三章 南の鳥
第37話 沖縄の風
熱帯のタイから移動した、沖縄で行われるダイキリレディストーナメント。
去年は暖かいと感じた沖縄が、今年は涼しいと感じる。
タイはホテルの中やレストランなど、高級店は利きすぎるほどにクーラーが利いていた。
あちらでの贅沢というのは、寒いほどに涼しいということらしいので。
終わったことはともかくとして、予備のドライバーの微調整である。
クラフトマンに見てもらい、ドライビングレンジで打ちっぱなしを行う。
その300ヤードショットに、見物している人間は驚いているが。
「微妙にしっくりこない……」
飛ぶことは飛ぶし、おおよそ曲がらないのだが、操作性に満足出来ない。
このあたりはもう個人の感性の問題であろうか、今までに使っていたドライバーからグリップを抜き取って、予備のものに代えてみる。
「あ、これいける」
一応はこれで解決したのだが、今後も同じことが起こるなら、ドライバーは2本持って、どちらもメインに使えるようにした方がいいのかもしれない。
「小鳥ちゃん」
「恵里ちゃん」
どこかで会うとは思っていたが、まずはここで会った。
「海外ツアー、初参戦おめでとう」
「いや~、あまりいい結果ではなくて」
「初めての海外なんだから、立派なものだったと思うよ」
恵里の言葉は本当にその通りで、彼女自身も東南アジアの大会には派遣されたことがある。
その時の舞台はフィリピンとシンガポールであったが。
去年の小鳥はこの沖縄で、芝に対応できずに大叩きして予選落ちした。
ラフからのリカバリーが得意な小鳥だが、それでも沖縄は芝の種類が違う。
その芝への対応のために、東南アジアでのコースを経験させた、というわけだ。
正直なところドライバーの故障さえなければ、もっと上位争いが出来たな、と村雨は思っている。
(ただ今年も天気予報がな……)
雨は降らないが、沖縄は風がある。
そして風が吹けば、百合花が敗れることもあるのだ。
その日のうちにはルイも合流し、三人は一緒に練習しを回ることにした。
「そういえば去年はアマチュアが勝ったんだよね」
小鳥以外の二人は、予選を通過したので、そのこともちゃんと知っている。
特にルイは上位フィニッシュしたので、百合花や氷室綾乃に諏訪瑞穂といったベテラン強豪も、全てが地元の高校生に負けたのを知っている。
「今年も主催者の招待で出てるで」
ルイの示した組み合わせ表には、初日のアウトスタートで、綾乃とルイと同じ組に入った、アマチュアマーク(※1)の付いた名前があった。
「小鳥以上に全然知られてへん、沖縄のアマチュア」
去年の時期的に、高校一年生であった。
「風間
アマチュアになんと大層な呼び名がついたものである。
風間飛鳥は現在高校二年生、間もなく三年生となる。
小鳥のようにジュニアの大会に出たというわけでもなく、全く実績のない選手であった。
一応は公式ハンデは持っていたが、それは一緒に回った地元のおっさんゴルファーが一緒にラウンドしてアテストしたもの。
それまでは本当に知る人ぞ知るというか、知っている人しか知らない、完全に無名の選手であったのだ。
地元の名士の推薦により、完全にノーマークであった彼女が、女王のライバル綾乃や、史上最強アマ白石百合花と最終日に同じ組となり、百合花に3打差をつけて勝利した。
最終日は百合花も5アンダーの67で回ったのだが、風間飛鳥は10アンダーの62で回っている。
トータル23アンダーというのは、日本記録に近い。
大会のレコードも大幅に短縮したのである。
単独3位であった綾乃も17アンダーであったのだから、百合花が圧倒的な数字を出したのに、それ以上に圧倒的であった、というのがその力である。
百合花が他に負けたのは、全英女子アマとアメリカのプロツアーの招待試合だけであるので、国内で唯一の黒星を付けた人間となる。
「なんか聞くだけで強そうなんだけど」
「実際むちゃくちゃなほど強かったけど、アマチュアの試合にさえ出てこおへんからな」
「あの最終日に10打も伸ばしたのが信じられないよ」
予選落ちした小鳥は知らなかったが、最終日はスコアを崩す選手が多かったらしい。
とにかく特徴としては、風のある試合に圧倒的に強い。
しかしアマチュアの試合にさえ、まるで出場していない。
一応は沖縄の、小さなジュニアやオープンコンペには参加している記録がある。
ただ映像として残っているのは、去年のこの試合だけなのだ。
「そんなに強いのに、プロには興味ないんだ」
「そういうわけでもないらしいがな」
女三人が回っているところに、村雨が口を挟む。
去年は百合花のバッグを担いでいた彼は、当然ながら最終日の様子も見ていたのだ。
