第23話 ライバルに学べ
ゴルフには人間性が出る。
その人生の全てが出る、などと言っても大げさではない。
実際にゴルフを見れば、その人の性根が分かる、などと言うお年寄りは多い。
そんな理論に従うなら、小鳥は天真爛漫ながらも同伴競技者殺し。
ルイはそれが分かっているため、この三日目はディフェンスに徹する。
「今日は昨日伸ばせなかった選手が無理に伸ばそうとしてくるだろうが、同じ組の犬養のゴルフで勉強しよう」
村雨の言葉に、少し首を傾げる小鳥である。
「ルイちゃんとはもう何度もラウンドしてるけど?」
「試合のラウンドはそう多くないだろ?」
それは確かにそうである。
練習ラウンドではお互いに、色々と発見している。
同年代ということもあって、年上ばかりのツアーでは、協力体制にあるのは確かだ。
招待されて参加するジュニア選手もいるが、それよりは少しだけ上の立場なのだ。
恵里と一緒に三人組とされているが、実際のところその環境やキャリアは、かなり違う。
「ゴルフのショットの65%は100ヤード以内で行われるわけだが」
「え、そうなの?」
「……そうなんだよ」
かなり遠慮がなくなってきた二人である。
「100ヤード以内のプレイで一番上手いのが琴吹、二番目が犬養だ」
「え、そうだったんだ」
そうなんだよ。
村雨は理論派である。
イップスで打てなくなったが、練習ならばいくらでも打てる。
そして数値化するのが好きな人間でもあった。
「まあ色々とデータを取ってみたら、100ヤード以内からの寄せとパットが、この二人がトップ2なんだ」
「じゃあルイちゃんもじきに勝てるね」
「それはまた別の話かな」
データだけではゴルフのスコアを良くするだけ。
勝利するためには最後、メンタルの問題があるのだ。
飛距離は小鳥に玲奈、あとは恵里なども飛ばし屋だ。
アイアンの上手い選手もいれば、アプローチの上手い選手もいる。
パットの上手さは玲奈が筆頭であるが、ウェッジのアプローチは僅差でルイの方が上回っている。
しかしそれより重要なのは、ルイの判断力である。
リスクとリターンを判断し、選択する思考力。
それが彼女の力で、玲奈よりも上回っている点だ。
技術が上手くなっても、スコアが良くなるとは限らない。
ゴルフはメンタルが80%とも言えるスポーツで、ルイはそこが強いのだ。
ドライバーでは小鳥よりも40ヤードは飛ばないし、リカバリーショットなどもそれほどではない。
だがコースマネジメントでパーセーブが上手いのだ。
「攻撃のゴルフが積極性とは限らないからな」
こういった村雨の言葉は、相当に噛み砕かないと、小鳥には伝わらない。
風が完全に止まったわけではないが、昨日よりはずっと弱い。
昨日はその強い風の中でルイは、スコアを伸ばしてきたのだ。
順位的にも優勝が充分に視野に入っている。
(うちは女王と違ってオールラウンドで強いわけやないからね)
玲奈のスコアを見つつも、小鳥のゴルフは見ない。
(隙が見つかるまで、アンダーパーだけを心がける)
小鳥がバーディを取れる1番を、全く危なげなくパーでしのいだ。
ただこの日は小鳥も、バーディが取れない。
ピンポジが奥にあって、2打目をショートしてしまったからだ。
「今日はノーボギーで2アンダーを狙えばいい」
村雨はディフェンスをとにかく、三日目までに教えようとしている。
それを見ていて小鳥らしくない、とルイは思う。
だが2番ではるかにドライバーでオーバードライブされ、やはりここはカチンときてしまう。
(まあここはパーでいいんやけど、キャディの差があるかな)
百合花のキャディをやっていて村雨は、専属キャディなのである。
キャディフィ(※1)が高いため、そう簡単に契約するわけにはいかない。
ルイにしても自分も専属キャディを雇うべきか、と思わなくもない。
ただ判断力に関しては、充分な自信を持っている。
「キャディさん、今日のピンポジはどうなん?」
「ここも難しいですよう。奥に乗せようとして、転がり出る人が多いですから」
普通にいいハウスキャディだな、とルイは感じている。
村雨の評価している、ルイの判断力。
パーセーブ能力がとにかく、小鳥や恵里よりも高い。
それもリカバリーによるパーではなく、ずっと安心して見られるパーだ。
アイアンではなくユーティリティを多めにバッグに入れているのは、それだけラフに入れない自信を持っているからだ(※2)。
ラフに入れればそのまま、ウェッジですぐ近くに出してしまう。
小鳥のようにグリーン近くに持っていこうとはしない。
今年の最終戦のメジャーというだけあって、ラフの芝からの脱出は難しい。
小鳥のようなパワーと技術を、ルイは持っているわけではない。
だからそもそも、ラフに入らないように球を止める。
そのために高さの出やすいウッドタイプのユーティリティを、今日は多めに入れているのだ(※3)。
