第7話

   

 個人の名前を利用したダイイングメッセージ。

 まるで名探偵のお株を奪うような興味深い推理だが、明田山探偵が反応するより早く、当事者である羽美が、維偉斗に対して反論していた。

「待ってください! ダイイングメッセージというのであれば、それは本そのものではないでしょう? ほら、表紙に何か書き込みがあったじゃないですか。そっちが重要なのでは?」

 羽美も維偉斗も死体を発見した者だけあって、現場に残された本を良く見ていたのだ。

 改めてそれを思い浮かべたらしく、維偉斗が意味ありげに振り返る。

「そういえば、京戸さんが言う通り……。本のタイトルの一部、『あなた』のところが、線で強調されていましたね?」

 維偉斗だけでなく、羽美も同じ人物に視線を向けていた。

 大人しく座っている真智恵だ。


 なぜ二人が彼女に注目しているのか、明田山探偵には理解できない。

 だが敢えて尋ねる必要はなかった。警察の面々はそこまで知らないだろうと察して、羽美が説明し始めたのだ。

「さっき維偉斗さんも言おうとしてましたけど、『明日あなたが会いたいと』ですよ。あの小説のヒロインのモデルが、真智恵さんのお母さんでした」

 真智恵を相手に、志賀光蔵が彼女の母親について語り合っていたのは、純粋に昔を懐かしむ気持ちだけでなく、小説のネタとして使うためだった……。羽美も維偉斗も、そう考えていたらしい。


 渡されていた『明日あなたが会いたいと』を奈土力警部が改めて取り出して、ぱらぱらとページをめくる。明田山探偵も同じように、本の内容を確認してみた。

 ヒロインは病弱で、ずっと入院している。彼女に想いを寄せる青年が、頻繁に見舞いに訪れるが、その恋心は受け入れてもらえない。

 最後に「明日、伝えたいことがある」と言われて、いつものように見舞いに行くと、ちょうどヒロインが亡くなった直後。彼女が話す予定だった内容は遺書として彼に伝わる形になり、実は彼女も彼を好きだったこと、でも早死にするであろうから付き合うことは出来ないと考えていたことなどを知る。

 そんな物語であり、明田山探偵は「よくある御涙頂戴のストーリーだ」と思ってしまう。


「あくまでも『モデル』ですから、現実は少し事情が異なりまして……」

 問題の女性は、渡米して手術を受けることで、病気から回復。アメリカで知り合った日本人と結婚して、真智恵が生まれたのだという。

「……それに『ヒロインのモデルは真智恵さんのお母さん』と言いましたが、外見的にはむしろ真智恵さん本人をモデルにしている部分もあったようです」

「そもそも母と娘だからな。似てるのも当然だろ」

 羽美の説明の後から、維偉斗が顔をしかめながら呟く。

 志賀光蔵にとっては、真智恵は好きだった女性の遺児だ。しかも小説のヒロインにするほど強い思い入れがあったり、そんな母親と重ねて真智恵にも特別な感情をいだいていたりして、真智恵の方ではそれを嫌がっていたのだとしたら……。

 その辺りが動機に関わると考えて、羽美や維偉斗は、真智恵を疑っているようだ。死体として発見される少し前、志賀光蔵の書斎へ行ったのは真智恵自身が認めているし、ならば実はそのタイミングで殺していたのではないか。二人はそう想像しているのだろう。

 しかし……。

   

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