「彼女は百合花が選んだ、一人目の人間だからな」
「あ、そういえば……」
二人目がどうとか、百合花に言われていたことを思い出した小鳥である。
練習ラウンドを終えて、アプローチなども試して、パットの感覚も掴む。
そして女の子三人に捕まる村雨である。
「どうしてこうなった」
「いや、思わせぶりなこと言ってたら、そりゃ気になるやん」
ルイの突っ込みは正常なものである。
クラブハウスが閉じてから、四人は近くのファミレスに移動した。
そして村雨に詰め寄っているわけである。
「簡単に言うと、百合花嬢が世界制覇するために、選んだ仲間の候補者だ。風間飛鳥が一人目で、小鳥遊小鳥が二人目」
「なんであたし?」
「君はもう少し、自分のスペックを認識した方がいいな」
それにはルイと恵里も頷くしかない。
それにしてもやはり、百合花は世界制覇を目指しているのか。
ただゴルフは個人競技なのに、仲間が必要というのも意味がよく分からない。
「海外の試合で一人目立っていると、周囲からマークされるからな。それを分散させるためには、自分に匹敵するぐらいの選手が他にもいた方がいい」
「ああ、なるほど」
その説明でルイと恵里には、おおよそ分かったのである。
アウェイの空気というものがある。
ゴルフは紳士淑女のスポーツであるが、それでも不正にならない程度のアンフェアな行為は存在する。
特に海外派遣されていたルイと恵里は、それを感じたことがある。
地元勢への大歓声に対し、自分たちへはおざなりな拍手。
欧米でもそれなりにあったことだが、これが他の地域であると、露骨に観客が移動していったりする場合もあるのだ。
それを分散させるために、同じ日本人の選手がほしい。
なるほど百合花の言いたいことは分かる。
変な妨害でもない限りは、勝てるという自信があるなら、そういう考えにも至るのだろう。
「いくら強い言うても、ゴルフは八割運で決まるんやで」
「八割は言い過ぎかもしれないけど、日頃は試合に出ていない選手が、そうそう勝てるとは思えないな」
ルイも恵里もこのあたり、プロとしてのプライドがある。
そのあたり小鳥は、のんびりとした人間だ。
プロになれたのは、かなり偶然の要素が強い。
高校三年生になってからは、ティーチングプロの資格を取ろうと考えていたのだ。
競技ゴルフの世界とは、遠いところで育った精神。
だが競い合うことを、楽しいとは感じる自分は認めている。
それ以上に自分の、スコアを良くするショットを作るのに、熱心であったわけだ。
出来なかったことが出来るようになるのが楽しい。
ゴルフはもっと単純に、そう考えてプレイした方がいい。
もっとも普通の環境であれば、それが可能になるほどに、時間をかけることは出来ない。
小鳥はジュニアとして、試合に出ることはなかった。
だがコースをラウンドする経験は、間違いなく多くのジュニアよりも積み重ねていたのだ。
小鳥はプロアマ戦の指名もあった。
去年の2勝のうち、メジャーが一つあったことが、小鳥を有名にしている。
もっともメジャーに勝ったというだけではなく、その勝ち方が派手であった、というのも理由だが。
最終日に11アンダーを記録するなど、ツアー年間を通じても、一度か二度あるかどうかというところだ。
優勝2回に2位1回に、残りも上位でフィニッシュした。
それが去年の終盤の小鳥の活躍である。
そして今年の海外試合で、それなりの結果を残している。
プロアマ戦は回数限定だが、断ることも出来る。
しかし小鳥は自分が求められるのが、嬉しいという人間でもあった。
村雨もまた、それを勧めていた。
理由は言わなかったが、小鳥が自分から風間飛鳥のことを、調べていくかを見ていくつもりであった。
百合花は小鳥のことを、能力的に認めている。
実際にあの接戦で敗北し、そこでマネジメントには成功したように思える。
村雨がキャディに付いていたら、もっとたくさん勝てるのは間違いない。
ただ技術だけでいいのか、とも村雨は思う。
基礎体力と技術は充分、他にメンタルも前向きで、経験は村雨がカバーする。
コースマネジメントも村雨がカバーするが、最終的な駆け引きはどうなのか。
勝利への執念というものが、不足しているのではないか、と感じることがある。
もちろん勝てれば嬉しいのだろうが、何がなんでも勝つという、そういったモチベーションはないと思うのだ。
プロには向いていないのでは、と思うのも普通のことだ。
しかしその部分だけをどうにかすれば、まさに百合花にも対抗出来るものになる。
上手くて強いプレイヤーなら、玲奈のような者がいる。
だが小鳥の持っている力は、そういった上手さとか強さとか、説明のつくような範囲のものではない。