ルイのクラブ選択と、そしてコースマネジメントを、村雨は小鳥に説明する。
ゴルフは飛距離と言われる時代だが、それだけでどうにかなるというわけでもない。
飛距離が出て何がいいかというと、遠くに飛ばす距離だけではなく、高さも出せるということだ。
そして高いところから落ちてくるボールは、止まりやすいのだ。
危険地帯を避けた上で、しっかりとグリーンに球を止める。
ゴルフのかなり単純な、基礎的な能力。
だが磨けば磨くほど、スコアに反映される能力だ。
小鳥はルイのショットの正確性と、アプローチの上手さは分かっていた。
だがそれがどういう意味を持つのかを、村雨の説明で理解してきている。
相手が玲奈であったりすると、ただ玲奈が上手いだけ、で終わってしまう。
しかしルイは同年齢で、キャリアの積み上げ方も違う。
ナショナルチームで海外経験も豊富だ。
フェアウェイキープ率、という数字がある。
言葉そのままに、ティショットから打っていった球が、フェアウェイをキープしているかどうかという話だ。
ルイの場合はこれが、小鳥はおろか玲奈よりも高い。
彼女の飛距離では、2打目をラフから打てば、コントロール出来ない場合が出てくるからだ。
クリーンに打てるフェアウェイからなら、ショットをコントロール出来る。
あとはフェアウェイであっても、アンジュレーションが問題である。
ティショット以外は多くの場合、爪先上がりに爪先下がり、左足上がりに左足下がりと、ショットの打ち方が変わっていくものがある。
クラブの角度が変わってしまうし、ダフったりする(※4)場合もある。
そういった危険性を、とにかく排除したゴルフ。
「ナショナルチームだと、そういうことを教えられるんだけどな」
ルイはそれに忠実なプレイをしていて、恵里は少しはみ出している。
これは二人の飛距離の違いから生まれるものだ。
ルイの飛距離はドライバーで260ヤードほどで、これでも充分な距離なのだ。
だが飛距離というのは、単純にピンの近くに飛ばせる、というものではない。
ピンの近くのフェアウェイで、一番打ちやすいところに球を置ける。
それが飛距離のアドバンテージだ。
280ヤードのところにそのライがあれば、ルイはそもそも1打目からそのセーフティエリアを使えないことになる。
また280ヤードを飛ばせるなら、260ヤードを3Wで飛ばせばいい。
するとストレートに打ち出せる確率も変わるのだ。
ムービングサタデーということもあるが、予選足きりのないこの試合、昨日の風でスコアを落とした選手が、全力で攻めてくる。
また今の順位から翌日までを考えて、抑えていく選手もいる。
明日の天気予報もまた、特に風は強くないと予想されている。
この三日目に全力を出すのは、ペース配分的によくない。
風は弱くなっているが、相変わらずピンポジは厳しいのだ。
小鳥の最終日の爆発は、確かにとんでもないものだ。
だがその前の日に、爆発している試合も過去にはある。
予選の足きりを逃れるために使った感じで、その場合は翌日にスコアを落としている。
つまり一週間に一度だけ使える、必殺技のようなものだ。
もちろん理屈で考えれば、集中力の限界なのであろう。
基礎体力は充分にあるはずの小鳥。
だが思考力や集中力には、まだ不充分な点がある。
メンタル的なスタミナが、四日間を通じて戦うほどはないのだ。
これは高校生になるまで、二日間以上をかけて行われる試合に出ていなかった、経験不足が原因であろう。
また日曜日だけで終わらせるコンペに慣れて、長距離的なメンタルのスタミナに欠ける。
あるいは一日で次の日までに、回復することが出来ていないのか。
その小鳥はここ三試合、全て最終日にスコアを伸ばしてきた。
先週は四日間競技であったのに、それでも10アンダーを四日目に出したのだ。
ゴルフには流れというものがある。
自分でどうにか出来るものは、実はそれほど多くはない。
プロでさえもが運で勝敗が左右され、その時代の最強と言われる選手でも、予選落ちをすることがある。
小鳥は予選までは、通過ラインをどこに設定して、どの程度のスコアを出せばいいのか、考えなくてはいけない。
初日からトップに立ったりすると、メンタルへのプレッシャーで集中力の消耗が激しくなってくるのだ。
こんなことまで詳しくなっても、村雨自身の役には立たない。
本当なら自分がクラブを握って、コースを巡りたかった。
だが百合花の才能を見て、それ以上に彼女の野望を聞いた。
それはまさに貪欲だとか高い目標だとか、そういうレベルのものではない。
野望としか言えないし、気宇壮大と言うよりはもはや虚言に近い。
それでも村雨は、彼女に未来を見たのだ。
そのために百合花は、ライバルを三人は必要とした。
正確にはライバルではなく、協力者である。
今の百合花はまだ、成長途中なのだ。
