第19話 勝てない理由
練習ラウンドを巡るのに、小鳥は一人ではない。
ルイと恵里と一緒に回るのは、身内の意識があるからとかではなく、互恵関係が築かれているからだ。
試合となればお互いに、全力を尽くして戦う。
だがまだプロとしてのキャリアが浅い彼女たちは、お互いに気づいたら教え合うことがある。
一応はプロとして、一番のキャリアを残しているのは小鳥。
ゴルフに最初に接したのが、一番古いのも小鳥。
だが今年の順位の平均値を見ると、ルイが1位で恵里が2位となる。
小鳥は予選落ちが一番多く、浮き沈みが激しいのだ。
JLPGAとしては正直、小鳥のような選手がもう少し上にいてくれる方が、組織自体としては助かる。
隙のないがちがちのゴルフの面白さは、玄人向けであるからだ。
小鳥のゴルフは素人にも、何がすごいのか分かるものだ。
誰よりも球を飛ばし、バンカーから豪快に脱出する。
そしてたまにダボを打って、リアクションが大きい。
練習ラウンドを回ったが、プロが練習ラウンドをする場合、同じ場所から球を二球打ったりもする。
そうやってライの状態を確認するのだ。
池ポチャはともかく、ラフやバンカーに打ち込むこともある。
そこからは打てないのか、というのを確認するためのものである。
小鳥は手足もムチっとしているが、ムキっとしているほどの筋肉はない。
だがそれでも、一番飛ばすのが小鳥で、体重も一番重い。
また持っている技術が一番多いのも、実は小鳥である。
(なるほど、それが逆に思考を複雑にしすぎてるのか)
小鳥のクラブを運びながら、村雨はそれを理解していた。
百合花の野望と言うか、狂気としか思えない目標を知っている、数少ない人間の一人が村雨である。
そしてどうして百合花が、小鳥を選んだのかも分かる。
また小鳥に足りないものも、ティーチングプロ(※1)として数多くの才能を育ててきた、彼にはよく分かった。
(なるほど……)
小鳥の祖父は確かに、名人ではあったのだろう。
「環境が選手を育てる、か」
栃木の山奥で育った小鳥は、そういったコースで練習をしていた。
リンクス(※2)ほどではないだろうが、風の影響が山間の谷から入ってきていたと聞く。
この愛媛の試合、小鳥は勝てないだろうな、と分かった。
また最終戦も勝てないな、と推測出来る。
(経験か)
先週の試合は他の試合と比べても、コースの距離が総合的に長かった。
だからこそ小鳥の飛距離は、大きな武器となったものである。
今週の試合はそれに比べると、300ヤードほども距離が短い
(ただ山間部のコースという点では、同じことか)
百合花が目指しているのは、リンクスコースでの優勝だ。
ゴルフは世界中に、コースが存在する。
そして自然の影響を、最も受けるスポーツであるかもしれない。
風の影響などは屋外でやるスポーツ、特に野球などはそれなりの影響が出る。
しかしゴルフに比べれば、あまりにも人工的な空間での試合をする。
ゴルフは世界中にコースがあるため、それぞれの特徴が違う。
人工ではあるが、自然を活かした人工であるのだ。
村雨は翌日のプロアマ戦も、キャディを務めた。
小鳥の一緒に回った相手は、地元企業の人間と文化人。
それとの会話を聞いていると、小鳥は感覚派の人間だと分かる。
もちろん完全な感覚派も、完全な理論派も存在しない。
だが小鳥は今時の若手の中では、かなり感覚に偏ったプレイをしている。
理論ではなく、遊びから入った人間。
(彼女に似ているな)
それは百合花が日本で、唯一負けた相手である。
色々と百合花に不利な条件が揃ったが、普段はそういうものがあっても、圧倒的な技術とフィジカルで勝ってしまうのが百合花なのである。
小鳥はプロアマ戦でも、自分で打ってみせるのは上手い。
ただ理論を正確に説明するのは、村雨の方がよほど理解していた。
「村雨さん、教えるの本当に上手いね」
そんな小鳥の方も、人柄で好かれている。
ルイや恵里がライバル心を持ちながらも、練習ラウンドを一緒に回るのは、そういうところがあるからかもしれない。
百合花にしても女王ではなく、小鳥を選んだ理由を言っていない。
ただ村雨もなんとなくは感じる。
先週の試合は見ていたが、小鳥は主人公体質なのだ。
アルバトロスからのイーグル連発で、初優勝というのはマンガの世界だ。
彼女の公式戦記録などを見ていると、勝負どころでイーグルを取って勝っている試合が多い。
そういう意味ではむしろ、先週のバックナインを評価している村雨だ。
上がりの3ホール全てで、バーディを取っていた。
あの集中力が、むしろ本当の実力に近い。
アルバトロスは確かに運である。
だが潜在能力が達していなければ、絶対に届かないスコアでもあるのだ。
四菱レディスと加藤茶レディスの二試合で、小鳥のスコアに共通すること。
それは最終日を11アンダーで回っていることだ。
