第12話 錯乱
ビーストたちの不意打ちによりルーク・ホーキン隊長を喪ったフリーディア隊員たちは混乱のただ中にいた。指揮系統は崩壊し、誰に指示を仰げばいいのか? 体制を立て直す暇もなく、形勢は不利を強いられていた。
「
それはオリヴァー・カイエスも同じ。自分の身を守るように
「くっ、厄介な攻撃を!!」
縦横無尽に行き来し暴れ回るオリヴァーの
「クッソ、数が多すぎる!?」
ルーク・ホーキン含めすでに三名のフリーディア隊員が絶命した。呆気なく死んでいく仲間に初実戦のオリヴァーが動揺しないわけはない。
「何が異種族だよ! あんなの――どこからどう見ても
そう、ユーリと同じようにオリヴァー・カイエスもまた、ビーストの身姿に動揺を露わにしていたのだ。
「サラ、俺が援護するからお前は奴を!」
「分かった!」
オリヴァーの視界に映る三人のビーストの内、サラと呼ばれた淡い栗色の長髪の少女が一歩前へ出る。年齢は恐らくオリヴァーと一、二歳ほど年上だろうか?
そんな年端もいかぬ少女が、目の色を変えてオリヴァーへ迫っていく。
「や、やめろ……。来るな! 来るんじゃない!!」
恐怖と焦りにより、一心不乱に
「オリヴァー・カイエス! 正気に戻――ぐぎゃぁぁーーー!!!!」「貴様どこへ向けて――がぁッ!?」
友軍が放つ仲裁の言葉も、無慈悲な死によって掻き消される。オリヴァーの視界にはサラと呼ばれたビーストの少女しか映っていない。ゆえに仲間の邪魔になっている事実に彼は気付かない。
「クソッ、何で当たらないんだ!!」
冷静さを欠いたオリヴァーの攻撃は当然サラたちには当たらない。それがますます彼を追い詰める結果となる。
「そんな腰の引けた状態で、戦場に出てくるなんて! ここは君のような子供が来る所じゃない!」
「くっそぉぉぉッ」
サラはオリヴァーが素人だと気付いたのか、敵であるにも関わらず気遣う余裕を見せる。それがオリヴァーの神経を逆撫でし、ムキになってサラを追撃し続けるも、冷静さを欠いた攻撃など当たるはずもない。
これが意思のない本能だけで動く化け物なら話は別だが、だが今回ばかりは相手が悪すぎた。
「ビーストッ、僕とここまで相性が悪いなんて」
ビースト。先ほどから彼らは魔法を使用せず、自らの身体能力のみでオリヴァーと交戦を繰り広げている。
「でも、だからといって僕が負けることは許されない!! 僕が死んだら、誰がカイエス家を守れる! 誰がお祖父様の跡を継ぐ! 僕はこんなところで絶対に――」
彼の脳裏に浮かぶ病で床に伏せる祖父の顔。
現カイエス家の当主であり、オリヴァーの唯一といってもいい家族であり、また憧れの人である。病に伏せてしまった影響でカイエス家は誰が家督を引き継ぐかで揉めている。
このままではカイエス家は崩壊する。だからこそオリヴァーは、フリーディア統合連盟軍に入り戦果を上げてカイエス家の当主に選ばれる必要がある。
祖父が築き上げてきたものを守るために。
「――落ち着け馬鹿野郎!!」
そんなオリヴァーの走馬灯のように脳裏に浮かぶ光景をあらぬ方向から現れた怒号と頬に走る衝撃が強引に断ち切った。
「ぐあっ」
一体何が起きたのか。頬を抑え倒れるオリヴァーは唇を切ったのか口端から僅かに血が垂れる。
「仲間割れ!?」
何が起きたのか理解できず、サラも味方がオリヴァーを殴り倒したことに動揺して、大きく距離を取った。罠かもしれないと、突如乱入してきたフリーディアを警戒する。
「ぐっ、どういう――」
痛みよりも驚きの方が強いのか、呆然とオリヴァーの前に立つ人影に瞳を向ける。
「どういうつもりだ! ダニエル・ゴーン、貴様ぁ」
オリヴァーは先ほどの頬を殴ったのが同じ部隊であるダニエル・ゴーンだと悟ると怒りを隠そうともせず吠える。
「下民風情が誰に手を上げているのか分かっているのか! それに今は戦闘中だぞ!? 一体何を血迷ってこんなことを」
「――黙れ。血迷ってんのはお前さんだろ」
尚も言い募るオリヴァーに対し、ダニエルの声が冷たく響く。
普段の彼らしくない怒気を放つダニエルに、オリヴァーは驚愕に目を見開く。
(血迷っている……僕が?)
