第2話 小隊結成

 ユーリたちの乗る装甲バスが橋頭堡きょうとうほを越え、トリオン基地内部に足を踏み入れる。そこはもはや平和な世界で生きてきた十五年の人生を吹き飛ばす程の壮観な光景が広がっていた。


 基地内部は、戦争の前線にふさわしい活気と緊張感に満ちていた。至る所で兵士たちが行き交い、装備の点検や作戦の打ち合わせが行われているのだろう。ユーリとオリヴァーは、その光景に終始圧倒される。


 ここトリオン基地は、異種族侵攻の防衛を務める要となっているのだろう。前戦とは名ばかりの多種多様な設備が多数存在するようだが、全てを把握するには一日あっても足りなさそうだ。


 そして今いる場所は前戦基地というだけあって、戦闘要員となる人員が数多く配備されている。彼らが扱う装備はライフルやショットガン、ロケットランチャーなどの多種多様な近代兵器だ。


 これらは全て"魔術武装マギアウェポン"と呼ばれ、彼らが操る武器の総称である。


 ちなみにユーリたちの乗る車両バスも魔術武装マギアウェポンの一つで、操縦者の魔力と引き換えに馬より早く走ることができ、人類フリーディアが誇る現代文明の長距離移動法の一つとされている。


「す、凄い……学校で見た映像とは規模が違う。これが戦場……前線基地、トリオン」


 オリヴァーが呆気に取られトリオン基地内部を走る装甲バスの窓の外を見つめる。


「さすがに圧巻だな。つか、重いからいい加減離れてくれ!」


「あぁっ、すまない!」


 窓際に座るユーリを押し退け、枝垂れかかって窓を覗いていたため、言われてようやく気付いたオリヴァーは素直に謝った。


「こ、こんな凄いところでやっていけるのか僕ら」


「さぁ。なるようにしかならんだろ。むしろこんだけ設備と人員が整ってるなら実戦に駆り出されても後方支援とかに回られそうだよな」


 今日来てすぐに、はいお前ら異種族と戦って来いと無茶な命令は出されない筈……多分。


「あぁ、なるほど。それもそうか」


 ユーリの言葉に納得した様子でオリヴァーは頷いた。


 前戦というからてっきり正面から戦闘になるものばかりだと思っていたが、冷静に考えれば非正規ルートとはいえ、入隊したばかりの新米に英雄のような戦果を期待するなどお門違いであった。


 前戦といっても後方支援含め、情報収集や魔術武装マギアウェポンの調整などやることは多様だ。


「でも、それはそれで困るな……(ボソッ)」


「ん、何か言ったか?」


 何やらオリヴァーが呟いたような気がしたが、後方支援に回される可能性が高いと安堵したユーリは聞き返した。


「いや、何でもない」


「そっか。ま、上層部から評価されるには戦果を上げないといけないからな。後方支援じゃ無理な話か」


「しっかり聞こえてたんじゃないか!!」


 どうやら聞き間違いではなかったようで、ユーリは笑いながら謝罪する。それにつられオリヴァーも困ったように笑いだした。

 

 緊張が解れたのか肩の力を抜き、リラックスしている様子だ。するとタイミングを見計らったかのように、ユーリたちを乗せた装甲バスが停車する。

 

 どうやら、目的の施設正面に到着したようだ。



 装甲バスの停車後、ユーリたちはトリオン基地在住の兵士に施設内部へと案内された。


 中には通路に沿って無数の扉が存在し、その一つ一つが各部署に繋がる部屋になっている。

 

 例えばある部屋ではトレーニングルーム、ある場所では食堂といった具合だ。他にも仮眠室やシャワールーム、医務室など様々な設備が用意されているらしい。

 

 一通り案内が終えると、更衣室で軍服を着用するよう促され、言われた通りに着替える。他の面々はともかく、ユーリとオリヴァーは際立って若いこともあって、お互いに似合ってないと笑みを溢した。


