけ思い出したことがあります。私は、誰かを倒そうとしていたんです」
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