第25話 ハーフまでには
今年の女子プロゴルフ界の話題は、玲奈の四度目の賞金女王以外に、二人の新星の話題が大きかったであろう。
もっとも百合花も小鳥も以前から、雑誌の一面になったりはしていたのだが。
それだけアマチュアがプロの大会で勝つというのは、珍しいことである。
そして小鳥はプロ転向後、二年目で二勝目を上げた。
さらにはこの三試合は全て、最終日に10アンダー以上を出している。
爆発娘とも言われるが、追込み馬と言われてもおかしくない。
あるいは逆転娘であろうか。
もっとも逆転と言うには、あと少し足りない試合も多いのだが。
三試合連続、最終日二桁アンダーというのは、同じプロゴルファーにとって脅威である。
首位の選手にとっては、恐怖とすら言えるだろう。
今日も10アンダー潜れば、充分すぎるほど逆転優勝の可能性はある。
もしもそうなれば来年の日本女子プロゴルフ界は、小鳥が勢力図を塗り替えるかもしれない。
玲奈は海外メジャーに出場する場合、前後の試合をある程度休む。
それでも今年、四度目の賞金王を決めた。
年齢的にも完成されていて、あとは海外メジャーを取ればレジェンド間違いなし。
ただ彼女はここで海外メジャーを取らなければ、二年後にはもう取れなくなっているのでは、とも思う。
百合花が高校生になったら、もっと自由度が高くなる。
ただ彼女はオーガスタ(※1)女子アマに出場したい、という意向を示しているらしい。
海外メジャーは男子が四つ、女子が五つ。
しかし女子の海外メジャーの中に、オーガスタは入っていない。
マスターズという名称のものはないのだ。
女子の試合としては、アマチュアの試合が存在する。
当然ながらプロになってしまえば、出場することは出来ない。
玲奈もこれに出場し、トップ10に入ったことはある。
だが結局は優勝することはなく、よりレベルの高いプロへ転向した。
海外の試合には何度も出て、勝利した経験もある。
ただメジャーに関しては、まだ際どい優勝争いもしたことがない。
順応性の高い今のうちに、海外に拠点を移す。
賞金女王にもこれだけ輝いていれば、次のステージに進んでもいいだろう。
全米か全英のメジャーを取れば、おおよそ女子ゴルフの世界ではトップに立ったと言える。
日本国内だけで無双しても、それで満足しないのが玲奈である。
スポット参戦(※2)するだけでは、コースに適応するのは難しい。
アメリカに拠点をおいてこそ、アメリカのメジャーを勝てる。
そう考えて、決断したのだ。
国内最終戦として、勝っておきたい気持ちはあった。
だがここ数試合、玲奈の中で急激に、存在感を増してきている存在がいる。
最終日に毎回、二桁アンダーを叩き出している小鳥遊小鳥。
絶対女王の玲奈が去った後は、彼女を中心に日本の女子プロゴルフ界は動いていくのかもしれない。
ボギーを出してでも最終的には9アンダーで上がる。
村雨は自分の言っていることが、ちょっとおかしいことを自覚している。
だが小鳥のショットを見ていると、そういうところに期待してしまうのだ。
強さという点では、隙のない女王のゴルフ。
だがそんな正統派のゴルフとは違い、小鳥のゴルフもより魅力的だ。
遠くに飛ばして、ラフやバンカーからも脱出し、スコアを作っていく。
そんな小鳥のゴルフは、かつて多くの人々が夢見ていたゴルフそのものだ。
ディフェンス主体の競技がゴルフだと、今では分析されている。
だが小鳥のゴルフというのは、まずオフェンスがあってこそ、ディフェンスも考えていくというものなのだ。
もちろんある程度はスコアを作るため、必要なディフェンスというものもある。
百合花に似ているのは、技術自体は女王よりも高いのでは、と思わせるところ。
歩き始めたあたりから既に、小さなクラブを持たせていた。
これぐらいの英才教育をしていると、クラブがほとんど自分の体の延長になる。
それは百合花にさえ不可能な感覚で、伸び代を感じさせる。
ただ村雨が複雑に思うのは、じゃあゴルフは子供の頃からさせるような、環境でないと上手くならないのかということだ。
百合花が始めたのは九歳であるという。
そこからすぐにジュニアの大会で、優勝ばかりするようになった。
小鳥は技術に加えて、フィジカルも備わっている。
ただ体格では上回る小鳥と、百合花のフィジカルはほぼ変わらない。
(才能の差なのか)
結局はそうなのか、とも思ってしまう。
『16組目、本年度加藤茶レディス優勝、SSホールディング所属小鳥遊小鳥選手のティオフです』
最終日の後半だけあって、1番ホールのギャラリーも多い。
「お、来た来た」
「逆転の小鳥ちゃん」
どうやら逆転というのが異名になりつつあるが、実際には逆転勝利はまだ一度だけである。
アマチュア時代を含めてもいいのなら、確かに関東女子ジュニアも逆転勝利ではあるのだが。
「ドライバーかっ飛ばすかなあ」
