第8話 プロアマ戦
練習ラウンドの夜には前夜祭が行われ、パーティーが開かれる。
普段はスポーティな格好の女子ゴルファーたちも、この日には着飾って参加していくのである。
スポンサー企業の役員もいるため、下手な格好をするわけにもいかない。
小鳥も似合わないドレスを一着仕立てたが、高校生の間は学生服であった。
学生服は立派な礼服であることを、知らない人は意外に多い。
ちなみに女子ゴルファーはプロテストに合格してからの講習で、メイクなども教えられたりする。
あとはマナーなども叩き込まれるのが、意外と言えば意外であろうか。
小鳥もプロテスト合格者ではないが、この講習は受けている。
一応は同期とも呼べるのは、この時の22人である。
まだレギュラーツアーに出ているのは小鳥の他に二人しかいないが、既に二人もいると言うべきであろう。
「小鳥もやっとちゃんとスポンサー付いたんやな」
そのうちの一人が、日本のゴルフ発祥の地でもある、兵庫出身の犬養
比較的小柄ながら、正確さを武器とするゴルファーである。
「小鳥ちゃんも安定感がなかったからね」
もう一人が神奈川出身の原口恵里。
こちらは長身からハイボールを打つことを得意としている。
ルイは同じ年で、恵里は一歳年上。
今年の中盤からレギュラーツアーに参加してきて、二人とも来年のシードを確定させている。
ゴルファーは日本全国の試合に出るため、日本全国から集まってくる。
ある程度は自然と、連帯してくるものなのだ。
なお二人も先日の試合は、10位以内に入っていた。
この三人と、イチカは一緒にいる。
彼女は制服だが、他にも制服でここにいる人間はいる。
主催者招待などで参加している、ジュニアの選手たち。
数年後には彼女たちが、プロとなってツアーをリードして行くのだ。
もっとも今のアマチュアには、白石百合花という存在がいる。
アマチュアでありながらプロのツアーで優勝した最年少記録保持者。
またアマチュアトップの大会をいくつも、連勝している選手だ。
「まあバケモンも今回はええへんし、イチカはローアマ(※1)狙っていき」
「そうですね、けれど毎回トップ10に入っているようなアマもいますから」
彼女は主催者権限で、ジュニアアマから出場している。
他にも大学生などで、出場しているアマもいるのだ。
「けどなんで今回、バケモンは出てへんの?」
「百合花ちゃん、受験生だから……」
「受験……」
ここにいるプロは、受験免除者が一人と一発合格が二人。
それでも思い浮かべる受験の辛さは、プロテストである。
プロテストは三次試験まであるが、この二人はナショナルチームにもなっていたため、最終プロテストからの受験となっていた。
四日間72ホールにおいて戦われたプロテスト。
20位タイまでの22人が、プロに合格した。
もっともルイも恵里も、ジュニア時代からのお互いに顔見知り。
海外試合も経験しているだけに、国内引きこもりの小鳥とは、ちょっと感覚が違ったりする。
ゴルフの世界もトップクラスは、メンバーが固定されている。
なので人間関係は、上手く構築していかなければいけない。
「楽しんでいるかい?」
豪勢な食事をたらふく食べている若手に、小鳥のスポンサーが声をかける。
会長、代表、オーナー、理事などと呼ばれ方は様々だが、一番多いのは先生であるのだ。
「ご馳走おいしいです」
五時間にもなるラウンドでは、しっかりと食べておくスタミナは重要なことなのだ。
「こちら仲良くしてる犬養涙ちゃんと原口恵里ちゃんです。こちらSSフォールディングの会長の佐藤さん」
「確かナショナルチームの選手だったね」
イチカも現在のナショナルチームの一員であるが、一緒になったことはない。
二人がアマチュアだった頃とは、時期が被っていないからだ。
「今回もありがとうございます」
小鳥とイチカからすればスポンサーなので、本来はこちらから挨拶に行くべきであった。
だがものすごく取り巻く人々がいたので近寄れなかった。
それでも機会を伺っていたら、向こうから来てくれたというわけだ。
偉いのに腰の軽い人だ、と思う。
だがそういった態度を取っていても、全く侮られる気配がない。
実るほどに頭を垂れる、という諺がある。
自分に自信があるからこそ、謙遜をしても格が落ちない。
やっぱり色々と偉業をなしている人は、根本的に人間として強い。
「明日のプロアマ戦も、よろしく頼むよ」
まだ若年の小鳥に、プロアマ戦が回ってくるのは、正直珍しい。
それだけ注目度が上がっているのだ。
スポンサーを必要とする個人競技では、こういったパーティーで人脈を広げることが重要だ。
スポンサーがいれば金銭的な援助が得られるし、コーチなどの経費も出してもらえたりする。
