第13話 強者の戦い

 ついに始まったアリカ・リーズシュタットとナギの対決。


 始まった二人の戦いはとても余人が入り込めるものではなくユーリ含め援護に来た他のビーストたちも呆然と見ていることしかできない。


「ふっ」


 アリカから放たれる矢の如き鋭い刺突。ナギはそれを余裕を持って躱す。お返しとばかりに放たれたナギの一撃をアリカは紅鴉国光ベニガラスクニミツを用い華麗に受け流す。


 互いの武器がぶつかり合い甲高い金属音が鳴り響く中、アリカとナギは視線を交わす。


(コイツ、むちゃくちゃ強いわね。そして何より疾い)


 華奢な見た目に反し、大男も顔負けの怪力と猫のような俊敏な動き。そして型に嵌らぬ独特な技の数々にアリカの頬に汗が伝う。


「お前、よくもジェイを!!」


「ジェイ?」


 ナギから放たれたジェイという聞き慣れぬ単語にアリカは首を傾げる。


「お前がさっきまで戦っていた私たちの仲間だっ!!」


「あぁ……ジェイって地面とキスしてるあの男のこと? 悪いけど、邪魔だから斬り伏せさせてもらったわ」


「お前ッ!」


「そっちも私らの仲間殺してるんだから、つべこべ言われる筋合いないっての!」


「黙れ!!!」


 怒りに任せて突撃してくるナギに対し、アリカもまた真正面から迎え撃つ構えを取る。アリカには分かる。襲ってきたビーストたちの中でナギが一番の強敵だと。


 先ほどまで戦っていた男のビーストの動きは簡単に捉えられたし、何よりアリカの攻撃に終始翻弄され続けていた。だが彼女に関してはもう何度必殺の一撃を放ったか分からない。


 ナギはアリカが放つ剣技を初見で見切り、その全てを躱している。


(コイツ、さっきから私が剣を振るった後に見てから躱してる。ビーストの持つ固有の特性ってわけ? 本当に厄介!)


 見てから躱す。異常なまでの反射神経と運動能力。まるで後出しジャンケンをされている気分だ。アリカもナギの攻撃を凌いでいるが、瞬き一つでもしようものなら一気に押し込まれるだろう。


(このままじゃジリ貧ね)


 ユーリは重症、オリヴァーとダニエルの安否は不明。他のフリーディア隊員たちは殆ど命を落としている。


 対する敵の残りは八匹。


 仮にナギを倒したとしても、残りの魔力で全員を相手にするのはいくらアリカでも厳しいといわざるをえない。


(まさに絶対絶命ってやつね。何でかしら……普段なら喜ぶ状況のはずなのに全く嬉しくない)


 ナギほどの好敵手ならばアリカも存分に腕が振るえる。事実、戦闘能力は拮抗しており普段なら高揚に包まれるはずの気分が暗雲が立ち込めるかのごとく暗い。


 戦場に立つのが夢だった。強敵をなぎ倒し己こそが最強だと証明する。それこそアリカが軍人になった最大の理由。


 だというのに傷だらけで倒れるユーリや他の仲間の遺体を見ると心が掻きむしられる。一体何故? 集落跡の悲惨な光景を見てからというもの、楽しさよりも焦燥が勝ってしまう。こんな感情は今まで味わったことがなかった。


(ユーリが死のうがどうでもいい筈なのに、私は助けた。敵との戦いよりも彼の安否が気になって仕方なかった)


 気持ちが悪い。胸が締め付けられる。敵との戦いに集中できず仲間の安否ばかり気にしてしまう自分が。


(この胸に渦巻くモヤモヤは何? あの異種族が向ける視線がどうしてこんなにも……)