「普通に2打目をウェッジで打てるからな」
グリーンエッジまで370ヤード、小鳥ならばドライバーを使えば、確実に2打目をウェッジで狙える。
ただ朝一番の1番ホールは、体がまだ回っていないことが多い。
それでも小鳥はドライバーを持ち、300ヤード近くを飛ばす。
国内トップの飛距離と言っていいが、これでも抑え目に打っている。
最終戦の最終日、小鳥を追って動くギャラリーが多かった。
村雨は歩きながらも、周囲の観客の会話を聞いている。
「今日はこの1番、ボギーの選手が多いらしいな」
「まあピンポジを考えればそうなんじゃない?」
かなり奥に切っていて、グリーン手前からではラインが読みにくい段差がある。
しかし奥につけると、止める空間がものすごく狭い。
同じく回っている恵里も、相当の飛ばし屋である。
それでも小鳥の方がほんの少し、前に出ているのは間違いない。
「参考にさせてもらえるな」
今日はそこそこ風は吹いているが、あまり激しくもなく強弱もつかない。
恵里は285ヤードほど打った地点から、ピンデッドをウェッジで打てる。
ピンはグリーンエッジから奥に9ヤードほど。
そして外すと奥には2ヤードほどしか残っていない。手前で止めればラインが難しく、奥は止める位置が少ない。
ただ恵里は持っている武器が、小鳥に似ている。
「52か?」
「恵里ちゃんなら届くよ」
小鳥の言葉の通り、恵里のショットは滞空時間が長く、高さでピンそばに止めてきた。
小鳥と同じ狙いである。
双方共に、今日は難しくなっているホールをバーディ発進。
次に2番ホールは、コース最長の距離であるが、バーディも狙えないわけではない。
そもそも女子プロ屈指の飛距離を誇る二人は、ここでこそバーディが狙える。
あくまでもフェアウェイをキープはしたいが、ここは2打目をラフから打っても、二人なら3打目でグリーンに乗せられる。
なので比較的、飛距離だけを出していけばいい。
仲良くおはようバーディの後、このホールも二人してバーディ。
実はここまで二人以外には、一人しかこのホールバーディを取っていなかった。
この連続バーディで、二人のスコアは玲奈と並ぶこととなる。
もっともここから玲奈が、どれだけ伸ばしてくるかなど、前の組はリーダーボードでしか分からない。
どれだけのリスクをかけて、リターンを求めるかを計算するのも重要なのだ。
相手のスコアをみて、残り3ホールで3打差ならば、まず逆転されることはない。
単純に技術ならば、充分に追いつけるとしてもだ。
追いつかないといけない、と考えればそこにミスが生まれる。
先に打ってしまえる小鳥は、だからこの2マンで行う試合の最終日は、かなり有利になっているのだ。
最終組でスタートした玲奈は、いきなりもう前の組に並ばれているのを知る。
リーダーボードがあるので、当然ながら分かるわけだ。
今年の賞金女王は既に確定している玲奈。
だが日本を本拠として行う試合は、これが最後となる。
(出来れば勝っておきたいけど……)
ゴルフではそういう勝ちたいという欲が、強すぎると負けてしまう。
欲を制御するのが、ゴルフというスポーツだという人間もいる。
40人が参加する中で、勝者はただ一人。
ゴルフは負けるスポーツなのだ。
実際に玲奈も今年、レギュラーツアー全試合に出場資格を持っていたが、その中で優勝したのは6試合だけである。
そういう意味ではゴルフは、もっとも長いスパンで考えるスポーツなのだろう。
生涯を通じて、どういったスコアを組み立てていくか。
1ラウンドを回るスコアを、少しでも少なくしていく。
そういったことをずっとやっていくのだ。
賞金女王というのは、それだけの試合を制して、しかも勝てなかった試合でも上位を確保しなければいけない。
そんな玲奈であっても今年、数試合は予選落ちしたことがあるのだ。
賞金額の多い試合に勝つことは、ランキングを上げることにもつながる。
おかげで海外メジャーへの出場権を獲得したりもしている。
海外メジャーに確実に出場するには、ロレックス・ランキング(※3)を上げるのが一番いい。
これはJLPGAツアーの試合を勝つことでも上がるが、やはりアメリカの試合を勝たなければいけない。
そして一度でも海外メジャーを制すれば、そこからしばらくはシード権がもらえる。
玲奈の目指すのは、その海外メジャーの制覇。
日本人ではまだ数人しか達成しておらず、日本のゴルフは世界で通じると伝えたい。
今でも主戦場を海外に移している選手は、数人だがいる。
そもそも国籍は日本だが、アメリカ育ちが長いとか、片方の親が日本人という場合が多かったりするのだ。
(私はメジャーを取って、そして本当の世界一になる)
アマチュアの百合花が先に、それを果たしそうになったのも、アメリカに拠点を移す理由だ。
この試合も自分には課題を与えている。
