第10話 襲撃

 戦争を終わらせる、なんて口先だけの覚悟しかないユーリには何もできない。ビーストと呼ばれる異種族の凄惨な遺体を前にして立ち尽くすだけ。この惨状を目の当たりにして、自分が何をすべきなのか分からなくなっていた。


「おーし、んじゃとっとと運ぶぞぉ! 例のアレ持って来ぉい!」


「了解!」


 何をしようとしているのか? ルーク・ホーキン含めた兵士たちが焼け爛れたビーストの遺体周りに近寄っていく。すると返事をした一人の兵士が、装甲車に装備されていた身の丈程もある巨大な砲身の銃器を取り外し、ルークのもとまで運んでいった。


 あんな大砲のような機械仕掛けの大筒で、一体何をしようというのか? 処理というからには、あの大砲で異種族の遺体を消し飛ばすのだろうか? だとしたら、周囲に被害が……。


 ユーリたちは、動けず見ていることしかできない。兵士の一人が身の丈程の大砲に魔力を注ぎ、予想通りにビーストの遺体へ向け撃ち放った。


「「「「!?」」」」


 だが、想定したような爆発音はなく、巨大な魔力砲が命中した異種族の遺体は蒼い炎に包まれ、燃え盛っていく。


「全く、今は便利な世の中になったよなぁ。に変換するのに、昔はわざわざ遺体を持ち帰ってやってたらしいぜ?」


 四十半ばの中年であるルーク・ホーキンの言葉に、兵士たちは同意を示しつつ、各々作業に取り掛かっていく。


「今は魔力の省エネ、エコの時代。技術はどんどん進歩して、とっくにお前ぇらを追い越してる。何が魔法だ、シンに見捨てられた劣等種だ。人間フリーディア様に歯向かったことを後悔しやがれ、異種族共」


 ルークの言葉に、ユーリたちはただただ呆然とするしかなかった。彼らの目の前で行われているのは、異種族の遺体を処理するという名の下に、その遺体を何かへ書き換える作業だった。


 蒼い炎は遺体を燃やしつつも、灰になることはない。異種族の遺体が徐々に変質していき、光る結晶体へと変化させていた。


「あれは……」


「ま、愚鈍なお前ぇらに特別に教えてやる。俺たちの中にも存在する魔核コアと呼ばれる器官があるのは知ってるな?」


 魔核コア――それはユーリたちが魔力を発動するのにも、魔術武装マギアウェポンを格納しておくのに必要とされる重要な器官。


「当然異種族の中にもある魔核コイツをこの魔術武装マギアウェポンで暴走させるとあら不思議。莫大な魔力エネルギーを持つ結晶体に変換されるってわけだ。この魔力結晶――通称魔石を持ち帰るのが俺たちに課せられた最重要任務ってわけだ」


「ッ」


 魔石を持ち帰ってどうするのか? ユーリは気づきたくなかった事実に気づき、必死に魔石から目を背ける。


「気づいたみてぇだな。そう、魔石には魔力が溜まっていて、エネルギー資源として用いるのにうってつけなのさ。

 俺らが普段使う日用品、軍務に用いる魔術武装マギアウェポンの製造含めて様々な用途で使われている」


 個人の保有する魔力だけでは、今の生活を支えきれない。それを補う為に、魔力を保有する異種族を殺す。加えて彼らが人類フリーディアを脅かしてることは間違いないので、大義名分も成り立つ。