そして競うゴルフであっても、一人では通用しない。
一人は既に見つけたが、意欲に問題がある。
二人目がこの小鳥。
三人目はまだ見つけていないが、世界中を探せば一人ぐらいはいるだろう。
今の段階で村雨は、まず小鳥の力を正しく使えるようにする。
百合花はまだアマで世界を巡っているうちに、そのうち一人は条件に合う選手を見つけるであろう。
ルイは最終日に小鳥とは回りたくない。
人間的に嫌いだから、という理由ではもちろんなく、自分のゴルフをするための選択だ。
四菱レディスも最終日、同じ組の選手はスコアを落としていった。
加藤茶レディスはさすがに女王だけあって、玲奈もスコアを伸ばした。
ただあの同伴競技者にプレッシャーを与えるのが上手い氷室綾乃が、逆にボギーなどを叩いている。
ゴルフは特に四日開催の場合など、かなり基礎体力を削られる。
小鳥と一緒には回りたくないという弱気と、メンタルにダメージを与えられたくはないという冷静さ。
どちらを取るかというと、後者を取っていく。
(全力を出すためにも、最終日は楽な相手と回るんや)
能天気な小鳥に対して、ルイはシビアに考えている。
今年は賞金ランキングも、最終的に30位以内には入った。
これで妹の進学費用も賄える。
(景気の悪くなっていった中、うちにゴルフなんかやらせてくれたおっちゃんらのためにも、下手なプレイは出来ひんからな)
この三日目、間違いなくテレビは小鳥も追っている。
ならば自分の姿も、それなりに放送されているはずだ。
スポンサーの名前が出れば出るほど、応援への還元となっていくのだ。
もちろん優勝こそが、最大の恩返しとも思えるが。
ルイは自分の強さを理解している。
それはコースマネジメントの徹底と、アイアンショットでピンポイントにフェアウェイを取ること。
ドライバーの距離はいいライにさえ届けばそれでいい。
あとはアプローチとパットで、上位に入れるのだ。
足きりなしの伸ばしあいであるが、誰か一人が突出しているわけではない。
3打以内に10人以上がいるという、混戦が続いている。
(小鳥が3バーディの1ボギーって、らしくない)
ただそれで最終日を迎えれば、勝利への最大の難関となってくる。
今では女王よりも、最終日の小鳥の方が怖い。
(一緒の組だけはあかん)
そう考えたルイは、18番ホールで攻めた。
ルイらしくないリスクの取り方だな、と村雨は感じた。
「ちょっとルイちゃん、攻めてますよね」
「今までを考えればありえないが……」
ルイの持っているショットなどを計算すると、ここは全力でパーを取りに来るホールだ。
パー4としては一番距離が長いので、彼女の飛距離ではまずそこが難しい。
ティーからはグリーンが見えないし、スタイミーになりそうな木も多い。
(攻める意味がない)
もちろんバーディはどんなホールでも取れる可能性があるし、数人は実際に取っている。
だが今日は特にピンポジが難しく、一人しか取っていない。
同伴競技者の意図が分からない。
ここまでルイのプレイを、コースマネジメントを見てきた小鳥としては、混乱している。
(仕掛けてきたかな)
村雨としては、そう考えている。
ルイはそこまで駆け引きをしてこないタイプと見られているが、あれだけショットに精度があって、コースマネジメントが出来る選手が、出来ないはずはない。
普段は単にやらないだけで。
「ここはパーだけを考えるんだ」
村雨はそう言ったが、目の前で見るショットに、小鳥が影響されるのは避けられないであろう。
×××
解説
1 キャディフィ その2
キャディに払う報酬は、一定額プラス成績のボーナスというのは以前に書いた。
だがハウスキャディではなく帯同キャディだとそうはいかない。
ルイの場合はそろそろ帯同キャディを雇ってもおかしくない成績であるが、成績のみで雇えるわけでもない。
2 ユーティリティ多め
形状を見れば分かるが、ユーティリティはドライバーに近い形状のため、ラフから打つには抵抗が大きい場合がある。
もっとも短いラフからならばアイアンより高さが出せたりもするので、選択にもゴルファーの違いが出る。
3 今日は多め
ゴルフバックに入れられるクラブの数は14本までと決まっている。途中で変えるのは出来ないが、ラウンド終了後に1ラウンドごとに変えるのはOKである。
昨日はパットが上手くいかなかったからこっちのパターを持っていこうとか、5Iを使わなかったからUTを増やそうとか、そういうところも戦略である。
4 ダフる
ボールを打つ前に地面にクラブを当ててしまって、ボール自体にはほとんど当たらなかったりすること。アマでは普通にあることだが、プロでも打つライの状態によってはそこそこある。
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