絶対に勝つなどというのは、ゴルフではないことなのだ。
よほどの実力差がない限りは、ある程度運も左右するのがゴルフだ。
そしてその運を、ある程度味方にするためには、試行回数を多くすればいい。
(今日は8アンダーを目的とする)
誰かに勝つとかではなく、自分の実力とコースの難易度からそれを決める。
結果的にそのスコアを達成したなら、負けてもあとは運が悪かったということなのだ。
ツアーチャンピオンシップはやはり、他の試合とはかなり違う部分がある。
予選がなく足きりがないということで、他の選手も戦略が変わってくる。
(けれど小鳥ちゃんは……)
恵里は去年は画面の向こうで、この試合を眺めていただけだ。
シードを取ってさらにランキングで上位に入って、ようやく出場出来た。
小鳥についていけば、自分のスコアも伸ばせる。
恵里はそう考えていながら、同時に無理もしないと考えている。
小鳥と違って恵里は、ラフもバンカーもそこまで得意ではないのだ。
精密さで小鳥を上回るルイと違って、恵里はおおよそ小鳥の下位互換の性能。
ただしそれを覆してきたのは、マネジメントの結果であった。
ちょっと思考を変えれば、一気に追い抜いていくのではないか。
いや、先にプロのツアーで勝たれているので、あちらの方が格上と見るべきなのだが。
ポイントでも賞金でも、ランキングはずっと上回っていたのが今年の10月頃まで。
今は完全に向こうが上だ、ということが言える。
ゴルフというのは競技である。
だが他の競技と決定的に違うのは、本質的な意味で戦う相手が、自分であるということだ。
駆け引きはあるが、他のプレイヤーのショットを邪魔することなどはない。
自分の限界を見定めるのも、スコアなどではない。
スコアはコースの難易度によって、当然ながら変わるからだ。
小鳥が狙えるところを、恵里は狙えない。
ミスをした時のリカバリー能力が、小鳥よりも劣っているからだ。
飛距離でも少し劣る自分が、小鳥に勝つための方法。
それは心理戦をかけることと、コースマネジメントである。
(でもプレッシャー感じてくれないんだよなあ)
仲良しと一緒に回っているので、むしろ小鳥のスコアは良くなっている。
1番と2番でバーディを取ったものの、そこからはパーをキープしていく。
ただ攻めた結果のパーであって、最初からパー狙いの恵里とは違う。
やろうと思えば恵里も、バーディを取れる可能性はある。
だがそこで失敗した時、パーで抑えられるかが疑問だ。
パーで抑えられるかボギーを叩くか。
恵里は自分の実力が、まだまだ成長中だと分かっている。
6番の短いパー4で両者共にバーディ。
(小鳥ちゃんはリカバリーに神経を使ってる分、私よりスタミナを減らしていってるはず)
致命的なミスが出たら、そこで突き放す。
そう思いながらハーフが終わった時点で、小鳥は本日6アンダーで恵里は5アンダー。
小鳥も凄いが恵里も充分に伸ばしている。
差が付いたのは、小鳥がイーグルを取ったからである。
首位に立つのが早い、と村雨は感じた。
パー5でイーグルを取ったあたり、小鳥の能力はやはり高い。
飛距離を持つ者のみに許されたイーグル。
ただパットもそれなりに長かったものを、しっかりと決めてきた。
先に出たとはいえ、玲奈を既に1打逆転している。
だが恵里が無理をせず、1打差で追いかけてきている。
後ろに女王、同じ組に1打差。
小鳥はまだ感じていないが、プレッシャーが大きくなりそうな場面だ。
(だがメジャーの中でも、この試合は特別だ)
プレッシャーで潰れるようなら、まだまだ精神面で成長の余地があるのだ。
×××
解説
1 オーガスタ
オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ。アメリカにある格式ナンバーワンのゴルフコース。男子メジャーの一つマスターズが開催されることでも有名。他のメジャーはコースを年々変えて行われるが、マスターズだけはオーガスタで行われ続けている。
2 スポット参戦
普段はプレイしていないツアーに、その試合だけ参加すること。
たとえば日本だとアメリカと共催のTOTOジャパンクラシックにアメリカ人が参加するとスポット参戦と言われたりする。
あとはスポンサーの関係で、アメリカや欧州のツアーに、日本のトッププロが招かれて参加することもある。
3 ロレックス・ランキング
ロレックス女子ゴルフ世界ランキングが正式名称。ポイントは試合によって違うと言うか、出場選手のランクによって与えられるものが変わってくる。
なお普通にJLPGAツアーの試合でも与えられるが、海外メジャーがものすごく高いのは間違いない。
他には賞金の高い試合のランキングも、当然のように高くなってくる。
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