実力社会ではあるが、実力だけで成立する社会でもない。
その点ではサービス業でもあるのだ。
「私なんかでいいんでしょうか?」
「おっさんは若い子を応援するのが好きだからね」
そういう彼自身は、透徹した目で小鳥を見据えているのであった。
スポンサー関係者に地元の名士などを招いて行われるプロアマ戦。
小鳥が同じ組になったのは、地元の企業役員や、政治家といったところだ。
「今回は百合花ちゃんもいないし、遠慮なく応援するよ」
「ここにいるんですけど」
受験勉強の息抜きに、一日だけ参加している百合花である。
だが本音としては、小鳥に対するアドバイスを、しっかりとするのが目的だ。
単純なコースの説明だけならば、ヤーデージブック(※2)や攻略ノート、そしてキャディの話を聞けばいい。
しかし実際にプレイする人間でなくては、分からないポイントというものがある。
また小鳥の場合はその思考法や、勝利への執着というのが、どうにも不足している。
それがかえってノンプレッシャーになっていることもあるのだろうが。
「小鳥遊プロはもっと貪欲になるべきなんです」
プロが二人もいると無駄なショットが少なく、コースが進むのは早くなる。
そのため前の組を待つ間に、話す時間が出来てくるのだ。
「今のままではせっかくのパワーや技術も、宝の持ち腐れですよ」
「そう言われても……」
プロのギラギラした世界は、確かに小鳥とは無縁の気配なのだ。
ゴルフは楽しいスポーツだ、と祖父からずっと教わってきた。
下手でも女でも、ゆったりと楽しめるスポーツ。
ただ日本でのゴルフ人気は、確実に頭打ちになっている。
それこそ百合花が圧倒的な話題になって、女子の方はまた盛り上がっているが。
ゴルフ場もバブルの数年後から、減り始めている。
今ではもう、新しくコースが作られることもない。
男子ゴルフは海外志向が強くなり、女子ゴルフもゴタゴタしていた時期があった。
そんな中で百合花は、明らかに何かを狙っている。
「ひょっとして、年間グランドスラム(※3)とか狙ってる?」
「キャリアはともかく年間グランドスラムなんて、出来るものじゃないでしょ」
キャリアでは狙っているらしい。
「私は、もっと重要なことを考えてる」
海外メジャーに勝った日本女子ゴルファーなど、片手で数えられる程度だ。
「メジャーに勝つ選手なんて、毎年出てるから」
「いや、それは確かにそうだけど」
大会があるのだから、優勝者が出るのは当たり前だ。
百合花はその中で圧倒的な存在、日本なら賞金女王やメジャー独占でも狙っているのか、と小鳥は思ったのだが。
違う。
「ゴルフは比較的世界中で知られている競技だけど、日本のゴルフ市場はどんどん縮小しているし、競技人口も減っている」
コースを歩きながら、彼女は説明する。
「日本は20世紀には1000万いたゴルフ人口が、今では半分」
それは確かにそうなのだが。
「スポーツの中でも敷居が高いし、このままなら日本では、お年寄りだけのスポーツになりかねない」
これは小鳥も分かってしまう。
ホームのコースでプレイするのは、ジュニアの専門的な選手を除けば、かなり高齢になりつつある。
20代や30代の若手、あるいは女性が入ってくることが、あまりないなとは思える。
もっともホームでは小鳥が優勝したことで、その所属コースとして少しお客さんや会員は増えたのだが。
地元の中小企業の社長も、応援してくれているところはある。
「ゴルフ人気自体を高める?」
「そう。そのために必要なのは、圧倒的なスター」
百合花が色々な大会で優勝しているのを見て、凄いなあとは小鳥も思っていた。
自分が競技ゴルフをするという選択には、なかなかならなかったが。
「そしてスターに対するライバル」
「……そういうのは玲奈さんとか、そういう人に頼んだ方が」
「あの人じゃ無理」
傲岸不遜に百合花は断言した。
女王と呼ばれ、複数回の賞金女王に、20代半ばの若さで戴冠している。
だがそれでも、百合花の注文に及ばないらしい。
「私はもっと弱いよ?」
「パワーと技術は強い。思考が最適化されてないだけ」
なんだかとても失礼なことを言われている気がする。
「小鳥遊プロはあの試合、無理をせず的確に判断すれば、20アンダーぐらいまで伸ばして優勝してた」
「いや、無茶な攻め方もしてたら、そういうように見えるかもしれないけど」
「三日間の試合で、バーディとイーグルの数だけを計算していたら、圧倒的な一位になってた」
実はそうなのである。
ゴルフはディフェンス主体のスポーツだ。
どのコースでも取れるのはバーディ、運があってイーグルといったところ。
それに対してミスをすれば、三つも四つも多く叩いてしまうことが、プロでもままある。
