二章 ツアー最終戦

第18話 次の戦場へ

 表彰式にマスコミ向けの会見と、小鳥はこなしていく。

 最終日の今日、11アンダーの爆発。

 しかしフロントナインは3イーグルの1アルバトロス、そして2ボギーというものであった。

 対してバックナインは、バーディのみの4アンダー。

 届かないショットは入らないとでも言うように、前半9ホールは派手な爆発。

 だが後半9ホールはしっかりとピンの手前につけることが多かった。


 この優勝によって小鳥は、レギュラーツアー最終戦ツアーチャンピオンシップへの参加の権利を得る。

 ツアーの最終戦ではあるが、ただのシードだけでは参加することは出来ない。

 まず当該年のJLPGAツアーの優勝者。

 その次にJLPGAの会員で、USLPGAツアー(※1)の優勝者。

 三番目は当該年11月5日までの、USLPGAランキング(※2)上位50位までのJLPGAの会員。

 そして最後に開催前週までの、JLPGAランキング上位50位までの選手。


 小鳥はツアー優勝者の資格で参加することが出来る。

 玲奈などは6試合も優勝しているので、37人のはずのツアー優勝者が、32人にまで減っている。

 また綾乃や他にも、同年に複数回優勝している選手はいるのだ。 

 対して海外で実績を残しているのは、ほんの数人しかいない。


 この順番の条件で選ばれていって、40人になったところで終了。

 他のツアーと違うのは、予選の足きりなしの、2マン(※3)で行われる試合であること。

 優勝賞金が3000万円で、2位でも1800万円と、賞金女王の決定戦には大きな影響を持っている。

 そしてこれは日本国内の、メジャー大会の一つである。

 小鳥にとっては初めてのメジャー大会……ではない。

 アマチュア時代に優勝した資格でも、ツアー優勝の資格で出場した経験はあるのだ。


 つまり今年は初めてのメジャー出場である。

 そしてこの試合のこれまでと違うところは、四日間競技であるということ。

 小鳥の最終日逆転猛チャージをかけるのに、スタミナを温存しておかなければいけないのだ。

 もっともこの試合の前に、もう一試合だけ通常のツアーが残っている。

 そこも四日間競技のため、最後のツアーに向けて体を慣らすことが出来る。


 練習ラウンドから丸々一週間、小鳥はまず愛媛県に飛ぶことになる。

 さすがに飛行機を使った方が、圧倒的に時間短縮になるからだ。

 そして翌週が、年内最終戦となるメジャー。

 栃木に戻っても月曜日には、また移動しなければいけない。

 なので栃木に戻るのではなく、そこから宮崎に直行となる。

 もっとも予選落ちすれば、一度戻ってきても悪くないが。


 これがシードプロなのである。

 毎週のように違うコースで試合をして、ホームに戻ることもなく日本全国を沖縄から北海道まで移動する。

 上位のシードプロであれば、予選落ちした場合など次の会場に、先に飛んで練習をしたりする。

 金銭的に不安であった小鳥は、予選落ちすればそのたびに、ホームに戻っていたものであるが。


 七月には少し、試合のない週もある。

 だがそこでは海外に行くのが、トッププロなのである。

 玲奈などは何試合かは欠場して、海外の試合に参加している。

 海外メジャーにも参戦して、そこそこの成績を収めているのだ。

 さすがにまだ勝利はないが。


 全米ジュニアなどで、彼女は優勝している。

 全米アマの大会では、さすがに勝っていないが。

 百合花は世界ジュニアや全米アマでも優勝していて、そういった経歴では確かに彼女が一番格上と言える。

 プロの世界でも勝ってしまったが、いつ勝ってもおかしくないな、とは言われていた。




 帰りの車の中では、緊張感から解放されて、ぐっすりと眠っていた小鳥。

