8.父の言葉。
「ふふふっ……寝顔、ホントに昔と変わらないなぁ……」
食事を終えて、しばらく。
思わぬ疲れのせいか、律人は早々に眠りへ落ちてしまった。麗華はそんな彼に毛布を掛け、微笑みながら寝顔を確認している。
健やかに寝息を立てる彼の姿に、麗華は胸の高鳴りを抑えきれない。
いつまでも、彼のそんな表情を見ていたかった。
「でも、それは――」
しかし今、自分たちは道を違えている。
約束通りに律人が帰ってきても、その溝は埋められなかった。その理由については、麗華自身も十二分に理解している。
できる限り、それについては考えないようにしていた。
だが、
「…………」
ふと律人のポケットから、彼のスマホが顔を出している。
それを偶然にも発見した麗華は、父とのとある会話を思い出した。
◆
――教員たちが帰り、しばらく経った夜更け。
麗華は再び寝入ることができず、意味もなくただ窓の外を眺めていた。空に浮かぶ月は分厚い雲に覆い隠され、表情をうかがい知ることができない。
それに、いつまでも変わらぬ景色を見ているのも苦痛だった。
そう考えた時、彼女は無意識に自身のスマホへ手を伸ばす。
「…………」
手に取ってから、麗華は自分が誰を思い浮かべていたのかを自覚した。
その相手というのは考えるまでもなく、律人だったのだろう。自分は彼に言われた通り、無事に自身の身体に戻った。そう伝えようとしたのだ。
だがしかし、根本の問題がある。
麗華の方から律人へ、連絡を取ることは不可能だった。
「……そもそも、知らない」
何故なら、彼女は律人の連絡先を知らないのだから。
彼だけではない。不仲とはいえど幼馴染みである海晴のアドレスも、持っていなかった。そのため、今さら自分から二人に接触することはできない。
分かっていたはずだった。
自分はもう、あの二人とは袂を分かったのだから。
今になって都合よく、仲良く振る舞うなどできないのだ。
「…………麗華。誰に連絡しようとしている?」
「お父さん……」
そのことを悲しいと、微かにでも表情に出ていたのか。
スマホを見つめる麗華に声をかけたのは、彼女の父親だった。暗がりの中から、彼は厳しい口調で麗華に訊ねる。
しかし彼女にとっても、元々は無意識の行動だった。
だから、ハッキリと意図を言語化できない。
「ふむ……」
麗華が黙っていると、彼女の父は静かに腕を組んで考え込む。
そして、次に出てきた言葉は――。
「お前には、有栖家としての血が流れている自覚はあるか?」
「……有栖家の血、ですか?」
「そうだ」
どこか娘のことを諫めるようなもの。
淡々としたそれには、感情の起伏が認められなかった。そのことも相まってか、とかく厳しく麗華を叱責する色が浮かんでいる。
有無をいわさぬ圧力をもって、彼女の心を追い詰めた。
「いいか、我々には歴史がある。汚してはならぬのだ」
「………………はい」
「だからこそ、お前は絶対に――」
そして、最後にこう告げる。
「質の悪い人間たちとは、決してかかわりを持つな」――と。
◆
「…………質の悪い、人間。それはきっと――」
律人のアパートで、麗華は静かに父の言葉を繰り返す。
おそらく父の脳裏にあったのは――。
「海晴の、こと……?」
彼女のことで、間違いないだろう。
海晴という少女は学校の中でも、たびたび問題児として噂になるほどだった。校則違反は日常茶飯事だし、学業や教員に対する態度も悪い。
厳格な父のことだ。彼女の情報が耳に入っていても、おかしくはない。
「でも、だったら……」
ただ、そこまで考えて。
麗華は強く唇を噛み、声を震わせた。
「……ううん。これは、きっと必要なこと」
しかし、何かを決意したらしい。
まるで感情を呑み込むように、口を真一文字に結ぶ。
そして最後に、麗華は眠る律人の手に軽く触れるのだった。
――
ここまでで章終わりです。
明日から、次章に移りたいと思います。
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