7.あってほしかった景色。
「おかえりー……って、そんなに疲れた顔してどうしたの?」
「……ただいま。いや、気にしなくていいよ」
「そうなの……?」
アパートに戻ると、麗華が笑顔で俺を出迎える。
対照的にこちらは疲弊しきっていたので、何事かと訊ねられるが誤魔化した。その上で、買ってきた食材を手渡す。
すると小首を傾げながらも、麗華は袋を受け取った。
しかし、中身を確認すると――。
「あー! またカップ麺だ! 身体に悪いから、駄目なのに!」
俺がとっさに購入したブツを見て、子供のように頬を膨らせる。
「少しは自分で料理しないと、倒れちゃうんだから。律人、聞いてる?」
「その、悪かったって! いつものクセで、つい……」
「むーっ……」
いつになく幼さを感じる彼女に不思議と圧倒され、俺は思わず謝罪した。
麗華はそんな俺の様子を見てもまだ、どこか納得がいっていない様子である。ひとまず袋の中身を整理しつつ、唇を尖らせていた。
俺はそんな彼女に困惑しつつ、どうにか機嫌を取らなければ、と考えて――。
「で、でも……麗華が一緒にいれば、その心配もないだろ?」
「ふぇ……!? わ、私が一緒に!?」
何を血迷ったか、そう口にする。
だが、それに対して思わぬ反応を示したのは麗華の方だった。
彼女は途端に顔を真っ赤にすると、しどろもどろになりながら視線を泳がせる。そして困ったように頬を掻きながら、ふにゃっとした笑みを浮かべた。
「だ、だとしても! その、自分でもできないと律人が困るもん!! ただ――」
「……ただ?」
「……………………えっと……!」
そんな蕩けた自身の表情を隠そうとしつつ、しかし何かを言いかける麗華。
俺が思わず訊き返すと、彼女はまたしばらく狼狽えてから――。
「…………な、なんでもないもん!?」
「えぇ……?」
あからさまに怪しく、そう否定の言葉を口にした。
どう考えても何でもなくないが、これ以上の詮索をしては本格的に機嫌を損ねかねない。少しばかり不完全燃焼ではあったが、俺は仕方なしに引き下がる。
すると麗華は「もうっ!」と小さく言ってから、こちらに背を向けて調理を始めるのだった。ただ、こちらの思惑は上手くいったらしい。
「ふんふん、ふふ~んっ!」
彼女は楽しげに鼻歌を交えながら、包丁でニンジンの皮を器用に剥いていた。
そんな後ろ姿を眺めながら、俺はようやく一息つく。
そして改めて、エプロン姿の幼馴染みを見た。
「……本当に、そこにいるみたいだな」
そうやって考えたのは、この麗華が実体ではない、ということ。
本当の彼女はいま病院か自宅かは不明だが、静かに寝息を立てているはずだ。つまり、こうやって一緒にいる麗華は『夢』のような存在。イレギュラーな事態の中でも、飛びっきりのイレギュラーに他ならなかった。
あるいは、これ自体が俺の見る『夢』なのではないだろうか。
幼馴染みとしての麗華を想うがあまり、そのような空想をしているのではないか。
考えれば考えるほどに迷宮入りするようなものだが、その根底にあるのは『願い』なのかもしれなかった。
麗華や海晴と、もっと温かな時間を共にしたい。
もし俺たちの仲が変わらずにあれば、実際にあったかもしれない光景だ。
「もし、それが現実にあったなら……か」
しかし、事実は異なっている。
いったい何があったか分からないが、麗華と海晴は道を違えてしまった。その過去に今さら干渉なんてできない。
だからこそ、いまの俺にできるのは――。
「どうしたの、律人……?」
「え、あ……いや、何でもないよ」
そんな思いを抱えていると、不安げに麗華が声をかけてきた。
手には盆があって、そこには色とりどりの料理が乗せられている。俺は慌てて誤魔化しつつ、急いで食卓の準備を始めた。すると不思議そうにしていた彼女も手伝い、テーブルの上はあっという間に華やかになる。
「はい、召し上がれっ!」
「お、おおお……!? いただきます!!」
それを目の当たりにして、俺の腹は分かりやすい音を発した。
そういえば、すっかり空腹状態だ。
俺はもう耐えきれなくなり、箸を持ちつつ手を合わせる。
そして、挨拶の後に食事を口に運ぶと――。
「…………!?」
思わず声もなく、全身を震わせてしまった。
何故なら、このように美味しい食事は久々だったから。すると、
「ねぇ、律人。……『感想を聞かせてほしい』な」
「感想って、料理の?」
「……う、うん」
ふと、麗華がどこか心配そうにそう訊いてきた。
俺はそんな彼女の表情を見てすぐ、笑顔を返して素直に告げる。
「本当に、美味しいよ!」――と。
噓偽りない、心からの賛辞だった。
すると、それを受け取った麗華は安堵したように――。
「よかったぁ……!」
目を細め、また無邪気な笑みを浮かべたのだった。
――
羨ましくなんてないんだからね……!!
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