武装魔術戦争
めぐりん
第一章 始まりの物語
第1話 前線基地へ
自分が何をしたいのか? どう在りたいのか? 何を為すべきなのか? 真にその意味を理解して答えを明確に提示できる者は、ごく少数しか存在しない。
人は生きる上で必ず迷いが生じ、葛藤の中でその答えを見つけ出そうとする。踠き、苦しんで、悩み抜いた先にようやく辿り着くべき真実がある。
少なくともユーリ・クロイス自身はそう思っており、彼は今その答えの在り処を求めるために家を出て一人で生きていく決意をした。
何故? と聞かれれば、彼の十五年に及ぶ人生において、最大の転換点を目の当たりにして内心焦りを覚えたからに他ならない。
今のままじゃダメだ、自分は"あの人"に見合う存在ではない。そう思ったから……。
中等部卒業後、本来進むべき道程から外れて家を出る。世界の残酷さを知らずに親の庇護下のもと生きてきたユーリにとってどれほどの覚悟が必要だったのか、余人には計り知れない。
母もきっと納得してくれる筈……。そう思ったユーリは、中等部卒業後に意を決して一世一代の大告白をしたのだが――
「はああぁぁー」
しかし、そんなユーリの今現在の表情は一様に暗い。それどころか肺いっぱいに空気を吸い、内に溜まった
ガタガタと不規則に揺れる大型バスの中、車窓へ視線を向け、座り心地の悪さに辟易しながら前から後ろへ流れていく景色を見つめる。
人口が多く活気のあった故郷の街並みからはほど遠く、交通路が簡素に整備されているだけで辺り一面に山々が連なっている。もしもこれが旅行であれば、目に映る雄大な大自然に感動していたことだろう。
しかしユーリが現在乗っている大型バスは、安穏な自分探しの旅に用いられるものではない。市井ではまずお目にかかれない厚い装甲で覆われ、対衝撃性能に優れた特注車両だ。
「はああぁぁー」
これから向かう先、彼に待ち受ける過酷な運命、そして故郷に置いてきた後悔や未練など様々な感情を織り交ぜて、今日何度目かになるか分からないほどの溜め息を再び吐いた。すると――
「おい貴様、さっきから何度溜め息を吐いたら気が済むんだ?」
しまったと思い、慌てて口を閉じるも時すでに遅し。そう、このバスは二座席ある。隣に人が座っていることをすっかり失念していたのだ。
注意を受けてしまったからにはもう遅い。恐る恐る隣の座席へ顔を向けると、そこには同い年くらいの金髪の少年がこちらを睨んでいた。
「見たところ僕と同い年くらいか? 全く……どんな経緯でここにいるのかは知らんが、そんな暗鬱とした態度をしているとすぐに命を落とすことになるぞ? まさかこのバスが向かう先を知らないわけじゃないだろう?」
今しがた金髪の少年が放った、
「知ってる。前線基地トリオン――つまりは"戦争"をしに行くんだろ?」
戦争――文字通りそのままの意味で、何かの比喩に用いたわけではない。ユーリの乗る車両が向かっている先は、紛れもなく戦地。
「ふん。分かっているなら、鬱々とした溜め息はやめてくれ。全く、こんな奴が前線に駆り出されるなんて統合軍も地に落ちたものだな」
「………………」
金髪の少年の放った言葉にユーリは無言を返す。ガタガタガタと座席が忙しなく揺れる音だけが耳朶を打っている。
統合軍、正式にはフリーディア統合連盟軍という名称でユーリが卒業後に身を投じた組織だ。彼は中等部卒業後に軍人になる道を選んだのだ。
士官学校を卒業し、然るべき手順を踏んで軍に入隊するのが従来のセオリーであるのだが、ユーリも金髪の少年も……否――このバスに乗る全ての乗員たちにはその常識に当て嵌まらない。
ユーリには伝手があった。ある人に進むべき道を示された。だから今ここにいる。若干……どころか勢いに任せて、何て所に来てしまったんだと後悔しているし、今すぐ故郷に帰りたいとも思っている。
正直言って嘗めていた。初めも当然緊張していたが、どこか現実感がなく夢見心地だった。しかし時間が経つ度に、どんどん実感が沸き、恐怖心が競り上がってくるようになったのだ。
