2.どうして、ここに。
『有栖麗華さんは現在、意識不明の状態で……』
――校長先生曰く、麗華はいま病院で眠り続けているらしい。
命に別状はないとのことだが、こちらの呼びかけに対してまったく反応を示していなかった。放課後に希望者が募られ見舞いに向かったが、彼女はあの綺麗な顔のまま目を覚まさない。
うちの学校で有栖麗華は、羨望の的だった。
才色兼備、眉目秀麗――そんな言葉を体現するかのような存在感に憧れ、生徒会とのかかわりを持ちたいという者が増えるほどだ。噂では校外にもファンクラブができているとか。
とにかく、彼女の影響力は絶大だった。
見舞いに訪れた生徒はみな、一様に涙を浮かべている。
俺はそんな中でただ、現実味を得る機会を失ってしまっていた。
「…………明日、また行こうかな」
病室で眠り続ける生徒会長を見ても、俺はまだ信じられない。だからまだ、他のみんなのように涙を流すこともできていなかった。
一人暮らしをしているアパートに帰ってきて、ようやく日常の一片に触れたような感覚。正直なところ病院からここまで、どうやって戻ってきたのかさえ曖昧だった。
これでは『何も変えられない』という絶望に苛まれる。
こんな状態では日常生活に支障が出てしまう。
だからどうにかして、現実は現実として受け入れなければならない。そのためには明日もう一度、彼女の見舞いに――。
「ん……物音?」
そう考えていた時だった。
鍵をかけて出かけたはずの室内から、たしかな物音が聞こえたのは。
ネズミや何か、小さな生物の存在感ではない。明らかに人の気配としか考えられないそれに、俺の警戒心は一気に高まっていった。
「泥棒、か……?」
一人暮らしをする高校生の部屋を狙う理由は、分からない。
それに相手が、どうやって鍵のかかった部屋の中に入ったのかも疑問だ。しかしいま、重要なのは中に不審者が存在している、という事実だろう。
俺はしばし考えた後、覚悟を決めてドアの鍵を開けた。
そして、一つ深呼吸をして――。
「誰だ……! 何が目的で、この部屋に――」
「きゃっ!?」
「入って…………ん?」
先制攻撃とばかりに中に踏み込んだ――が、そこで聞こえたのは少女の声。
驚き、怯えたようなそれに思わず、俺の勢いは殺されてしまった。そして決して広くない六畳一間の安アパートであるから、声の主の姿はすぐに視界に入る。
そこにいたのは、一人の女の子だった。
不思議な白装束に袖を通し、俺のことを潤んだ瞳で見つめている。
「え……?」
そんな彼女を認めた瞬間に、俺は息を呑んだ。
だって、あり得ないことが起こったから。
「どうして、ここに……?」
そして無意識に、そう問いかけていた。
しかし返事はない。どうやら、相手も混乱しているらしい。視線を泳がせて、どこか自信なさげにうつむく女の子――いや、曖昧な言い方はやめよう。
俺は彼女を真っすぐに見つめて、確かめるようにその名を口にした。
「…………有栖、麗華」――と。
狭いアパートの一室には、紛れもない有栖麗華の姿。
いまにも泣き出しそうな彼女の表情を見て、俺は無視できない『なつかしさ』を抱くのだった。
――
ここまでがオープニングです。
次回から、第1章!
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