最終日は駆け引きが多いため、最終組などはむしろ膠着することが多い。
ところが小鳥は最終組で、しかも1位と2位の選手と僅差だったのに、これだけスコアを伸ばした。
一応日本記録では、まだこれよりすごいスコアはある。
だが最終日の爆発力は、百合花にもないものだ。
おそらくはゾーンに入った時、この潜在能力が発揮される。
ただそれを上手くコントロールすることが出来ていない。
百合花などはそのあたり、1ラウンド8アンダーぐらいまでなら狙って出せる。
それを上回る爆発力を見たからこそ、自分の計画に組み入れたのか。
(だがまあ、まだまだ不足しているものが多いな)
つまりまだまだ、伸び代も多いというわけだ。
久しぶりにしっかりとキャディの仕事をしながら、澄花は常連さんと話などをする。
「うちらの小鳥ちゃんが、あそこまで活躍するとはねえ」
そう言いながらも、ありがたい話だなと思っている。
「オフにはメーカーからのスポンサードが、どんどんやってくるんじゃないかい」
「そうですねえ」
小鳥もしっかりとクラブなどに加え、ギア全般はスポンサーを持っているのだ。
ただしほとんどは、現物支給というものである。
遠征やプレイフィなどは、地元のゴルフ好き社長連中が出してくれていた。
おらが村のスター、という感じであったのだ。
今までに10人もいなかった、アマチュアによるプロツアー優勝。
そして2位を二回ほどやって、やっと転向後初勝利。
ただ最初のシードがある期間に、翌年のシードを手にした。
これは充分すぎるほど早い、エリート的な過程である。
そう思わせないのは、本人の人柄であろう。
天才かもしれないが、エリートではない。
前半のホールを回って、さてもう小鳥の一日目は終わったかな、と中継を見てみる。
「ありゃま」
「まあ小鳥ちゃんは、これからこれから」
18位タイでフィニッシュしていて、まだ終わっていない選手が多そうだ。
まあ予選さえ通過すれば、小鳥は爆発が期待できるのだが。
この日は澄花も電話で話したが、状況は分かった。
ラフに入れてしまってダボ、というのが二回もあったのだ。
ラフからの脱出が得意の小鳥だが、その調整が上手くいかなかった。
それでも3アンダーなのだから、そこさえパーキープ出来ていれば、トップであったはずなのだ。
一日目なのだから、まだまだこれからとは言える。
しかし一日目でそんな出入りの多いゴルフをしていれば、メンタルのスタミナを多く使ってしまうのでは、とも思える。
続いて二日目は、なんとかイーブンパーというゴルフになった。
最終的には29位タイで予選は通過。
これであと残りは二日。
大爆発をするにも、一日まだ我慢する必要があるのではないか。
そう思っていたら三日目には、40位タイとほぼ最下位まで落ちてしまっていた。
これはさすがに無理だな、と思っていた四日目。
最下位に近い小鳥は、インスタートをしていた。
さすがに上位争いはないだろうな、と思っていたら最終日、10アンダーの大爆発をしていた。
それでも優勝には届かなかったが、5位タイの15アンダーで終了。
しっかり450万円を稼いできたのである。
ここで相談しないといけない。
『大丈夫、村雨さん、百合花ちゃんは最終戦出ないから、このままキャディしてくれるって』
「あれ? 最終戦なのに?」
『受験までもう、時間がないから』
「受験……」
遠い目をする澄花である。
日本タイトルに世界タイトルも取っているのだから、いくらでも特待生で入れそうなものであるが。
このあたり家の教育方針であるらしいが、ゴルフがなくても生きていけるという力を付けないなら、ゴルフに専念させるわけにはいかない、というものらしい。
不思議なことを言われた気もしたが、スポーツ選手などは駄目でも大丈夫、というメンタルでいた方が成績を残せるという考えらしい。
「そうは言ってもあの子、実家は大金持ちでしょ?」
『親は教育に金をかけても、贅沢はあまりさせないタイプらしいよ』
そうは言ってもゴルフは、金のかかるスポーツなのは間違いない。
正規のコースでやらないのなら、意外と安く始められる。
昔のクラブなどは性能の進化で、けっこう捨てられていることがあるからだ。
あとは田舎であれば、休耕地で始めてしまえばいい。
百合花などはこのパターンだ。
河川敷のコースなどは、それなりに値段がかかる。
また練習場にしても、設備によってそこそこのものとなる。
本気でやるなら消耗品になるのがグローブ。
ボールだってなんなら拾ってくればいい。
グローブを使わないという選手もいるが、基本的にグリップが全く違ってくる。
百合花にしても今ではちゃんと、ギア(※3)には金をかけている。
余裕を持つからこそ、チャレンジしていける。
他に選択肢がないからこそ、ハングリー精神が持てる。