隣に座る金髪の少年は怖くないのだろうか? 初対面だというのに随分と偉そうな口調だ。よほど自身の実力に自信があるのだろう。ユーリとは違い、余裕を持った憮然とした態度で――
「って、そう言うお前こそさっきから貧乏揺り激しくないか?」
やけに座席がガタガタ揺れるなと思ったが、どうやら金髪の少年が原因らしい。よく見れば彼の膝から下が産まれたての子鹿のようにガクガクと震えている。
偉そうな態度で腕を組んでいる分、ギャップが激しすぎてツッコまざるを得なかった。
「うるさいな! これは武者震いというやつだ!! 決して初めて家を離れて、しかも前戦基地に配属されて緊張しているからではないぞ!」
金髪の少年のこの慌てよう。しかも大声で叫ぶものだから、他の乗員たちの視線がこちらに集まってくる。
現在車内には四十人前後の乗員がいるにも関わらず周囲から話し声が全く届かない。
今から敵と戦争しようって時に、呑気に雑談などする者がいる筈がない。緊張……そう、皆緊張しているのだ。
この世界には、ユーリたち
人の身に近い姿で羽や尾を生やすなど、例を上げればキリがない。十、二十、知らないだけで百を超えるのかもしれない。それだけの種類の異種族が存在し、人類はその脅威を殲滅するために命懸けで戦っている。
フリーディア統合連盟軍はそんな侵略者から世界を守るための治安維持を目的とした武装組織の名称だ。戦争はもちろんのこと、内部の犯罪の取り締まりも行っており、まさにこの世界の平和と秩序を守る盾となっている。
フリーディア統合連盟軍が存在するからこそ、ユーリ含めた多くの民間人は命の危険を感じることなく、何不自由ない平穏な暮らしを満喫している。
特に彼の生まれたクロイス家は、フリーディアの中でも名だたる家系に連なり、噛み砕いて言うならばユーリはお金持ちの御坊ちゃまということになる。
ユーリの母親は、フリーディア統合連盟軍の高官。しかも内政を統治する治安維持部隊の総司令という地位に就いている。父を幼い頃に亡くし、女手一つでユーリを育ててくれた母には今でも感謝しかない。
(だけど、俺は……)
ユーリ・クロイスが何故家を離れ一人戦地へ赴くことになったのか? 思春期を迎え、様々な思いが綯い交ぜとなる中、隣に座る金髪の少年が耳元で騒ぐものだから五月蝿くてかなわない。非常に悪目立ちしており、車内の視線の全てがユーリと金髪の少年へ向けられている。
金髪の少年は車内の空気を感じとり、赤面し咳払いで誤魔化し。
「おい貴様、名は何という?」
周囲に配慮して今度は小声で尋ねる金髪の少年。
「何だ? さっきまで一言も口を利かなかったのに急に饒舌になったな」
「うるさいな、こんな空気じゃ喋るに喋れないだろうが。この僕が直々に名を聞いているんだ、さっさと名乗れ」
どうやら金髪の少年はこの緊張感に包まれた空間にストレスを感じていたようで、言い方は横暴だがどこか縋るような目をしていた。
その様子に親近感が湧いたユーリは、仕方ないなと素直に名乗ることにした。
「ユーリ・クロイスっていうんだ、改めてよろしく」
「そうか……! 僕はオリヴァー・カイエスだ。祖父は元軍人で少将の位に就いていた。カイエス家という名に聞き覚えくらいあるだろう?」
元少将というからには、彼の家もまた相応の格式高い家柄のようだ。
「いや、聞いたことないな。ちなみに俺の母親も少将……いや、准将だったかな? 身内が同じ軍に入っててしかも高官って凄い偶然じゃん」
ユーリの返答が予想外だったのか、暫し言葉が飲み込めずポカンとするオリヴァー。彼はカイエス家の名を聞いてユーリが平伏する姿を想像したに違いない。予想が外れて呆然としているようだ。
「う、嘘だろぉっ!? って待てよ……、クロイスという名前どこかで聞いたことがあると思ったら、あのクロイス家!? フリーディア治安維持部隊の統括、現アージアの都市長も務めているあの!? 僕でも知ってる超有名名家じゃないか!!」