 初めての戦場、初めての敵との邂逅、初めて懐いた感情、初めて向けられた憎悪。


「――アリカ!!」


 後方から放たれるユーリの叫び。


 己の懐く感情がうまく整理できずほんの僅かに隙を晒してしまう。


「しまっ」


 気付けば、ナギの接近を許し彼女の鋭い魔爪がアリカの肩口を斬り裂いた。


「戦いの最中に考え事とは随分と余裕だな、フリーディア!!」


 肩口から噴出する血飛沫に意識を向ける余裕すらなく、続けざまに放たれたナギの足蹴りがアリカの腹部に命中する。


「あぐっ」


 鈍器で殴られたような衝撃が走り、アリカはそのまま後方にあった瓦礫の山へ弾丸のごとく吹き飛ばされ、大きな砂塵を巻き上げながら倒れる。


 強化されたビーストの一撃をまともに受けたアリカは血反吐を吐きながらもなんとか立ち上がることができた。


 だが今の一撃は致命的だ。ナギとの戦いに集中しきれなかった己の未熟さが招いた結果。


「ゴホッ、ガハッ……ハァハァ、なんて無様……あの人が見たらきっと呆れ返るでしょうね」


 歯を食いしばりアリカは気力を振り絞り紅鴉国光ベニガラスクニミツを構える。


(致命傷は負ったけど、この程度なら問題ない。私はまだ剣を握れてる、戦える!)


 アリカが唯一憧れた緋色の剣豪とまで呼ばれた人物の姿が脳裏に浮かぶ。白黒の写真のみで実際には会ったことがないが、歴代のリーズシュタット流剣術を継いだ者の中でも最強といわれた剣豪。


 数百年前に生きていたとされる彼の写真は、アリカの瞳に焼き付き今も鮮明に色濃く残っている。祖先の背中に追い付くためにも、アリカはこんなところで負けるわけにはいかないのだ。


「リーズシュタット流剣術――緋紅剣・一閃!!」


 トドメを指すため真っ直ぐ突っ込んでくるナギに対し、アリカは自身の魔力を惜しまず大技を放つ。


 ユーリとの模擬戦では非殺傷ゆえ威力が抑えられていたが、今回の一撃は確実な殺意を込めて放った。


 威力も速度も模擬戦のときの非ではない。まともに受ければその身を真っ二つに斬り裂かれるだろう。


 アリカから放たれる予想外の遠距離からの一撃にナギは一瞬瞠目するも、ビースト特有の反射神経によりその場で跳躍して身を捻り回避行動に移る。


 しかしアリカの攻撃はこれだけではない。緋紅剣・一閃を放つと同時に走り出し、ナギの回避先へさらなる追撃を加えるべく魔力を練り上げていた。


「反射神経で劣っているなら、予測で勝てばいい! あんたの単純な動きなんてお見通しよ!!!」


 ナギの動きは確かに凄まじい。だがその動きは洗練されておらず、獣の本能による直感だけで彼女は戦っている。アリカはそこに勝機を見出した。


(いける!)


 振り抜かれた紅鴉国光ベニガラスクニミツの一刀を紙一重で躱したナギは勢いそのままに飛びかかるように前足を振るう。

 

「緋紅剣・緋之影打ヒノカゲウチ!」


 それに対しアリカは何故か自身の影に刃を突き立てた。彼女の行動の真意が分からずナギは一瞬訝しむも、それはすぐに驚愕へと変わった。


「なっ、影から!?」


 アリカが影に突き刺したと同時にナギの影から突如として飛び出した真紅の刃。あまりにも予想だにしない一撃に、さしもの彼女も反応が遅れる。


 完全に虚を突かれた形となったナギ。空中にいることで類まれなる反射神経を以ってしてもその一撃を躱すことはできなかった。アリカの一撃をまともに喰らい、右前足が影から現れた真紅の刃によって穿かれる。


