第11話 獣人族
いったい何が起こったのか、ユーリ・クロイスは何一つとして理解できなかった。
彼が見た光景は合流時刻より遅れてきた別働隊のフリーディア兵士がルーク・ホーキン隊長を何らかの凶器を使って殺したということ。
(殺された……つまり死んだということ。死んだ? ホーキン隊長が?)
先ほどまで煩いくらいに叫んでいたルーク・ホーキン隊長が、音一つ立てることなく倒れ伏している。
見知った人の死。友軍である筈のフリーディア隊員が何の躊躇いもなく殺した。
(何で、どうして……)
あまりにも現実離れした光景に思考が追いつかない。
「よくも……よくも
ルーク・ホーキンを殺したフリーディア隊員の少女の怨嗟の叫びが轟く。
野獣の咆哮にも似たそれは、仲間たちを鼓舞するのに充分だったのか、それぞれ雄叫びを上げながら一斉に走り出した。
その様はまるで獲物を狩りとらんとする獣の群れだ。ボロ頭巾で顔を覆ったフリーディア隊員服を纏った彼らが同じ
(同じ
気の所為か、目の錯覚か? ユーリにはルーク・ホーキンを殺した少女の爪が異様に伸びていたように映った。それにあの怨恨に満ちた咆哮。自らをビーストの誇りにかけてと口にしたこと。
何故別働隊が合流時刻を過ぎても現れなかったのか。
何故現れた全員が頭巾で顔を覆っているのか。
バラバラに散らばったパズルのピースが徐々に組み上がっていく。
「
ユーリが思考の波に流される中、真っ先に対応したのはアリカ・リーズシュタットだった。
「
刹那――
キィンッと不快な金属音が鳴り響き火花が散る。
それはアリカの持つ
「ユーリ! 何をボサッとしてるの!! こいつらは異種族よ、早く逃げなさい!!」
――異種族。
その言葉にユーリはハッと我に帰る。
「アリカ、助けてくれたのか」
アリカだけじゃない。ユーリの周囲ではすでに戦闘は始まっており、他のフリーディア隊員たちが異種族と交戦していた。
「くっ! こいつら、こっちの車両を奪って
ブォンッと勢いよく振り下ろされたアリカの刀による風圧で、敵のボロ頭巾が消し飛ぶ。
「「な!?」」
露わになった敵の素顔を見てユーリとアリカは驚愕の表情を浮かべる。
ユーリたちと変わらぬ容姿。端整な顔立ちの男だ。年は十代後半か? 一見すれば普通の
それは、頭頂部に生えた二つの獣の耳だ。
「ビーストッ!!」
その正体をユーリは即座に悟り叫ぶ。
「フリーディア!!」
そしてアリカと男ビーストが戦闘を繰り広げる中、別方向から聞き覚えのある少女の声が届く。
「この声……」
そうだ、アイツだ。間違いない。アイツがルーク・ホーキンを殺したビースト。
「お前、よくもホーキン隊長を殺したなッ!!」
その声を聞いた瞬間、ユーリの頭に血が上り目の前が真っ赤に染まっていた。
「ユーリ!? 待ちなさい!! アンタじゃアイツには――」
アリカの制止の声など気にならない。気が付けば、ビーストの少女の元へ向け駆け出していた。
「
自身の
「遅い!!」
「なっ」
しかし、その一撃はビーストの少女に届くことなく虚しく空を切る。
ユーリの攻撃を難なく回避したビーストの少女は、すぐさまバックステップを踏み距離を取ると、鬱陶しそうに隊服を脱ぎ捨てる。
ビースト特有の民族装束を着た白桃色の髪をした少女は、その鋭い鉤爪のような魔爪をユーリへ向け突き出した。
まさに野生のごとく俊敏な動き。その動きは洗練されており一切の無駄がない。
(速い!?)