 食うか食われるか。人類フリーディアは、食物連鎖の頂点に立つために非道なことも行う……そういうことか。


 ルーク・ホーキン隊長の話で、戦争を終わらせることは絶対に不可能だと証明された。もし終わらせる時が来るとすれば、それは全ての異種族を駆逐した後に他ならない。


 けれど、駆逐したらしたらで、今度は魔石の問題が浮上する。エネルギー資源の不足は、死活問題だ。そうなったら最後、人類フリーディア同士で争うことになるんじゃ……。


「分かったのなら、ボーッと突っ立ってないで、敵影がないか周囲を警戒するか、他に目ぼしいものがないか辺りの捜索でもしてろ」


 混乱と衝撃が冷めやらぬ中、言われるがままにユーリたちは重い足を動かし始めた。


「捜索って言われても、これ以上何を探せばいいんだよ……」


 辺りを見渡せど、破壊痕以外の痕が見当たらない。それにオリヴァーとダニエルの姿もなくなっていた。残酷な現実を突きつけられて、一人で考え事でもしたいのだろう。


 今ユーリの立つ場所が戦場であることすら抜けてしまっている。かつてこの集落に住んでいたであろうビーストは、どんな生活を送っていたのだろう? ふと、そんな疑問が湧いて出た。


 文明は人類フリーディアに遥かに劣る。木で作られた家々は、今や灰と化している。彼らが何を思い、どんな日々を送っていたのか、その全てがこの戦争によって奪われた。無慈悲に殺された異種族を想うだけで心が痛くなる。


「偽善者。今更後悔して、本当に俺は……」


 こんな想いをするくらいなら、知りたくなかったと思ってしまった。母の言うことをきちんと聞いて、何も考えず、親の敷いたレールの上を走っていれば、残酷な現実など知らずに済んだのに。


「――あまり思い詰めない方がいいわよ。どれだけ悔いたところで、結果は変わらない。

 異種族は敵だと、仕方ないんだって割り切った方が楽よ」


「アリカ……」


 ユーリの後をずっとついて回っていたアリカから、珍しくフォローの言葉が出てくる。彼女なりに気遣ってくれたのだろうが、ユーリにはどうしても納得いかなかった。


「不服そうね。ま、戦争を終わらせる。なんて大言壮語を吐いたんだし仕方ないか。身も心も弱いアンタじゃ、そうやって異種族に同情するのが関の山よね」


 一見、挑発ともとれるアリカの言葉だが、不思議と怒りの気持ちは懐かなかった。彼女の表情を見た瞬間、強がっていると分かってしまったから。


「珍しく饒舌だな。お前もやるせない想いを抱えて、持て余してるんだろ? 俺、アリカがちゃんと優しい奴なんだって知ってホッとした」


 もしもアリカがこの惨状を見て何も思わない人だったら、ユーリは相容れずぶつかっていただろう。


「ムカつく……優しいとか言わないでよ」


 内心を暴かれ、あまつさえ優しいなどと言われるなど予想外だったのか、拗ねたように視線を逸らすアリカ。そんな彼女を見て、少しだけ心が軽くなったような気がした。


 その後も、アリカと二人で崩壊して集落跡を周った。崩れた建物の中には、原型のない家具だけでなく、焼けこげた人形らしき物体も存在し、いよいよとなって異種族かどうか疑わしくなってくる。


「アリカ、異種族も俺たちと同じように心があるのかな?」


 ふと、異種族もユーリたちと同じように怒ったり悲しんだりするのかな? と思い、隣にいるアリカに尋ねてみる。


「知らない。見たことないし」


 それも当然。質問するだけ野暮だったようだ。


「映画なんかを観てると、異種族は皆悍ましさを覚えるような醜い見た目をしてるのにな。人々を襲って、正義のヒーローが駆けつけて異種族をやっつけるとかお決まりの展開ばっかだよ」


「そうね。私も子供の頃は、親に良い子にしないと異種族が食べに来るなんて言われたわ。

 来たらぶった斬ってやろうと思って、布団の中で竹刀を抱えて眠ってたんだけど、結局来なくてガッカリしたのを覚えてる」


「その頃からバイオレンスな少女だったんだな」


 安易に想像できてしまい、改めてアリカの豪胆さを思い知る。ちなみにユーリは怖くて眠れず、母と一緒に寝ていたのだが、恥ずかしいので言葉にはしない。


「アンタは、親に泣きついて一緒の布団に包まってそうよね」


「何で分かるんだよ……」


「毎日ずっと一緒の時間を過ごして、同じ部屋で寝泊まりしてるんだから嫌でも分かるわ」


「そっか。そうだよな……」


 同じ部隊に配属されてから、ユーリたちは毎日嫌というほど顔を合わせている。出会ってから日は浅く、深い関係ではないが、お互いにどのような性格をしているかぐらいは判断できるようになった。