 その後、着替えを終えたユーリたちは会議室と思わしき部屋に通され待機を命じられた。案内を務めてくれた兵士は忙しいのか、そのまま立ち去っていった。


 シン……と静まり返った空間と殺風景な内装を見るに、この部屋があまり使われていないことが窺える。しかし清掃だけは行き届いており、埃一つ見当たらないことから定期的に手入れされているのだろう。

 

 それからしばらく待つこと数十分。


 前触れなくガチャリと扉が開くと同時に初老の男性と後に続いて氷のような冷たい雰囲気を漂わせる二十代前半と思しき綺麗な金髪の女性が姿を現した。

 

「新兵の諸君、待たせてすまない」


 開口一番に男性は告げ、その邪魔にならぬよう女性は一歩下がる。白髪混じりの頭をオールバックにして後ろで纏めており、顎には髭を蓄えている。見た目こそ初老ではあるが顔付きからも威厳と貫禄を感じさせ、立ち振る舞いから歴戦の勇姿を思わせる風格を漂わせていた。


 ユーリたちは初老の男性に向け背筋を伸ばし敬礼し、初老の男性は手を軽く挙げて「楽にしたまえ」と口にした。


「遠路はるばるご苦労だったな諸君。狭苦しいバスの長旅は楽しめたかな? 私はトリオン基地司令を務めるダリル・アーキマン。この階級証を見ての通り大佐の位に就いている。

 そして彼女はクレナ・フォーウッド少佐。少々冷たい印象は受けるだろうが、トリオン基地内において私に次ぐナンバー2の実力を誇っている。見た目に惑わされ、ちょっかいをかけようと迂闊に手を出せば、痛い目に遭わされるので気を付けたまえよ」


 フリーディア統合連盟軍西部戦線トリオン基地司令――ダリル・アーキマン大佐。場を和ますためか冗談を交えつつ、名乗った初老の男はユーリたち新兵の顔を見渡した後、告げる。


「さて、諸君らも知っての通り、ここトリオン基地はフリーディア統合連盟軍西部戦線の前戦に位置する極めて重要かつ防衛の要となっている場所だ」


 ダリルの重厚かつ威厳ある声が室内全体に響き渡る。長年戦場に身を投じ、今日まで生き延びてきた司令の風格にユーリは無意識に背を伸ばし、耳を傾ける。


「明日を生き抜くために、我等人類フリーディアの世界に土足で踏み込む蛮族共に鉄槌をくださねばならない。諸君らの働きに期待する」


『ハッ!』


 新兵の一糸乱れることのない敬礼を見て、ダリルは満足気に頷く。すると彼の視線がユーリへ向けられ、意味深な笑みを浮かべる。


(何だ?)


 間違いなく、ユーリ個人へ向けた笑みだ。ダリル・アーキマンとは初対面の筈だが、どこかで会ったことがあっただろうか? と疑問に思う。


 だがそれも一瞬のこと。ダリルは仕切り直すように態度を和らげ。

 

「さて……堅苦しい挨拶はここまでだ。なにそう緊張することはない。君たちが新兵だということは十分承知しているし、敵陣の真っ只中に突撃しろと無茶な命令を下すつもりもない」


 緊張した面持ちのユーリたちを安心させるようにダリルは声音を和らげて言った。


 安堵で少し緊張が解けたユーリたちだったが、「だが――」と言葉を差したダリルは僅かな緊張の緩みを再び締め付け、続けて言葉を放つ。


「改めて言うが、ここは戦場の最前線に位置する。ここにいる全員が明日をも知れぬ状況下で奮闘してくれている。戦場では何が起こるか分からん。僅かな気の緩みが死を呼び寄せてしまうこともある。だから常に警戒を怠るな! いいな?」


「「「「はっ!」」」」


 一切の乱れのない新兵たちの敬礼に、ダリルは満足そうに頷き。


「――よろしい。追って君たちには指令が下され、任務に就いてもらうことになるだろう。新兵とはいえ前線基地へ配属された君たちは、増援としての戦力を期待されている。簡潔にだが、現在の戦況について説明しよう――クレナ」