回避行動が間に合わず、ユーリは咄嗟に腕を掲げ防御姿勢を取る。
ギィンと甲高い音が鳴り響くと同時に腕に衝撃が走り、思わず顔を顰めた。
(クッソ、何てバカ力だよ)
模擬戦で戦ったアリカに負けず劣らずの怪力だ。いや、ひょっとするとそれ以上かもしれない。それも
ユーリはビーストと呼ばれる種族の恐ろしさを改めて実感する。
見た目は華奢な体躯のビーストの少女。年齢はユーリと同い年か、もしかしたら年下にも見える。長い睫毛に切れ長の瞳に小さな鼻と唇。肩にかからないくらいの長さの白桃色の癖ッ毛の髪は、絹糸のように滑らかだ。服装も、林檎を模した二つの髪留めも、獣耳と尻尾がついていることを除けば
「死ねェ!!」
「っ」
まるで猫のような尖った鋭い目だ。そして瞳は憎悪に染まっており、ユーリの背筋に悪寒が走る。
(何て目してるんだよ。こんな視線……今まで向けられたことなんて)
今まで向けられたことのない視線がユーリを貫き、動揺を露わにする。だって、彼女の憎悪の根源は――
「この程度で、私を止められると思うな!!」
ビーストの少女がそう叫んだ直後、束の間保っていた均衡の糸がプツリと途切れた。一瞬にして力の差を覆し、ビーストの少女が腕を振り払っただけでユーリの身体は大きく吹き飛ばされた。
「死ね、フリーディア!!」
地面を転がりながらも体勢を立て直すも既に手遅れだ。眼前には既にビーストの少女の姿が迫っていた。
(やばい、死ぬ)
鋭利な爪を携えた手刀が容赦なく振り下ろされる。それはさながらギロチンのように見え、死という現実を突きつけられた気がした。
"始めまして、
"あなたは、とても家族想いの優しい方なんですのね"
"ユーリ様と過ごす時間は、
走馬灯のようにユーリの脳内には故郷で過ごしてきた幼馴染の少女との思い出が浮かび上がる。
死んだらもう二度とあの人に会えなくなる。もしユーリが死んだら、あの人は悲しんでくれるだろうか?
(……ふざけるな)
胸の内から湧き上がる感情。そう、これは怒りだ。
情けない自分に対する怒り、躊躇いなくルーク・ホーキンを殺したビーストの少女に対する怒り。そしてなにより――
"いいか? 貴様らは、今日初めて戦場に出たばかりの新兵。つまりヒヨッコだ。そして俺に与えられた任務は、一つだけじゃない。お前ぇらの命を守り、無事に帰還することも含められている。仲間を見捨てて逃げるだって? そんなことは俺が一番よく分かってんだ! けど、自分勝手な判断で万が一にも部下を死なせたとあっては、隊長としての示しがつかねぇ。
悔しいか? だったら戦場の空気を目で見て肌で実感しろ、そしてその経験を糧に成長しいつかできるであろう部下を守れ!"
なにより……ルーク・ホーキン隊長が告げた命令を遵守するために、こんなところで無駄死なんかしてられない。
「こんなところで、やられてたまるかぁぁぁぁっ!!!!」
ユーリは雄叫びを上げながら半ば無意識に迫りくるビーストの少女へ向けて、
「
眼前に走る爪撃をものともせず即座に
瞬く間に変化したそれは掌サイズの小型な丸形の武器――手榴弾だった。
「無駄な足掻きを!!」
ビーストの少女が吠える。彼女はユーリの思惑を理解できていない。
僅か一秒に満たない刹那の時間。ユーリにはまるで時が止まったかのような錯覚を覚える。
「……爆ぜろ」
ユーリは躱せないと悟るや、自分もろとも
「くっ!?」
凄まじい衝撃と共に辺り一面に砂埃が立ち込める。
バラバラと小石が舞い散り、派手に爆風に曝された吹き飛ばされたユーリは地面に倒れ伏していた。
「ぐ、……ゴホッゲホッ。ハァハァ、生きてる」
全身傷だらけで服もボロボロだが、ユーリは何とか息があった。
だが自爆行為の代償として右腕は壊死したかのように動かず、派手に焼け焦げていた。命があることの安堵と同時に人生で味わったことのない激痛がユーリを襲う。
(今は我慢だ俺! それよりアイツはどうなった!?)