 だからユーリはアリカの気持ちが分かるし、その逆も然り。知らない内に絆のようなものが芽生えていたのだろう。この場にいないオリヴァーやダニエルも、残酷な現実と向き合っているのが分かる。


「「………………」」


 しばし、二人の間に沈黙が訪れる。決して嫌な雰囲気ではない。お互いに考えていることは同じで、現実逃避は止めて、目の前の真実に向き合おうとしている。


 そして――


「――おーい、お前ぇらそんなとこでなに黄昏てやがんだ?」


「「うおわっ!?!?」」


 すぐ背後から突然かけられた声に、ユーリとアリカは飛び上がって驚いた。


「うおっ、何だよそんな驚いた声出しやがって。逆にこっちがビックリしたわ」


 声のした方向へ慌てて振り向くと、部隊長のルーク・ホーキン大尉がユーリたちの叫び声に驚いた様子でいた。


「私の背後を取るなんてやるわね。あなた何者?」


「何者も何も俺はルーク・ホーキン隊長だバカ野郎。動揺しすぎて頭おかしくなってんのか?」


 ルークの言葉に、アリカは珍しく顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。


「まぁいい。お前ぇらに伝えておかなきゃならないことがある。心して聞け」


「何、ですか?」

 

 先程のユーリたちを馬鹿にしていた態度とは打って変わって、真剣な声音と表情で語るルーク・ホーキンの姿に、僅かな緊張が走る。


「お前ぇらには言っていなかったが、此処へは別働隊も来る手筈となっていたんだ。要は補給物資の運搬だ」


「何で先に言わないのよ?」


「言う必要あるか? お前ぇら新兵がやるべきことは、このショッキングな光景見ても、人類フリーディアのために貢献する意志を示すことだ。

 仔細に任務内容を告げたところで、何か役に立つのか?」


「…………」「くっ」


 何も言い返せない。ルークの言う通り、新兵の役割はこの通過儀礼を乗り越えることだけ。一線級の戦士の活躍など微塵も期待していない。生きて帰還し、フリーディア統合連盟軍のために次の任務に着手することがユーリたちの本当の任務というわけか。


「分かればいい、続けるぞ」


 ここで言い争っても何の意味もない。大人しく隊長の言葉を待つ。


「問題が発生した。合流時刻を回っても、別働隊が現れる気配がない……どころか先程通信が途絶え、司令部は極めて危険な状況だと判断した。

 よって、貴様らに新たな任務を通達する。これよりホーキン隊は直ちに撤収準備に取り掛かり、トリオン基地へ帰還する」


「「な!?」」


 ルーク・ホーキンが新たに告げた任務の内容に、ユーリとアリカが声を上げて驚愕する。


「ちょっと待ってください! 通信が途絶えたって、それって友軍が危険な目に遭ってるかもしれないってことじゃないですか!

 救援に向かうならともかく撤退って……それって仲間を見捨てて逃げるって言っているようなものじゃないですか!」


 彼は口には出さなかったが、合流する筈の友軍は異種族による襲撃を受けた可能性が高い。異種族に対して想うところはあるとはいえ、友軍を見捨てて逃げる選択肢はユーリとアリカにはない。


「何も分かってねぇド素人は黙ってろ!」


「「!?」」


 たが、ルーク・ホーキンの一喝により、頭から冷や水を浴びせられたときのように二人は固まった。


「いいか? 貴様らは、今日初めて戦場に出たばかりの新兵。つまりヒヨッコだ。そして俺に与えられた任務は、一つだけじゃない。お前ぇらの命を守り、無事に帰還することも含められている。

 仲間を見捨てて逃げるだって? そんなことは俺が一番よく分かってんだ! けど、自分勝手な判断で万が一にも部下を死なせたとあっては、隊長としての示しがつかねぇ。

 悔しいか? だったら戦場の空気を目で見て肌で実感しろ、そしてその経験を糧に成長しいつかできるであろう部下を守れ!