 だが戻ったホームコースでは、多くの従業員や研修生などが、その帰りを待っていてくれた。

 コースのレストランを使って、簡易ながらも祝勝会となっている。

 なお本格的な祝勝パーティは、シーズンが終わってから、一流ホテルを使って関係者もたくさん呼び、盛大に行われる。

「しかしよく食べるね」

「目が覚めたらお腹が空いていて」

 小鳥はたくさん食べて、色々と回復させていっているのだ。


 三日間の戦いで、色々なものを消耗した。

 単純に歩いた距離だけでも、練習ラウンドやプロアマ戦を含めると、50kmほどにもなるだろう。

 またオフにもおよそ毎日、10kmほどのロードワーク。

 予選落ちしたら週末も走っている。


 一度の試合でどれだけ消耗しているのか。

 ゴルファーというのはあらゆる球技の中で、一番たくさん歩いているのかもしれない。

 人間が習得した二足歩行。

 それを多く使える人間が、まさに強いスポーツなのだ。


 四日間競技の場合、火曜日には練習ラウンドには入る。

 すると月曜日にはもう、向こうに移動していないといけない。

 昔の男子プロゴルフなど、さらに多くの試合があった。

 しかし国内の試合は、今のところ頭打ちである。


 女子ゴルフが国内のゴルフ需要を支えている、と言ってもいいだろう。

 アマチュアのゴルファーなどは、男子プロほどのパワーがない。

 だから使うクラブも飛距離なども、女子の方が参考になる。

 それにどうせ応援するなら、女子の方がいい。

 助平な男でもなく、普通にそういう本能はあるのだ。

 だが国内の男子プロの状況は、本当に危機的なものがあるが。


 もっとも海外に出て行く選手が増えたのは、むしろ必然であったかもしれない。

 長らく日本人は、国内では勝っていたとしても、アメリカなどでは勝てなかった。

 それがジュニアの頃から、海外での経験を積むことによって、通用するプレイヤーが出てきた。

 アメリカの試合の方が賞金は高いので、そちらに行ってしまう。

 国内が空洞化するのは、仕方がないことかもしれない。




 愛媛で行われる王子製薬レディスオープン。

 小鳥は今回これに、一人で参加である。

 キャディはスポンサーが用意してくれて、帯同のプロキャディである。

 現地で合流して、試合は全てこのキャディと組む。

 澄花は今週は、本業のコースキャディに戻るのだ。

 そして小鳥と相性がいいようなら、最終戦も組んで戦ってもらう。


 将来的には海外で戦うことも考えなければいけない。

 そんな時に英語の出来ない小鳥や澄花には、通訳してくれる人間が必要となる。

 そう考えた場合、海外での実績もあるキャディが、絶対に必要になるのだ。

 百合花はその点に関しては、普通に日常会話が出来る。


 これまでも多くの試合で、小鳥はハウスキャディ(※4)を雇って戦ってきた。

 そういう場合はほとんどが、結果を出せなかったものである。

 アマチュア時代はそれでも、ノンプレッシャーで優勝したものだ。

 関東ジュニアのその優勝が、大きく小鳥のゴルフを変えた。


 帯同キャディとの相性は、キャディの能力以上に重要である。

 もっとも優れたキャディというのは、どんなゴルファーにもおおよそ合わせてくれるものだが。

 小鳥はこのまま来週も宮崎に行く予定なので、それなりの荷物になっている。

 そして松山空港では、スポンサーが運転手まで用意して、準備万端整えてくれている。


 しっかり結果を出したのだ。

 しかも最終日の相手は、女王が同じ組に入っていた。

 試合後の取材では、アルバトロスについても聞かれた。

 やはりあの一発がなければ、優勝はなかったのだ。

(実力って言っていいのかな)