「はい」


 ダリルに促され、これまで後ろに控え沈黙を保っていた金髪の女性――クレナ・フォーウッド少佐が壁に掛けられたスクリーンの前に立ち、説明を始めた。


「現在、我々フリーディア統合連盟軍西部戦線はトリオンより西へ三十キロ地点の範囲に沿って、境界線を敷き防衛拠点を設けています。

 交戦中である敵異種族は"ビースト"と呼称されており、奴らは我々人間フリーディアに近い身姿をしています。ですがビーストの頭部にある獣耳、および臀部の辺りに尾が生えているため識別は容易でしょう」


「ビースト……」


 感情を含まず、淡々と機械のように説明を続けるクレナの言葉にユーリはビーストと呼称される異種族の姿を脳裏に浮かべる。


 敵の中にも様々な種類の異種族が存在することは学生時代に聞き及んだことがある。実際に見たことはなく、映像や資料で異種族の姿を何度か見た程度。


 幼い頃は父や母に良い子にしてないと異種族が食べに来ると脅されたものだ。


「現在は膠着状態が続いているものの、いつ均衡が崩れるか分からぬ状況だ。"グランドクロス"が一人でもいれば状況は変わるのだが文句を言っても始まらない」


 と、ダリル・アーキマン大佐が補足を入れる。どうしても気になったのかこの場にいる新兵の一人が声を上げ尋ねる。


「グランドクロスって、あの?」


 グランドクロスという単語に反応し、新兵周りがザワつき始める。その単語の意味を知らぬ者はこの世界では愚か者と罵られる。


 ユーリ・クロイスもオリヴァー・カイエスも当然知っている。グランドクロスはフリーディアにとって特別な意味を持つ称号――


「そうだ、君たちには既知のこととは思うが、このフリーディア統合連盟軍にとって、最も強大な力を持つ個人へ与えられる称号――それがグランドクロスだ。

 彼らは単騎で一個師団以上の戦力を有する正真正銘の英雄バケモノさ。全部で何人いるかは私でも預かり知らぬこと。

 その中でも一番有名な御仁は、諸君も知っていよう?」


 ユーリ含めた新兵はもちろんだと頷いた。


「そう、グランドクロスの一人は、極光の英雄と名高い"グレンファルト・レーベンフォルン卿"であり、弱冠二十八歳でありながら、彼が成し遂げた数々の偉業は……っと話が脱線したな、すまない」


 ダリルはグランドクロスの名を出したことにより、新兵たちの気が逸れてしまったことを謝罪する。


 その後、再びクレナ・フォーウッドが状況を説明していく。戦況はフリーディア側に有利なものの予断は許さぬ状況のようだ。


 これまで異種族との戦いで、どれだけの命が失われたのか? トリオン基地に来るまで、そんなこと考えたこともなかった。何不自由なく当たり前に日常を謳歌してきたユーリ・クロイスは兵士たちに感謝して然るべきなのに、自分のことばかりで……。


 チラリと隣に立つオリヴァーへと視線を向ける。震える脚を必死に抑えようとしている。さらに視線を動かし、スキンヘッドの顔に入れ墨を入れた黒人男性へ。皆と違い彼は余裕げな態度で話を聞いていた。


 そして、ここに来るまでにずっと気にかかっていた人物がもう一人――ユーリやオリヴァーと同い年……あるいは一、二歳程年上の異彩を放つ真紅の髪色の美少女。バスに乗っていた時は気づかなかったが、改めて見ると違和感がすごい。


「ふん、上等ね。早く戦いたい早く戦場に立ちたい‥‥ブツブツ」


 余程自身の実力に自信があるのだろう。彼女から放たれる戦意がこっちにまで伝わってくる。独り言の内容から察するに物騒な言葉が漏れているが誰も指摘しない。なのでユーリも気付かないフリをする。