 それが今お前たちにできることだ。分かったなら行け!」


 上官の命令は絶対。もしこれを怠れば、軍としての機能が成り立たなくなる。ルーク・ホーキンという男の意外な本質を前にして、ユーリたちは大人しく従うしかなかった。


 離れた場所にいるオリヴァーとダニエルにも伝わっているのだろう。彼方から僅かにだが聞き慣れた装甲車のエンジン音が耳に届いた……のだが。


「あ? このエンジン音、車種が違げぇな。俺らが乗ってきたやつじゃねぇ」


 そう言って、ルーク・ホーキンは訝しげに目を細めた。


「え?」


 ユーリが、どういうことですか? と尋ねようとするのも束の間、視線の先に豆粒ほどの大きさではあるがこちらに向かってくる車両三台の姿を確認することができた。


 どうやら合流予定だったフリーディア統合連盟軍の別働隊が到着したらしい。


「ったく今頃になってお出ましかよ。あー、聞こえるか? こちら――」


 ルークが懐から取り出した通信用の端末機を経由し、別働隊の兵士へと語りかける。どうやら心配は杞憂だった様子で、ルークは「ビビらせんじゃねぇよ!」と怒鳴っていた。

 


 ルークは手を上げると装甲車は前方付近で停止し、その中からフリーディア隊員服を着用した人影がワラワラと現れた。


「お前ぇら、遅すぎんだろ! 心配かけやがって、通信くらい応答しろや! ったく、こんな初歩的なミスしやがってどこの隊の者だ、あ?」


 ツカツカと喧嘩腰でルークは現れた彼らの元へと歩み寄る。


「しかもどいつもこいつもボロきれなんか被りやがって、ここは仮装パーティー会場じゃねぇんだぞ?」


 そう。装甲車から降りてきたフリーディア隊員たち全員がすす汚れたボロ布で顔を覆い隠しているのだ。


 合流時刻を遥かに過ぎた到着と相まってルーク・ホーキンは大変ご立腹の様子だ。


「おい、何とか言ったらどうなんだ?」


 先ほどから口を開く様子もない別働隊のフリーディア兵士たち。いい加減埒が明かないとルークは一番近くにいた隊員の一人の胸ぐらを掴む。


「――遺言はそれでいいのか?」


「…………あ?」


 少女の声だ、とルークは思った。それも、ユーリ・クロイスと同い年くらいの。


「――異能術スキル魔爪ウィングス


 そして、少女の放った言葉の意味を理解できず呆けた瞬間、ルークの腹部に強い衝撃が走った。


「ホーキン隊長!!!」


 ユーリ・クロイスが悲痛な声音を滲ませて、何か叫んでいる。何故ルークの名を叫ぶのか、何故頭がガンガン鳴り響いて止まないのか、何故腹部に不快な異物感があるのか、何故赤黒い液体が腹部から漏れ出しているのか。


「…………てめぇ、まさ……か」


 目の前の少女によって腹部を刺し貫かれたと悟ったときには全てが遅かった。


 視界が暗転する。足に力が入らずルークは膝からガクリと地面へ崩れ落ちる。


 僅かに残る意識の中、分かったのは少女の爪が鉤爪のように鋭かったこと。それが魔力によって編まれたものだと分かり、その魔爪によって腹部を穿かれたということだけだった。


 ルーク・ホーキンを絶命させた少女は遺体には目もくれず、残されたユーリたちへ目を向ける。


「――ようやく見つけた、フリーディア。お前たちのことだから必ずここにいると思っていたッ」


 殺意と怨嗟と慟哭と赫怒に燃えた少女の言葉がユーリたちへ向け突き刺さる。


「よくも……よくも同胞かぞくを皆殺しにしてくれたな! 獣人族ビーストの誇りにかけて、お前たちを皆殺しにしてやる! 誰一人として生きて帰れると思うな!!!」


 そう彼女――いや彼女たちこそがユーリたち人類フリーディアの天敵。異種族と呼ばれる者たちだった。

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