2.それは、束の間のふれあい。
――少しで良いから、手を繋いでほしい。
彼女はそう言って恥ずかしそうに、こちらから目線を逸らした。どのような無理難題がくるのかと身構えた俺は、思わず拍子抜けして苦笑する。
そして、こう思うのだ。
『あぁ、とても麗華らしい』――と。
俺は言葉で肯定するより先に、行動を起こしていた。
どこか遠慮がちに座る彼女の傍へ行って、その小さな手に自身のそれを重ねる。霊体であるという仮説は正しかったらしく、直接に触れ合うことはできなかった。
だから、いまできるのは同じ場所に自分の手を置くことだけ。
温もりは感じられない。
それでも、麗華がそこにいるというのは分かった。
ずいぶん遠くへ行ってしまったように思われた女の子は、変わらずここにいる。
「…………律人?」
「できるなら、また『昔』みたいに――」
――安心感、とでも呼べばいいのだろうか。
想定外や焦燥感に満ちた一日の疲れが、ここにきてドッと押し寄せてきた。全身が鉛のように重く感じられて、目蓋が勝手に閉じていく。
すると脳裏に浮かぶのは『いつか』見た光景で、懐かしい景色だった。
『ほら、いつまでも泣いてないで。行くぞ――』
『え、あ……うん……』
幼い頃の俺は、部屋の片隅で膝を抱える彼女に声をかける。
そう、彼女の名前は――。
◆
――それは今よりも、ずっと前のことだ。
俺の通っていた幼稚園には一人、とても綺麗な髪色をした子がいた。後になって知った話によると、母親がどこかの国とのハーフらしい。つまり、その子はクォーターということになるのだが、当時の俺にそんな難しい理屈が分かるわけがなかった。
ただ一つ、間違いない事実としてあるのは……。
『う、うぅ……ぐす、えっぐ……!』
『うわ! ついに泣き出したぞ! かっこわりぃ!!』
『なんだよ、変な髪の色してるお前が悪者なんだぞ!』
その女の子が、理不尽なイジメに遭っている、ということだった。
俺はそれが許せなくて、気付けば声を張り上げている。
『何やってんだよ、お前ら!!』
『あ、面倒くさいやつがきた……!』
『なんだよ、また正義マンのお節介かよ!』
するとイジメっ子たちは、舌を打ってどこかへ行ってしまった。
子供ながらに悶着を起こして大人に叱られるデメリットを避けた、ということかもしれない。そう考えると、なおのこと小賢しい奴らだった。
もっとも、だからこそ俺みたいに損得なしに声を上げる馬鹿が面倒だったらしい。
俺は彼らが立ち去るのを確認してから、泣きじゃくる女の子に声をかけた。
『ほら、いつまで泣いてるんだよ』
『う……ぐ、だってぇ……』
『そんな感じだから、アイツらが調子に乗るんだよ』
『でも、わたしなんか……どうせ……!』
どうやら彼女は、自分の容姿に自信がないらしい。
肩口で揃えられた色素の薄い髪に、まるで人形のように愛らしい顔立ち。それにもかかわらず、周囲の声によって認識が歪んでいるのだ。
子供ながらにそれを把握した俺は、少し考えてからこう伝える。
『あー……でも、俺はお前の髪の色とか、大好きだけどな』
『え……?』
小恥ずかしい、クサイ台詞だった。
だけど思いの外すんなりと出てきたのは、それが本心だったから。事実、俺はその子にずっと見惚れていていたのだ。
だから、いつまでも泣き続けていることが許せない。
彼女の笑顔を曇らせる相手が、許せなくて仕方なかった。
『だから、その……自信、持てよな』
『え、あ……うん』
とにかく恥ずかしかったのを覚えている。
相手の女の子も、次第に頬を赤らめてうつむいてしまった。
そして訪れた沈黙がこそばゆくて、俺はやや強引にこう口にする。
『だ、だから! 一緒に遊ぼう! その――』
涙に暮れる彼女に、手を差し伸べながら。
『麗華も一緒に、さ!!』――と。
それが、俺と麗華の出会い。
小学生になってからは、そこに海晴も加わって。
時につまらないことで喧嘩をする二人の間に入りながら、俺は自身が引っ越すことになるあの日まで、楽しい時間を過ごした。
高校生になったら必ず戻ってくる。
そんな約束を交わして、二人と別れるその日まで……。
◆
「ん、うぅ……?」
次に目を覚ました時、俺は畳の上に一人で身を横たえていた。
それでも、先ほどまでの出来事は夢でない。きっと俺を気遣ってくれた麗華だろう。彼女は立ち去る前に毛布を掛けてくれたらしい。
俺はゆっくりと身を起こしながら、それを手にして思いを馳せた。
そして、久方ぶりに重ねた手の感覚を確かめる。
「…………あぁ、本当に懐かしいな」
一人になった部屋の中でそう呟いて。
俺は静かに、自然と笑みを浮かべてしまうのだった。
――
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