どちらもそれなりの説得力があるかもしれない。
ただ他にも選択があるのに、あえてそれを選んだという人間が、一番強いのかもしれない。
他に選択肢がないというのは、意外と気づかないうちに、他の選択肢を排除してしまっただけであったりする。
ともあれ小鳥のキャディは、村雨に続けてやってもらうこととなった。
宮崎シーサードGCは、小鳥の得意とするタイプのコースではない。
海に面したリンクスであるが、本場のスコットランドのリンクスと比べれば、ずっと安心なコースである。
ただここで海風に慣れるのだ。
村雨はティーチングプロも兼ねているため、小鳥の欠点についても理解している。
「メンタルはよく言われるんですけど」
「メンタルの強さには色々なものがあるから、それはちょっと違うだろう」
天真爛漫と言うよりは、空気を読まないところが小鳥にはある。
そこが逆に強さになってもいるのだが。
小鳥のこれまでの成績を調べてみれば、分かることなのだ。
関東圏から東北以北のコースでは強く、関西から西、特に四国や九州での試合は弱い。
一番悪かったのは沖縄での開催で、完全に予選落ちしている。
「気候とかが関係しているわけですか?」
「そうだ。それによって芝も変化している」
この一週間の関係で、二人はそれなりに親密になっている。
それが話し合いにも表れていた。
ラフに強い小鳥だが、沖縄は芝の種類が違う。
ただ同じく芝の違う北海道では、それなりの成績が出ている。
「今回の愛媛での試合で結果が出たのは?」
「単純に他のコースや芝に慣れてきたからかな」
なるほど、と頷けるところがある。
百合花と玲奈と競ったのは埼玉、優勝したのは千葉、どちらも同じ関東である。
今年は開幕から五戦予選落ちし、埼玉での試合でようやく10位以内に入った。
もっとも関東での試合でも、予選落ちしているところはある。
北海道での試合に強いというのは、洋芝を使っているからで、それが上手く合っているからだろう。
今回の試合が行われれる宮崎シーサイドGCは、海からの風を意識する必要がある。
季節的にも風は、真夏よりも吹きやすい。
ただ松林によってある程度、地表付近は風が弱まる。
風を読むことが、優勝のためには必要なことだ。
小鳥はホームのコースであれば、百合花を上回る力を持っている。
そしてこの宮崎のメジャーも、前年に一度経験している。
ただほぼドベという、悲惨な結果ではあったが。
「君のお母さんは優秀なキャディだが、さすがに条件が違いすぎる」
一方の村雨は、彼個人も優秀なキャディだが、バックアップ体制が違う。
「情報の分析は任せてくれていい。それに今年は、優勝候補ナンバーワンも出場してこないからな」
「玲奈さんが?」
その小鳥の問いに、村雨は首を振る。
「彼女は賞金女王だが、条件によってはそれを上回る選手はいる」
なんだかはぐらかすような言い方であるが、小鳥としては百合花のことなのだろうな、と自分で納得していた。
ちなみに小鳥と澄花が村雨にキャディを任せた最後の理由は、キャディフィ(※4)をスポンサーが払ってくれるから、というものであった。
お金がかかることに関しては、かなり現実的な親子である。
×××
解説
1 ティーチングプロ
以前にも説明したが詳しく。レッスン専門のプロだが、実は金を取ってレッスンをするだけなら、別に資格などは要らない。
ただしティーチングプロの資格というものは存在し、それを持っていれば当然、レッスンプロとしての信用度は増す。
ツアープロの方が格上と思われることが多いが、実際にはタイガーやニクラスにもティーチングプロがいた。
2 リンクス
海沿いに存在し、自然の地形を利用した難易度の高いコースのこと。ゴルフ発祥の地と言われるスコットランドでは、ゴルフコースのことをそのままリンクスという。
なお全英オープンの行われるコースは、全てリンクスである。
実際に映像を見たら分かるが、色々な意味でひどいコースが多い。
3 ギア
ゴルフには当然クラブやボールが必要だが、そういった道具一式、またシューズやグローブなども含めてギアとまとめて言ったりする。
なおクラブでボールを打った時のギア効果とは関係ない。
ギア効果についてはいずれ説明するかもしれない。
4 キャディフィ
一般的なコースでは、キャディに払うチップのようなもので定額になっていることが多い。ただ海外ではコースキャディでもキャディフィが違ったりする。
プロの場合はキャディの帯同費用もプロが払い、最低金額にプラスして予選通過、トップ10入り、優勝などでボーナスを渡すのが一般的。
金額は予選突破で賞金の5%、トップ10入りで7%、優勝で10%などとも言われるが、それは契約次第である。
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