「では、最後に四人一組の小隊編成を通達いたします。小隊メンバーは今後、共に戦場を駆け抜ける同士となります。男性であろうと女性であろうと関係なく、公平に――当然、衣食住も共にしていただきます」


 クレナ・フォーウッド少佐の言葉に室内の空気が再び変わった。張り詰めた緊張感が肌を刺す。


 誰と小隊を組むかによって、戦場での生還率が格段に変わってくる。学生の時に行った実習の際は、好きな者同士で組めと言われることが多かったが、実際だと事前に決めているものらしい。


 ユーリとしては、一番気の置けるオリヴァーと同じ隊に編成されたいところだが……。


(って、そんな楽観的な考えじゃダメだ。誰と組んでも、命を預け合う仲間として扱うんだ)


 彼女の言葉一つで己の生き死に――人生が大きく変わるのだ。人生のターニングポイント一言一句聞き逃してはならない。


「ロイド・ケーニス、ジャン・トワイス、トール・アルナレク、サーフ・ナック。名前を呼ばれた者は右側に一列で並んでください。次に――」


 名前を呼ばれた年齢バラバラの新兵たちは、如何にも訳アリだといわんばかりの様相。


(この人たち何で修羅場を潜ってきたみたいな厳つい顔で、しかもそんな余裕な態度してるんだ!? これまでどんな人生送ってきたんだよ!)


 名前を呼ばれる度に、ビクリと肩を振るわせ、ソワソワしているのはユーリとオリヴァーの二人だけ。最年少というのもあるが、周囲から何だコイツら? と突き刺すような視線が向けられているのが気まずくて仕方ない。


 次々に名前を読み上げていくクレナ。そしてついに、残り八人中四人の名前が呼ばれたことでユーリとオリヴァーの小隊メンバーが確定した。


「最後に残ったユーリ・クロイス、オリヴァー・カイエス、アリカ・リーズシュタット、ダニエル・ゴーンの四名の編成で以上になります。

 本日はこれで解散とし、明日から各小隊に別れて訓練に励んでもらいます」


 真紅の髪の少女、アリカ・リーズシュタットならびに顔に刺青を彫ったスキンヘッドの黒人男性、ダニエル・ゴーン。トリオン基地に来た新兵の中で、ユーリやオリヴァーとは違う意味で異彩を放っていた二人と同じ小隊となってしまったようだ。


 クレナの解散の言葉に緊迫した空気が和らいだのか、それぞれの小隊メンバーが自己紹介を始める。ユーリは、同じ小隊メンバーとなったオリヴァーへ、よろしくの意味を込めながら俺から声をかけるべきか? と耳打ちする。すると「任せた」と返事がきたので、渋々非常に取っ付き辛い雰囲気のアリカとダニエルへ話しかけることに。


「えと……俺、ユーリ・クロイスっていうんだ。二人とも改めてよろしく」


「…………」「ダニエル・ゴーンだ。こっちこそ、よろしくな」


 アリカは視線すら向けずにユーリをガン無視。ダニエルの方は意外にも好意的な挨拶を返してくれた。それだけでダニエルへの好感度は鰻登りに上昇し、アリカに至っては大暴落という両極端な印象となった。


「おい貴様、下民の分際でユーリの挨拶を無視するとはいい度胸じゃないか! 彼があのクロイス家のご子息だということは知っているんだろう!?」


 クロイス家の名を盾にするのは本当に止めてほしい。ユーリ本人はアリカとも仲良くやっていきたいと思っているのだ。


「おい、聞いているのか貴様!」


 アリカ・リーズシュタットという名前が名家に連なる家系ではないと分かったためか、高圧的に食ってかかるオリヴァー。そんなオリヴァーに対し、アリカはだから何? と言いたげな表情で一言。