「うん。母さんが治安維持部隊の総司令を務めてて、叔父さん……母さんの弟にあたるウィリアム・クロイスがアージアの都市長を務めてる。まぁ、クロイス家が凄いんであって俺が凄いわけじゃないけどな」
名家、古い言い方をするなら貴族か。オリヴァーのカイエス家とは比較にならない、都市アージアを統べるクロイス家の名前を知らぬ貴族は存在しない。
「それはそうだが……、というより何故クロイス家のご子息がこんなところにいるんだ?」
オリヴァーの疑問は最もで、本来であれば名家有数の進学校、または親と同じ道へ進むために士官学校に入学するのが通例だ。如何にも訳アリな、監獄に送られる囚人が乗るような厳つい見た目のバスに乗るべき人物でないことだけは確かだ。
ユーリが何故ここにいるのか初対面のオリヴァーに詳しく語るつもりはない。けれど、理由も話さないのはどうかと思ったので簡潔に要点だけ伝えることにした。
「大した理由じゃないよ。単に家の力を借りずに自分の力で生きていこうって思っただけだ。決っっして、母親と大喧嘩して見返してやろうと軍に入ったわけじゃないからな?」
「いや、どう考えてもそれしかないだろ!? そんな理由で戦場に行くと!? 正気か君は!?」
クロイスと名乗っただけで呼び方が貴様から君に変わったことは指摘しないでおこう。
「そんなわけないだろ。こっちにも色々あるんだよ。そっちも何かしら人に言いたくない事情があるからここにいるんだろ?」
「そっか……。まぁ、そうだよな」
ユーリ・クロイスと同じく、オリヴァー・カイエスも本来この場にいるべきではない。すぐにでも戦場へ出て、何かしらの武勲を立てなければならない程に状況が切迫しているのだろう。
このバスに乗る全ての乗員たちもまた、何かしら必要に駆られたからこそ、命を懸けて異種族と戦おうとしている。
周囲の座席に座る者たちの平均年齢はざっと見、三〜四十代前後。二十代前後の男女がチラホラ見受けられる中、十代の子供はユーリとオリヴァーのみで非常に異彩を放っている。
初々しさが隠せず、この車内で一番ソワソワしているのがユーリとオリヴァーであった。
「オリヴァーは実戦経験あるのか?」
「あるわけないだろ。この間、中等部を卒業したばかり。恐らく君と同じ立場さ。
まぁ、そう怯えることはないよ。僕の実力があれば異種族なんてすぐに全滅さ。僕を前線に送った統合軍司令部の判断は正しかったようだね」
さっき、統合軍は地に落ちただの批難していたような……? あまり突かない方がいいだろう。
「へぇ、それは凄いな。頼りにさせてもらうよ。志願するにしても即前戦に配属されるなんてそうそう聞かない話だし、オリヴァーは強いんだな」
「そうなんだよ! 初めは僕が優秀すぎて悦に浸ってたけど、時間が経つにつれて胃が痛くなって緊張して……。正直人と話せてこれほど嬉しいと思ったのは初めてだ」
「凄まじい速度のデレだな。初対面の喧嘩腰は何だったのレベルだよ」
「う、うるさいな。君がクロイス家だから口を利いているだけだ。どこの名とも知れぬ下民ならば、自己紹介の時点で言葉を切っている」
「下民じゃなくて心底良かった……のかな?」
できれば、他の人にも普通に接してほしいな……なんて思ったりもするが言っても仕方ないので止めておいた。
ユーリ個人としても同い年の同性と話せたことにどこかホッとしていた。笑顔を覗かせながらオリヴァーと会話を続けるも、内心は不安で仕方なかった。緊張していないわけではない。あえて目を逸らし考えないようにしていただけ。
現在進行形で現実から目を背け、オリヴァーと他愛のない雑談を繰り広げ、互いに緊張を抑え込みながらも時は自然と流れ行き――気づけばユーリたちの乗るバスは、前線基地トリオンへ到着していた。
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