「ぐっ」


 リーズシュタット流剣術――緋紅剣・緋之影打。


 自身の影を通し、距離を度外視して相手の影から攻撃を放つという世界の理から外れた力。まさに魔法と呼ぶべき奇跡の力を前にナギに一瞬だけ隙が生まれた。


「はぁぁぁっーーー!!!」


 その僅かな隙を縫い込むように全身全霊を込めアリカは叫ぶ。とどめを刺すべく渾身の力で紅鴉国光ベニガラスクニミツを振り抜く。


「嘗めるなぁぁぁっーーー!!!」


 しかしナギは躱すどころか野生じみた咆哮を上げ逆に反撃に出る。穿かれた前足をものともせず、人間離れしたあり得ざる挙動でアリカの斬撃の軌道を変えたのだ。


「コイツぅっ!」


 今の一撃でも決めきれず、敵のしぶとさに戦慄を覚える。ナギの前足の傷口からは止めどなく血が流れている。


 負傷した彼女は先ほどのように超高速で動くことはもうできないだろう。謂わば枷を嵌められた状態に等しい。


「ぐっ」


 しかし、それはアリカも同じこと。肩口の傷、腹部のダメージが大きく激痛が彼女を襲う。


 ナギも相当消耗しているようだが、基本スペックが人間フリーディアであるアリカを上回っているためまだ余力を見せている。


「…………」「…………」


 アリカとナギ。互いは無言で睨み合う。このままでは埒が明かないと二人は考えている。状況を変えるには、相手の虚を突くか、大技を放ち強引に突破する他ないと。


 お互いに肩で息をしながら、呼吸を整える。そう、それはまさに神聖な決闘のごとく、ここは尋常に勝負すべきだと二人は思ったのだ。


 異種族の中にも戦の作法が分かる者がいるとは意外だ。アリカは聞いていた異種族のイメージ像とかけ離れたナギの存在を奇妙に思いながらも。


「リーズシュタット流剣術――」


 居合いの構えを取りアリカは静かに呼吸を整える。


神遺秘装アルスマグナ――」


 ナギもまた姿勢を低くし臨戦態勢を整えている。奥の手があるのか、聞いたこともない諱を告げた瞬間彼女の仲間内から動揺が広がっている。


 ナギの瞳にはアリカを打倒することしか映っていない。故に仲間の静止する声に気付かない。


 アリカの瞳にはナギを打倒することしか映っていない。故に、迫りくる別のビーストの気配に気付かない。


「――ナギぃぃいぃーーー!!!」


「「――なっ!?」」


 それは、ナギの身を案じ駆けつけたサラと呼ばれるビーストの悲痛な叫び。彼女もまた、ナギに匹敵する神速で一気に距離を詰め真っ直ぐに魔爪をアリカへ突き立てる。


「しまった!?」


 回避は間に合わない。これは決闘ではなく戦争なのだ。戦争にルールなどない。だからサラを卑劣などと言う資格はアリカにはない。


 全ては己の未熟が招いた結果。ナギを圧倒するほど強ければ、今の状況は起こり得なかったのだから。


 もうダメだとアリカは死を覚悟し瞳を閉じる。


 ――辺りに静寂が満ちる。


 シンと鎮まり返った戦場はまるで時間が止まっているかのように錯覚させた。


「…………?」


 来るはずの死が訪れないことにアリカは不可解さを覚える。


 ひょっとするともう死んでいるのでは? と錯覚するも肩口と腹部の痛みは継続しており、心臓もドクドクと鼓動が鳴っている。


 ならば何故? アリカはゆっくりと目を開いた。


「…………うそ」


 その言葉は誰が呟いたものなのか。


 今のアリカには自分から発したものなのか敵から発せられた言葉なのかも理解できずにいる。ただただ目の前の光景が信じられないと、ワナワナと震えることしかできなかった。


 それは魔爪を突き立てたサラも同じ。ピシャリと彼女の頬に返り咲く血が動揺を掻き立てて止まない。


「…………大丈夫か、アリカ? ガハッゴフッ」


 アリカにとっては聞き慣れた仲間の声。ナギにとってはつい先ほど聞いた仇敵の声。サラにとっては初めて聞いた少年の声が耳に触れる。


「何で、どうしてアンタが私を庇うのよ……ユーリッ!!」


 アリカを身を挺して守ったユーリ・クロイス。彼の腹部にはサラの魔爪が貫通しており、ジワリと血が滴っていた。

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