第3話 軋轢

 ダリル・アーキマンより意外な事実が語られ一悶着ひともんちゃくあった後、今度こそ本当に解散となった新兵たちは、アリカ・リーズシュタットへ敵意を残したまま、それぞれ割り振られた部屋へと向かった。


 内装は、だだっ広いワンルームにベッドと机と椅子が四つずつ置かれており、トイレとシャワールームも完備されている。


 これが一人部屋なら、さぞかし開放的気分になるだろうが、ベットと机の数、そしてユーリの他に三人もの人がいることから、状況はお察しだ。


 既に四人分の荷物は運び込まれていたようで、各々おのおの荷解きをしている。


「はぁぁああぁぁ………」


 そんな中、ユーリと同じ室内にいるオリヴァー・カイエスが露骨ろこつな溜め息を吐き、暗鬱あんうつな表情をしていた。


 彼が向ける視線の先には、顔に刺青いれずみの入った黒人――ダニエル・ゴーンと、肩口まで伸びた紅蓮ぐれんのごとき髪色が特徴的な問題児びしょうじょ――アリカ・リーズシュタットがいた。


「どうしたオリヴァー? そんなあからさまな溜め息なんか吐いて」


 何となくオリヴァーの心境を察したユーリだったが、ここはあえて尋ねた。無言の空気に耐えねたから、換気をする意味も込めて。


「どうしたもこうしたもない。どうして僕が下民なんかと同じ部屋なんだと思っただけさ」


 やはり予想した通り、オリヴァーは同部屋となったダニエルと、アリカのことが気に入らないらようだ。


「同じ部隊なのはまだいい。そもそも、トリオンに配属された新兵の中で名家に数えられるのは、僕のカイエス家と、ユーリのクロイス家だけだったからね」


 トリオン基地司令に配属された新兵の中で、オリヴァーの知っている家系は、クロイス家のみ。


 フリーディア統合連盟軍において、名家、平民といった枠組みがないことはオリヴァーも承知している――が、まさか同室になるとまでは思っていなかったのだろう。


 明らかに不満そうな顔をしている。


「まぁそうピリピリすんなって。これから一緒に戦っていく仲間なんだしさ」


「君は何とも思わないのか? 下民と同じ部屋、対等な立場で扱われることに」


「俺は、あんまりそういうのは思わないタイプなんだ。それにほら、今の時代貴族とかあんまし聞かないから皆よく分かってないんだよ。

 それに家が凄いだけで、俺自身が凄いわけじゃないしさ」


 約180年程昔――統合連盟政府が発足される以前は、各都市が独立して国を発足していたとされている。


 加えて、貴族優遇社会だったこともあり、オリヴァーのような古い家柄は未だに当時の感覚が抜け出せていないのだろう。


 これは本人どうこうというより、教育の問題だ。その違いが如実にょじつに現れてしまっている。


「あのグレンファルト様に目をかけられているというだけで、充分凄いと思うが……」


「あの人には、小さい頃からお世話になってるから……多分弟みたいな目で見てくださってるだけなんだ。

 さっきも言ったけど、俺自身本当大した奴じゃないしさ」


 グランドクロス=グレンファルト・レーベンフォルンは、昔から何かとユーリを気にかけてくれていた。


 自ら最前線に立ち、忙しい中でも帰った時には必ず会いに来てくれるし、悩み相談にも乗ってくれた。


 本当、あの人には一生頭が上がらないな、とユーリは思う。


「僕から言わせれば、謙遜けんそんしすぎだとは思うが……。とにかく君と同じ部隊になれたことは光栄に思うよ。

 君がいなければ、下民臭さに耐えきれずに今頃発狂していただろうしね」


「またお前はそういう……」


 オリヴァーがユーリに対して好感的なのは有り難いことだが、その好意を少しでもアリカやダニエルに分けてやれないものか……。


