8.父の言葉。





「ふふふっ……寝顔、ホントに昔と変わらないなぁ……」



 食事を終えて、しばらく。

 思わぬ疲れのせいか、律人は早々に眠りへ落ちてしまった。麗華はそんな彼に毛布を掛け、微笑みながら寝顔を確認している。

 健やかに寝息を立てる彼の姿に、麗華は胸の高鳴りを抑えきれない。

 いつまでも、彼のそんな表情を見ていたかった。



「でも、それは――」



 しかし今、自分たちは道を違えている。

 約束通りに律人が帰ってきても、その溝は埋められなかった。その理由については、麗華自身も十二分に理解している。

 できる限り、それについては考えないようにしていた。

 だが、



「…………」



 ふと律人のポケットから、彼のスマホが顔を出している。

 それを偶然にも発見した麗華は、父とのとある会話を思い出した。







 ――教員たちが帰り、しばらく経った夜更け。

 麗華は再び寝入ることができず、意味もなくただ窓の外を眺めていた。空に浮かぶ月は分厚い雲に覆い隠され、表情をうかがい知ることができない。

 それに、いつまでも変わらぬ景色を見ているのも苦痛だった。

 そう考えた時、彼女は無意識に自身のスマホへ手を伸ばす。



「…………」



 手に取ってから、麗華は自分が誰を思い浮かべていたのかを自覚した。

 その相手というのは考えるまでもなく、律人だったのだろう。自分は彼に言われた通り、無事に自身の身体に戻った。そう伝えようとしたのだ。

 だがしかし、根本の問題がある。

 麗華の方から律人へ、連絡を取ることは不可能だった。



「……そもそも、知らない」



 何故なら、彼女は律人の連絡先を知らないのだから。

 彼だけではない。不仲とはいえど幼馴染みである海晴のアドレスも、持っていなかった。そのため、今さら自分から二人に接触することはできない。


 分かっていたはずだった。

 自分はもう、あの二人とは袂を分かったのだから。

 今になって都合よく、仲良く振る舞うなどできないのだ。



「…………麗華。誰に連絡しようとしている?」

「お父さん……」



 そのことを悲しいと、微かにでも表情に出ていたのか。

 スマホを見つめる麗華に声をかけたのは、彼女の父親だった。暗がりの中から、彼は厳しい口調で麗華に訊ねる。

 しかし彼女にとっても、元々は無意識の行動だった。

 だから、ハッキリと意図を言語化できない。



「ふむ……」



 麗華が黙っていると、彼女の父は静かに腕を組んで考え込む。

 そして、次に出てきた言葉は――。



「お前には、有栖家としての血が流れている自覚はあるか?」

「……有栖家の血、ですか?」

「そうだ」



 どこか娘のことを諫めるようなもの。

 淡々としたそれには、感情の起伏が認められなかった。そのことも相まってか、とかく厳しく麗華を叱責する色が浮かんでいる。

 有無をいわさぬ圧力をもって、彼女の心を追い詰めた。



「いいか、我々には歴史がある。汚してはならぬのだ」

「………………はい」

「だからこそ、お前は絶対に――」



 そして、最後にこう告げる。





「質の悪い人間たちとは、決してかかわりを持つな」――と。









「…………質の悪い、人間。それはきっと――」



 律人のアパートで、麗華は静かに父の言葉を繰り返す。

 おそらく父の脳裏にあったのは――。



「海晴の、こと……?」



 彼女のことで、間違いないだろう。

 海晴という少女は学校の中でも、たびたび問題児として噂になるほどだった。校則違反は日常茶飯事だし、学業や教員に対する態度も悪い。

 厳格な父のことだ。彼女の情報が耳に入っていても、おかしくはない。



「でも、だったら……」



 ただ、そこまで考えて。

 麗華は強く唇を噛み、声を震わせた。



「……ううん。これは、きっと必要なこと」



 しかし、何かを決意したらしい。

 まるで感情を呑み込むように、口を真一文字に結ぶ。




 そして最後に、麗華は眠る律人の手に軽く触れるのだった。




 

――

ここまでで章終わりです。

明日から、次章に移りたいと思います。



面白かった

続きが気になる

更新頑張れ!


もしそう思っていただけましたら作品フォロー、★評価など。

創作の励みとなります。


応援よろしくお願いいたします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る