「すぐに死ぬ雑魚と交わす言葉なんてないわ」


「何だとぉッ!?」


「まぁまぁまぁまぁ、落ち着けってオリヴァー!」


 激昂し、アリカへ迫ろうとするオリヴァーを羽交い締めにして宥めるも。


「前線って聞いてたから、どんな猛者が集まっているのか楽しみにしていたんだけど、正直期待外れもいいことだわ。

 どいつもこいつもレベルが低すぎる。この程度の奴らが集まって戦況は我が軍に有利って……ひょっとして、異種族って私が想像する以上に弱いのかしら?」


 ようやく口を開いたと思ったら、ユーリやオリヴァーに対してだけでなく、この場にいる新兵全員に喧嘩を売っていくアリカ・リーズシュタット。どうやら彼女は協調性という言葉を学んでこなかったらしい。


 当然、快く思う者など皆無。場の空気は一気に殺伐としたものとなる。


「特に、アンタ」


 と、アリカはユーリへ視線を向ける。


「俺?」


「私の見立てで悪いけど、笑えてくる程に脆弱に見える。魔力も大したことないみたいだし、特別秀でた何かを見いだせない。正直言ってお荷物以外の何ものでもないわ」


「………………」


 アリカの見立ては当たっていた。ユーリは返す言葉もなく押し黙る。


「ユーリ?」


 オリヴァーは力の抜けたユーリから解放され、何故怒らないのか不思議そうに問いかける。


 大したことない――それはユーリ自身一番よく分かっていることだ。名家であるクロイス家に生まれたにも関わらず、学校の成績は並程度。彼女の言うように、特別秀でた何かがあるわけでもない。


 何故自分は前線へ来てしまったのだろう? 本来であれば高等部に入学して、充実した学生ライフを過ごしていた筈なのに……。


 だけど……甘えてばかりの自分自身が許せなくて、変わりたくて、変えたくて……どうしようもできないと分かっていても、足掻くくらいはしてやりたくて……。だからユーリは――


「――人を見かけで判断するのは感心せんな、アリカ・リーズシュタット」 


 その時、意外な方向から助け船が出された。


「アーキマン司令……」「…………」


 ユーリは意外そうに、アリカは怪訝な顔つきでダリル・アーキマン大佐を見つめる。


「ユーリ・クロイスのトリオン基地配属を承認したのは、この私だ。彼についてはの極光の英雄――グランドクロス=グレンファルト・レーベンフォルン卿直々に推薦があってね。

 私も何故レーベンフォルン卿が君を推しているのか、非常に興味がある。その真価、ぜひ戦場で見せてもらいたいものだ」


「「「「「「「!?」」」」」」」


 ダリルの口から飛び出したユーリが前線入りした理由に、新兵たちが多種多様な反応を見せる。


「グ、グググググググレンファルト様直々にだって!?!? いやでも、そうか。クロイス家程の名家なら、あのレーベンフォルン家と関わりがあるのも納得がいく……。

 何て、羨ま……じゃなかった! 妬まし……これでもない!」


 オリヴァー・カイエスは混乱状態にあり、訳のわからないことを口走っている。


「あははははは! お前さん愉快な奴だな」


 とダニエル・ゴーンは笑う。そして――


「……へぇ。あのグランドクロスと、ね」


 アリカ・リーズシュタットは、先程と打って変わって、戦意を高揚させながらユーリの真価を見定めようとする。


「………………」


 皆の期待を寄せた好奇な視線を受け、ユーリはバツが悪そうに顔を背ける。


 本当、ダリル・アーキマンは余計なことを言ってくれたものだ。確かに英雄と名高いグレンファルト・レーベンフォルンとは顔見知りだし、前線へ来られたのも彼の采配によるものだが、ユーリ自身に秀でた何かがあるわけではないのだ。


(あの人は優しいから……。迷ってる俺に道を示してくれただけ。だから、そんな期待するような目をしないでくれよ)


 本当は実力を隠して、敢えて無能を装おっていますといった物語のようなオチならどれだけ良かったか。実際は先の見えない不安に惑わされ、足掻く術すら見出せず、挙げ句の果てに母と喧嘩して家を飛び出し、逃げただけの臆病者――それがユーリ・クロイスの真実だというのに。

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