 そう思い、たしなめようとした瞬間――


「――ねぇ、バスの中でも思ったけどアンタたちって遊びに来たわけ?」


 突如として、アリカ・リーズシュタットが二人の会話に割って入ったことにより、空気が再びよどみ出す。


「何だって? もう一度言ってみろ」


 当然、聞き逃せないオリヴァーは、アリカを睨み付ける。


 そんなオリヴァーの射抜いぬくような視線に、アリカは動じずに「ふんっ」と鼻を鳴らす。


「これから戦争だってのに随分ずいぶんお気楽よね。

 家柄いえがらだけが取り御坊おぼっちゃまのくだらないノリを、戦場にまで持ってこないでくれる?」


 アリカの真紅の瞳が二人を見据える。その瞳には、侮蔑ぶべつの色が宿っていた。


「貴様っ!」


 アリカの言葉は、オリヴァーにとって看過できるものではなかったらしく、明確な怒気どきはらませながら詰め寄る。


「僕は覚悟を持ってトリオン基地に来たんだ。その言葉を今すぐ取り消せ下民!」


 しかし、対するアリカもひるまずに真っ向から反論する。


「口だけなら何とでも言える。それに私は事実を言っただけ。遊び気分で戦争しに来た雑魚ざこ名家のお守りなんてごめんだわ」


 その言葉は、オリヴァーの理性を吹き飛ばすには充分だった。


「――魔術武装マギアウェポン展開エクスメント!」


 その時、オリヴァーの身体の周りからあわい粒子の光が飛び出して、彼の右手に収束されていく。


 やがて明確な形を帯びて形成されたのは、機械仕掛けの白い薔薇ばらのような兵器だった。


――魔術武装マギアウェポン


 異種族を殺す為に用いられる軍事兵器。その機械仕掛けの薔薇ばらを、あろうことかアリカへ突き付ける。


「白い、薔薇ばら? へぇ珍しい形の魔術武装マギアウェポンね。他の連中は、重火器類ばかりだったから、少し驚いたわ。

 それで、チンケなお花を突きつけて何のつもり?」


「アリカ・リーズシュタット。貴様に決闘を申し込む。僕の覚悟が本気だってことを思い知らせてやる」


 オリヴァーの取り返しのつかない宣戦布告に対し、アリカの口角こうかくが吊り上がる。まるでえさを前にする飢えた猛獣のごとく戦意が高ぶらせている。


 二人の間には、見えない火花がバチバチと飛び交っていた。


「おい、ユーリとか言ったな? 止めなくていいのか?」


 さすがに見てられないと思ったのか、今まで静観していた黒人の男性――ダニエル・ゴーンが初めて言葉を口にする。


「俺じゃどう考えても無理だろ。むしろ、あんたの方が見た目いかついし、強そうなんだから二人を止められるんじゃないか?」


「おいおい人を見た目で判断するなよ? 俺は根っからの平和主義者でね。

 静観せいかんしていたのも、余計なトラブルに巻き込まれないためさ」


たち悪っ!?」


「ははっ、そういうことだ。すまんな、シティーボーイ」


 そう言ったダニエル・ゴーンは、豪快ごうかいに笑う。


 その横でオリヴァーとアリカは、一触即発な剣幕で睨み合ったまま対峙している。


(って、呑気のんきに会話してる場合じゃない!? この状況を何とかして収めないと、マズいことになるぞ……)


 アリカとオリヴァー。決闘を行ったとしてどちらが勝ってもこの小隊は崩壊する。


 かといって、止めても二人は絶対に納得しないし、間違いなく任務に支障をきたす。


 戦場に出、て二人の些細ささいいさかいで死ぬなどゴメンこうむる。ユーリは、まだ何もせていないし、答えを見つけられてもいない。


(二人の決闘を止めるのは不可能だと割り切ろう。もし仮に止められたとしても、根本的な解決にはならないし……)


 ならばせめて、被害を最小限にとどめるべきだろう。


(けど、これはなぁ。いや、でもこれしかないよなぁ……)