つまり得点しにくく、ものすごく失点しやすいスポーツ。
だからこそディフェンスを重要と考えて、ジュニアなども指導を受ける。
だが小鳥の場合は、競技ではなく遊びとして、ゴルフを覚えた。
すると他のアマチュアやプロがしないような、とんでもない攻略をしてくる。
そういうヒーローショットは、本来はアマチュアの段階で、しっかりと矯正されるのが今のゴルフなのだ。
そしてこの理屈は、間違っているというわけではない。
「でもそれじゃ面白くない」
百合花は無茶を言っている。
「素人が見ても分かる、とんでもないショットを見せなければ、ゴルフの魅力が伝わることはない」
お利口さん過ぎるゴルフは、見ていてつまらないのである。
お偉いさん二人は、プロとアマ、二つのトップレベルの技術を見ている。
アマチュアのオッサンゴルファーが、夢を見て失敗するようなショットを、二人は軽々とやってのけているのだ。
小鳥は無茶そうな攻めをして、確かにラフやバンカーに突っ込む。
だがそこから簡単に出してしまう。
さすがにOB(※4)やウォーターハザード(※5)はどうにもならないが、普通は諦めるような深いラフや、目玉になったバンカーからも、パーは取ってくるのである。
百合花はOBなどにはならない。
そのためボギーを叩かない。
小鳥はボギーを叩くが、その分バーディやイーグルも多い。
二人の持っている技術の方向性は、同じようなものである。
だがコースと自分の技術の見極めが、百合花の方が優れているのだ。
「キャディをしてくれているお母さんの通りに打てば、優勝出来ると思いますよ」
頭脳担当を澄花にしてもらい、小鳥はそのショットを打つ。
今の小鳥の実力なら、その方がスコアはよくなるだろう、と百合花は言っているのだ。
プロに対してひどい侮辱かもしれないが、小鳥としては反論も出来ない。
澄花にキャディをしてもらった時とそれ以外で、予選通過率は明確に違うのだから。
小鳥の飛距離は女子なら世界でもトップレベル。
また持っている技術も、間違いなく女王に匹敵する。
だが不足しているのは経験値と、そこから導かれる判断力である。
実際に試合をするコースを回りながら、百合花はそれを教えているのだ。
澄花としては小鳥の持っている技術が、自分の予想を超えていたりする。
小鳥は自分の力量を、正確には把握していない。
だが澄花も小鳥の実力を、正確に分かってはいなかったのではないか。
普段はキャディとして、コースの客についているのだ。
どれぐらいの練習を小鳥がしているのか、そこまで見ている暇はない。
このコースを教わりながら、小鳥も澄花も知識と経験を吸収する。
そこまでの便宜を、百合花は図っているわけだ。
プロアマ戦を利用して、攻略を具体的に教える。
もっともゴルフのコースは、一日として同じものはないのだが。
10回は回るほどの経験値を、小鳥は一度で積んだのであった。
×××
解説
1 ローアマ
プロのツアーにはアマチュアも招待選手などとして出場している。そのアマチュアの中で一番の成績であった選手がローアマと呼ばれる。プロを除けば一番いい成績であった、という称号のようなものである。
2 ヤーデージブック
ゴルフ場で無料で配布されているコースガイドブック。ただしプロはそれにさらに、自分の必要な情報を書き込んで加えていく。コースごとにその詳細は違っていて、基本的にこれを見ながら選手は試合を行う。
3 年間グランドスラム
メジャー大会全てを制覇すること。年間というのは一年の間にその全てを制覇することだが、女子のメジャー大会はけっこう変わっているので、ちょっと基準が曖昧である。男子も試合が変わっているが、年間グランドスラムを唯一達成していると言えるのはボビー・ジョーンズだけである。当時の四大大会を制した彼は生涯アマチュアで弁護士が本業であった。四大大会を連続で全て制したという意味ならタイガー・ウッズが一度達成している。
4 OB
ボールがコース外に出るアウト・オブ・バウンズの略。コース外に出たボールは1打ペナルティを払って直前のショットを行った所からやり直す。なおローカルルールで2打ペナルティの場合もあったりする。
5 ウォーターハザード
コース内に設置された池や川、海、湖、水路などの障害物。赤杭や黄色杭で境目が示されており、ボールがウォーターハザードに入るとペナルティが発生する。なお現在ではこういったものも全てペナルティエリアという名称で統一されている。
赤杭で池の中に入っても、打てるようならペナルティなしでそのまま打ってしまうことも出来るが、ほとんどマンガの中ぐらいでしかそれはしない。
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