あの爆発力はもう、他のゴルファーに対して、決定的な格の差を感じさせるものである。
飛距離はあくまでも、小鳥の武器の一つ。
小鳥自身は駆け引きなどしていなくても、飛距離を見せ付けるというのは、駆け引きの中に入るものだ。
そしてボギー必至の状況からも、パーセーブをしていく力。
イーグル狙いでひどいところに落としても、ボギーまで持ってくる。
実力で圧倒するというのも、駆け引きの内なのだ。
少なくとも小鳥には、そういった駆け引きが今は合っている。
プロアマ戦も終わり、いよいよ翌日から試合が始まる。
「風間さんって見ないね」
「練習ラウンドも来なかったらしいね」
「もったいぶったやっちゃなあ」
ルイは初日が同じ組なので、どうせそこでは対戦することになる。
それまでに顔も見ないというのは、確かに怪訝に思っても仕方ない。
前夜祭も終えて、いよいよ試合当日。
恵里は先にスタートしていったが、小鳥とルイはアウトスタートで2組違うだけ。
なのでドライビングレンジやパットの練習場で出会う。
「あれや」
一応驚きの結果だったので、ゴルフ雑誌にもネットにも、紹介はされていたのだ。
身長は平均か、少し高い程度。
小学生男子のように、真っ黒に日に焼けた肌をしている。
髪は短く、そのあたりも少年っぽさを残している。
眼球の白い部分が、その真っ黒な肌の中で目立っていた。
「出て行く時に、クラブセッティング見てみ」
先の組の小鳥に、ルイはそう囁いた。
小鳥は言われた通り、アスカのバッグを見る。
小鳥も小鳥で、シャフトの硬度が男子プロ並であったりする。
しかしアスカの組み合わせは、そういうものとはまた別次元であった。
ウッドは3本持っているが、ユーティリティが一本もない。
(アイアンばっかりで、それもマッスルバック(※2)……)
アマチュアが使うにしては、攻めすぎたセッティングである。
ティーイングエリアに向かう途中で、村雨が囁く。
「古いクラブセットだったのに気づいたか?」
「そういえば、かなり使い込まれてたね」
「知り合いのゴルフ仲間のおじさんが、新しいセットに変えるたび古いのをもらって、自分のセットと入れ替えたりしてるそうだ」
「ユーティリティなしで?」
「始めたときにアイアンばっかりの古いセット(※3)を拾って始めたそうだ」
「そんな無茶な」
無茶は小鳥もたいがいであるが、それでも常識外れすぎる。
ゴルフクラブの性能は日進月歩。
小鳥にしてもアマチュア時代は、父のセットをシャフトを切って使っていた。
だがクラブメーカーと契約を結んでからは、さすがに自分に合わせたクラブを新しくセットしてもらっている。
それでもシャフトの硬さは、男子プロ並のものであるが。
「非常識なセッティングだよね」
非常識な小鳥に言われても、アスカとしては不本意であろう。
「プレイ内容はもっと非常識だぞ」
おそらく今年も、上位には進出してくるだろう。
その時に小鳥が動揺しないよう、村雨は改めて言っておくのであった。
×××
解説
1 アマチュアマーク
出場者の名前の頭に@マークがついているのはアマチュアである。
プロの試合でもそれなりに、地元の高校生が招待選手として出るのは珍しくない。
もっともほとんどはプロの雰囲気に潰されてしまうだけである。
2 マッスルバック
アイアンの形状を示したもので、対してキャビティアイアンというものがある。
操作性は難しいが、ボールコントロールの出来るのがマッスルバックと言われていたが、現在では操作性も簡単でボールコントロールも出来るマッスルバックも開発されている。
3 アイアンばっかり
以前にも少し書いたが、かつてはユーティリティというクラブはなかった。
80年代のゴルフマンガを見てみれば、ウッドの次はアイアンを使っている描写になっている。
80年代後半から普及していき、今ではロングアイアンの地位を完全に駆逐してしまっている。
重心が先にあるため、フェアウェイからでは事故が起こりにくいクラブと言われている。
ちなみにウッドは1Wのドライバー、3Wのスプーン、5Wのクリークの他に、2Wのブラッシーや4Wのバフィーというのもある。
さらには7番ウッドなどもあって、ボールを高く上げて、高さで止めるのにはアイアンよりも有利だと言われている。
「オーイ!とんぼ」の小梅ちゃんはウッドを8本も使っていたりする。アニメで登場するのはものすごい先なので、原作を買って読んでみよう。ピッコマなどでも今はアニメ期間でお得に読めるよ。
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