徐々に視界が晴れていく。何とか身を起こしたユーリはビーストの少女の姿を確認するため辺りを見渡すも視界に映る光景に愕然とした。
「くっ、」
ビーストの少女の着ている服はボロボロになっている、ダメージも負っている。だがユーリに比べ遥かに軽症で、不覚を取ったことに対し悔しそうに顔を歪めている。
「ハァハァ……」「………………」
距離の開いたユーリとビーストの少女の視線が交錯する。それは刹那の間――彼女の頭部にあるビースト特有の獣耳はピンと立ち、尻尾もゆらゆらと揺れている。その愛くるしい見た目とは裏腹に表情からは隠す気のない強い殺意が籠もっている。
「――ナギ、大丈夫か!?」
ナギ――それが彼女の名前なのだろう。仲間の一人が彼女の名を呼び、安否を確認している。
「大丈夫、問題ない! コイツは私の獲物……皆、手出ししないで! コイツは私が殺す!!」
ナギが放つ殺気を浴びるたびに、ユーリの心が軋みを上げる。隊長を殺された怒りと、彼女の苦しみが鬩ぎ合い、感情がぐちゃぐちゃに掻き乱される。
「何でッ……」
「?」
ユーリの表情から何かを感じ取ったのか、ナギはギリリッと歯を食いしばって言う。
「何で、お前は悲しそうな目で私を見るんだよ!!」
ナギが追撃しないのも、ユーリの真意を確かめるためなのだろう。彼女には心がある。想いが伝わる。それが分かってしまったから……。
「不愉快だ! 一方的に
そう言って、再び疾走を開始するナギ。
「待ってくれ! 俺は――ぐぅっ」
身体中の痛みを堪えながらユーリは立ち上がり、ナギが放つ一撃を、無事な左腕に持ち替え
「剣になったり、爆発させたりと厄介な能力を持つ! けど、次はそんな暇は与えない!
私はもう、
ナギはユーリから感じ取った何かを振り払うように咆哮を上げる。
「くぅぅぅッ!!」
「ッ」
ユーリは残る全ての魔力を左腕に注ぎ込み、ナギの魔爪撃を弾き返すも、地を蹴り素早い身のこなしで躱される。
「ぜぇ、ぜぇ……」
ビースト特有の俊敏な動きで再び距離を詰めてくる彼女に対して、魔力切れ寸前のユーリもまた後方へ飛び退くことで距離を取ろうと試みる。
「させるかぁ!!」
そんなユーリの行動などお見通しとばかりに、ナギはさらに一段加速したことで一気に距離が縮まる。
「今度は武器を変化させる隙なんて与えない! ――
まさにフルスロットル。ただでさえ目で追うのがやっとのナギの動きがさらに速くなったのだ。恐らく何かしらの術技を使用したのだろう。
「魔法!?」
しまったと思う暇すらユーリにはない。身体の傷と魔力切れの影響で意識が一瞬白に染まったのだ。
体力気力の限界に今度こそ本当に死を悟った瞬間。
「リーズシュタット流剣術――
「何!?」
ユーリの身体を囲うように、突如として無数の真紅の刃が地面から出現し、ナギの爪撃が弾かれる。
それはまるで刃でできた檻のよう。ユーリ自身何が起きたか分からず呆然としていると。
「まったく。逃げろって言ったのにアンタってば一人で勝手に飛び出すし、挙句の果てには自爆して死にかけるし、敵との力量差を弁えないしで文句を上げたらキリがないんだけど?」
どこか現実離れした光景と見覚えのある真紅の刃……そして非常に聞き覚えのある女性の声にユーリ安堵の吐息をついた。
「助けてもらっておいて言うのも何だけど、もう少し怪我人を労ってほしいんだが……アリカ」
「ふん。そんな気遣い私に求めないで」
――アリカ・リーズシュタット。
口では色々言いながらも、彼女がユーリを助けてくれた事実が嬉しくて仕方無い。
警戒し距離を取るナギへ向け、アリカは
「――さあ、反撃開始よ」
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