1.犬猿の仲の高嶺の花。
「どうして、あんな奴に声かけるかなぁ……?」
「そんな不機嫌にならなくても良いだろ、海晴」
噂のアイスを舐めながら、俺と海晴は家路を行く。
幼馴染みは先ほどからどうにも不機嫌で、あれほど楽しみにしていたアイスもろくに味わわずにかじっていた。その粗暴な態度を俺は諫めようとするが、どうにも火に油を注いでしまったらしい。
「知ってるだろー? アタシとあの女が喧嘩してる、って」
「それは知ってるけどさ。でも、いい加減に仲直りした方が――」
「全力で拒否する」
「海晴さぁ……」
あまりに幼い反応を示す彼女に、俺は思わず肩を竦めた。
たしかに二人は犬猿の仲ではある。学校ですれ違うたびに海晴は有栖麗華にガンを飛ばして、しかし相手方は気にした素振りもなく完全に無視を決め込んでいた。
二人の間に何があったのか、俺は知らない。
おそらく中学三年間の出来事だろうけど、幼馴染みは訊いても答えなかった。
「深入りしなくていい。……特に、律人は」
「…………どういう意味だ?」
「知らなくていい」
そして決まって、このように殻にこもる。
この状態になってしまっては、俺にはどうしようもない。それでも、こちらとしては幼馴染みの不仲は心配になるのだ。
そう思っていると、海晴が珍しくこう口にする。
「……律人は、さ」
「ん……」
「アイツのこと、好きなの?」
「……へ?」
いったい、どうしたと言うのか。
彼女の突飛な問いかけに俺は、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
だがしかし、海晴の方は至って真剣らしい。口の中に残りのアイスを乱暴に放り込むと、眉間に皺を寄せながらこちらを睨みつけてきた。
唇を尖らせているので、おそらくは何かを隠し事をしているのだろう。
そういった幼馴染みの癖は承知していたが、それ以上のことは探れなかった。
「そうだなー……」
だったら詮索しても意味はない。
そう思い直して、俺は投げられた問いに素直に答えた。
「少なくとも、俺は好きだけどな。アイツのこと」
「…………!? あー、はいはい! そうですか!!」
すると幼馴染みは明らかに動揺し、また不機嫌になる。
そして大きなため息をついたかと思えば、今度はどこか悲しそうな表情で言った。
「……律人、分かってる? あの女は――」
唇を噛んで。
「アタシたちに、これっぽっちも興味がないんだよ?」――と。
◆
――有栖麗華は、俺たちに興味がない。
海晴はそう言った。
たしかに、そうなのかもしれない。事実、俺とアイツの接点は限りなくゼロに近い。こちらはどこにでもいる一般生徒であり、彼女は学校全体の期待を一身に受ける高嶺の花だ。つまり、互いの見え方が大きく違う。
俺にとっての有栖麗華は特別な一人。
だがしかし、あちらにとっては大勢の中の一人に過ぎなかった。
「……ったく、朝から何なんだ?」
翌日、登校すると間もなく緊急の全校集会の報が飛び込んでくる。
仕方なしに体育館へ移動すると、すでにほとんどの生徒が整列していた。俺はかなり遅れての到着だったので、周囲の噂話に聞き耳を立てるくらいしかできない。
しかしながら、みんなこの集会について確定的な情報は持っていない様子だった。
好き勝手な憶測ばかりが飛んでいるので、俺は一つ小さなため息をつく。
そして、黙って昨日のことを思い返すのだ。
――海晴から、指摘されたことを。
「それくらい、分かってるさ。……いいだろ、別に」
タイミングが絶妙だったためか、幼馴染みの言葉は嫌に俺の胸を刺してきた。
たしかに、海晴の言葉の通り俺はアイツにとって大勢の一人だ。興味を持たれていないことは、どこか薄々ながらに感じている。
だけど、別に良いじゃないか。
頑張っていれば、いつか声が届くかもしれない。
そんな『もしも』を考えて、少しずつでも良いから変えていければ……。
『……それでは、緊急ですが全校集会を始めます』
そこまで考えたところで、校長がどこか難しい表情で壇上へ。
アナウンスがされ、騒がしかった生徒はみな徐々に静かになっていった。そうやって待つこと数十秒ほどで、校長は咳払いを一つ。
さらに数秒の沈黙を置いた後に、こう切り出すのだった。
『みなさんには、残念なお報せになります』
全校生徒が小首を傾げる。
何事かと思うが、そこに校長は続けてこう告げた。
『昨日の放課後、生徒会長の有栖麗華さんが交通事故に遭いました』――と。
瞬間、背筋が凍った。
俺の中で何かが、一気に崩れ落ちていくのだ。
「え……?」
校長の話は続いている。
だが俺は、それを真っすぐに受け止めることができなかった……。
――
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