 ユーリ・クロイスにとって、オリヴァー・カイエスも、アリカ・リーズシュタットも、今日出会ったばかりの、たまたま同じ部隊に配属されたというだけで、特別深い仲というわけではない。


 ゆえに、部隊を変えてもらうという選択が一番手っ取り早いのだが、それは嫌だとユーリは思う。


 何故嫌だと思うのか自分でも説明ができないが、この気持ちに背を向けて逃げ出したら、必ず後悔すると思ったから――。


「オリヴァー、アリカ。一触即発なところ悪いが、決闘を行う上で一つ提案があるんだがいいか?」


 手を挙げて発言するユーリに、二人の視線が集まる。


「何だい?」

「何? それから気安く名前で呼ばないで」


 いぶかしげな表情で答える二人に構わず、言葉を続ける。


「せっかく同じ部隊になったんだからさ、どうせなら俺たち四人全員で模擬戦をしないか? 俺とダニエル、オリヴァーとアリカで組んでさ」


「「「!?」」」


 ユーリの発言内容が予想外だったのか、三者三様驚愕に包まれる。その中でも、特に驚いているのがオリヴァーだ。


「何を言っているんだユーリ!? 模擬戦はまだしも、こんな下民とタッグを組めと言うのか!」


「そうだ。二人とも自分の実力を疑ってないみたいだし、俺とダニエル相手でも余裕だよな?」


「いや、そうは言わないが……」


「あれぇ? 二人ともあれだけ大口叩いておいて、俺らの実力にビビってるのか?」


 ユーリの挑発にたじろぐオリヴァーを他所に、アリカは怪訝けげんな表情を浮かべユーリに問いかける。


「何が目的なの、ユーリ・クロイス?」


「ユーリでいいよ。そっちのが年上っぽいけど、同期だしタメ口でいいよな?」


「…………」


 無言でにらんだままのアリカに、ユーリは構わず続ける。


「俺はただ……居心地悪いまま戦場に立って命を落とすのが嫌なだけだよ。

 この模擬戦でわだかまりを取っ払って、皆で生き残りたいと思うのは悪いことか?」


「……いいわ。とはいえアンタたち如き私一人で充分。どうせなら、三人まとめてかかってきても構わないわよ?

 その際は、リーズシュタット流剣術の真髄しんずい披露ひろうしてあげるから」


 アリカにとっては、相手がオリヴァーであろうが、ユーリであろうが、ダニエルだろうが、どちらでもいいのだろう。戦うことそのものに価値を見出している。


「そう言うなって。アリカが相当実力に自信があるのは分かったが、三対一だとこっちが気まずくて逆にやり辛い。だから公平に、二対ニな?」


「まぁ、戦えるのなら何でもいいわ」


 アリカが同意したことで、これ以上反論するのは大人気ないと思ったのだろう。


 オリヴァーも不服そうに「分かった」と頷き、魔術武装マギアウェポンを解除した。


 先程、彼の手にあった機械仕掛けの白い薔薇ばらは、手品のようにその場から消え失せ、アリカをにらんだまま距離を置く。


「正直、この女と組むのは不服以外の何ものでもないが、ユーリに免じて付き合おう。

 だが、この戦いに勝ったら今度こそ僕と相手をしてもらうぞ、アリカ・リーズシュタット」


「構わないわ。私は誰が相手でも負けるつもりはないから」


 バチバチと再び火花を散らす二人。とりあえずこの場はしのげたことに安堵する。


 何故かユーリも戦うことになったが、自分で言ったことだし、この際割り切ろう。


「と、いうわけでよろしくなダニエル。お前の実力に期待してるからな」


 タッグを組む相棒に向けて、ユーリは笑顔で手を差し出す。


「やれやれ、こっちまで巻き込みやがって。あんまし期待すんなよ?」


 肩を竦め、ユーリの手を取り答えるダニエル・ゴーン。


 こうして、ユーリ・クロイスとダニエル・ゴーン、オリヴァー・カイエスとアリカ・リーズシュタットのタッグによる模擬戦が行われることとなった。

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