分からない。この男が何を言っているのか。何故こんなにも怒っているのか。
「お前さん、なりふり構わず
そのせいで何人死んだと思ってやがる!!」
「死……僕のせいで、僕が……そんな」
ダニエルに胸ぐらを掴まれたオリヴァーは呆然と力無くされるがままとなり空虚に呟く。
今この時もダニエルは自身の
冷静さを欠かさず、あのビーストの動きを牽制し続けるダニエルの実力に驚愕しつつ、視線の先で血塗れで倒れ伏しているフリーディア隊員の姿に目がいく。
一人、二人、三人……。どれも見覚えのある顔。ルーク・ホーキン隊長と共に行動していた彼らとは殆ど交流は無かったが、顔見知りが死んだという現実にオリヴァーの内に絶望が広がった。
それが自身のせいとなれば尚のことだろう。
「ダニエル・ゴーン……僕は、僕はどうやって償えばいい……? 家のことばかり考えて同胞を死へ追いやった僕は……」
自責の念に駆られたオリヴァーは下民だと嘲っていたダニエルに縋ってしまうほど心が弱っていた。
「俺に聞かれても分かるわけがねぇ。けどおそらく今のお前さんの気持ちを分かってやれるのは俺だけだ。
昔、俺も同じヘマをしたからな」
「貴様も……?」
「今は話してる時間はねぇ。それよりどうする? このまま戦い続けても勝ち目はないどころか下手したら全滅だ」
ビーストたちの執拗な攻撃を鉄壁の防御でダニエルは防ぎ続けているが、限界はもうすぐそこまで来ていた。
ダニエルの魔力と体力が減り続ける中、オリヴァーは今自分にできることを必死に考える。
「……撤退しよう」
「あ? 撤退ってお前さん……」
「僕たちの任務は何だ? ビーストと戦って死ぬことか? 違うだろ! トリオン基地へ帰還し、回収した魔石を引き渡す。そしてビースト襲撃の件をアーキマン司令に報告することだ!!」
先ほどまでとは違い生気が戻った瞳でダニエルを睨み返すオリヴァー。その瞳に迷いは無い。
オリヴァーの答えに満足したのかダニエルは口角を上げる。
「だな」
「ダニエル、すまないがもう少しだけ無茶をしてもらうぞ。車の元まで戻り、速やかにユーリとアリカを回収し帰還する」
「やれやれ、人使いの荒いやつだよ」
「僕は生きて償わなければならないからな。そのために必ず任務を成功させる。彼らの勇姿を伝えるために。貴様の防御力だけが頼りだ、頼んだぞダニエル」
「あぁ。任せな、オリヴァー!」
互いに拳を突き出し合わせるオリヴァー・カイエスとダニエル・ゴーン。
しかし次の瞬間、ダニエルが遠隔操作していた
「
「「なっ!?」」
覚悟を決めた二人は装甲車の元へ駆け出そうとするも、サラのあまりの速度に反応が一瞬遅れてしまう。演習ならいざ知らず、実戦においては僅かな隙が命取りとなる。
「ナギだけに負担はかけさせない。これまで犠牲になった全ての
完全に優勢であるにも関わらず、どこか切羽詰まったような様子のサラを見たオリヴァーは、命の危険が迫っていることも忘れてしまった。
「僕は……」
自分は何と戦っているのか? 辛そうな彼女を殺すことが本当に正しいのか? 何もかもが分からなくなり。
「――強敵ッ!? ナギ!!」
瞬間何かを感じ取ったのか、サラが攻撃の手を止め、硬直するオリヴァーとダニエルを無視して、明後日の方向へ駆け出した。
「ごめん皆、後は任せた!!」
そう言って立ち去ったサラだが、安心するのはまだ早い。まだビーストの脅威は残ったまま。彼女が立ち去った理由も何となく察しがついた。
彼方より響く轟音が微かに耳に届いた。恐らくナギと呼ばれたビーストと友軍の誰かが激しい戦闘を行っているのだろう。人間よりも優れた感覚器官でサラは苦戦していると知り、仲間の援護に向かった。
ナギという人物の相手は恐らくアリカ・リーズシュタットだろう。彼女程の実力の持ち主であれば、早々死ぬことはない。恐らくユーリもそこに……。
(ユーリ、ついでにアリカ・リーズシュタット、どうか無事でいてくれ! 僕が必ず助ける!!!)
オリヴァーは即座にダニエルとアイコンタクトを交わし、迫り来るビーストの猛攻を凌ぎながら装甲車のもとへと走って行った。
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