 そのあたり小鳥は、澄花や祖父が厳しいので、慢心することがない性格ではある。


 宿泊所は道後温泉の近くであった。

 コースまでは車で30分と、程よい距離である。

「なんだか待遇が変わりすぎてぴっくりです」

「小鳥遊プロには百合花さんが、期待してますからね」

 爆発力はすごいが、アルバトロスで勝っている選手など、運がいいだけとも言える。

 そのあたり小鳥は、おかしな自信は持っていない。


 この月曜日にも、小鳥はラウンドを予約している。

 ゴルフ場でキャディとは面会予定で、そのあたりも全て手配されていた。

 前後の準備に煩わされることなく、ゴルフだけに集中出来る。

 それだけに下手な成績を残したら、言い訳など出来ない。

 もっともゴルフというスポーツは、言い訳をしている時点で負けなのだが。




 朝早くに出たので、充分にラウンドする時間は残っている。

 そして試合の行われるのとは別のコースで、キャディと合流した。

 年齢のほどは40歳頃、そして握手した手にはゴルフのマメが出来ていた。

「村雨です」

「小鳥遊です。百合花ちゃんのキャディをしていた人ですよね」

「ええ。レッスンもしていますが」

「先生ということですか?」

「そういうわけでもないですが、まあコースを回りましょう」

 ラウンドしながら、相互の相性は確かめていけばいい。


 本当ならば実際のコースでラウンドするべきだ。

 だがこの試合はマンデーを取り入れているため、月曜日にはその試合が行われている。

 火曜日が練習ラウンドで、水曜日がプロアマ戦。

 木曜日からの四日間開催で、試合が行われる。

 実際に使われるコースではないが、芝の状態はかなり近いところを選んだ。

 もっともプロ用のコースと趣味用のコースでは、セッティングが全く違う。

 体を動かすということを、重視しての練習ラウンドである。


 ここを小鳥と共に、村雨もバックをカートで運んで回る。

 思ったとおりに、彼も優れた技術を持っていた。

 ただ平気で300ヤードオーバーを飛ばす小鳥には、呆れ顔であったが。

「百合花ちゃんも飛びますよね?」

「彼女がコントロール出来るのは280ヤードほどで、それ以上は打ち方がちょっと特殊になりますね」

 小鳥の場合はフォローなどの条件が整えば、ランまで含めて320ヤード飛ぶこともある。

 玲奈や、他には恵里も相当の飛ばし屋だが、おそらく飛距離では小鳥が上回る。


 小鳥の得意なクラブは、ドライバーだと多くの人が言う。

 だが本人としては5番アイアンとウェッジが得意なつもりだ。

 実際にラフやバンカーからパーセーブするのには、ウェッジが使えなければどうにもならない。

 また5番アイアンは、ウッドからアイアンまでの間で、一番距離を調整するのが得意なクラブである。


 村雨はそういった小鳥のプレイを見ていて、確かに百合花に似たものを感じる。

 もっとも百合花はドライバーで、ランニングアプローチなどはしないが。

 彼女もウッドで転がすことや、アイアンで転がすことはある。

 だが直ドラというのがそもそも、プロでも難しいのだ。

 正確にはそんなことをすぐるらいなら、もっとリスクの低いショットが出来るというわけだが。


 小鳥は村雨に言われて、比較的会場のコースに近いラフやバンカーに、わざと入れて脱出をしてみる。

 今の若手のゴルファーは、こういったハザードでは安全策を取る。

 とりあえず出すだけ、というのがコースマネジメントなのだ。

 アマチュアにも言えることだが、無理に寄せようとすると、ダボやトリを叩いてしまう。

 しかし小鳥は、そこからパーを取ってくるのだ。


 リスクの基準が違う。

(さすが那須義男の孫といったところか)

 日本アマで何度となく上位入賞を果たしている、小鳥の母方の祖父。

 今ではコンペに少し出るぐらいだが、かつてはその人ありと言われていた。

(肉体的な素質は父親譲りか)

 早世しなければ、どれほどの活躍をしたか、と思わせるプレイヤーの一人である。




 小鳥のゴルフがおおよそ分かった。

 農家の重機で作った、お手製ホールで腕を磨いた、百合花と似たようなところはある。

「基本的に今回、君から問われない限り、俺は何もアドバイスしないつもりだが、それでいいかな?」

「う……う~ん」

 ハウスキャディは残りの距離や、グリーン周りについて多少は普通に教えてくれる。

 澄花であればコースマネジメントまで、かなり口を出してくる。

「いえ、積極的に口を出してください」

「分かった」

 澄花と他のキャディ、特にレッスンもするような帯同キャディが、どのような意見を出してくれるのか。

 そのあたり気になる小鳥であったのだ。


 村雨としてはちょっと、意外なところがあった。

 百合花はとにかく負けず嫌いで、そこを上手くコントロールしてやらなければ、暴走する気配もあったのだ。

 だが小鳥はショット自体は無茶だが、精神はずっと安定しているように思えた。

(もっと勝てても良さそうだけど、試合でのメンタルが問題なのかな)

 ゴルフはメンタルが八割のスポーツだ、などとも言われるのだ。


 明日の練習ラウンドで、それは分かるであろう。

 もっともそれすらも、試合の本番に比べれば、状況は全く違うが。

 一日のラウンドで、アルバトロスにイーグル三つを決めた選手など、村雨は見たことがない。

 スポーツ新聞はどこも一面に、この新たなスターを特集していた。

 練習ラウンドでもマスコミは、かなりしつこく付きまとってくるかもしれない。

(ただアマチュアでプロツアーを優勝したから、そのあたりは慣れてるか?)

 メンタルコントロール次第で、この試合の戦い方は変わってくるだろう。




×××


解説


1 USLPGAツアー

アメリカの女子プロゴルフツアー。なおアメリカと言っていながらも、国外の試合もその中に入っている。

現実ではTOTOジャパンクラシックがそうで、優勝賞金がドル表示なのもそのためである。


2 USLPGAランキング

アメリカの女子ゴルフツアーのランキング。日本のメルセデスランキングに対して、ロレックスランキングと言われている。


3 2マン

前にも少し書いたが、二人一組で回っていくタイプ。

なお現実でもリコーカップは予選足きりなしのため、そこは心配する必要はない。

ただしひどいスコアを残しての、ぶっちぎりの最下位などもある。

それでも試合でコースでボールが打てるため、棄権せずに最後まで続ける精神的にタフな選手が多い。


4 ハウスキャディ

コースお抱えのキャディのことで、大きな大会をするようなコースはキャディが存在しいている。

昨今ではコストカットのため、キャディがいないコースも少なくはない。バッグを運ぶのにもカートカ-などを使ってセルフで運ぶ。

選手と一緒に国内国外を飛び回るキャディを、帯同キャディと呼ぶ。

なおプロでも普通にハウスキャディを雇うことは少なくない。

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