第3話 戦闘開始
「は? 何言ってんだ? あのじいさん」
俺はあの執事が言った言葉の意味が分からなかった。いや、分かってはいるがなんでそんなことをさせるのかが分からなかった。
「なぁ、なんでそんなことをさせるんだ? 俺はやりたくないんだけど」
俺は立ち上がって見下ろして来る鬼人たちに聞く。俺はそんなことはしたくないし、そもそも俺は奴隷なんかじゃない。
「ばっ!! 何やってんだ直人! 殺されるぞ!!」
ミカが再び服を引っ張ってくる。ミカの顔色を見るとその顔には血の気なんてなかった。
「いや、お前らだってこんなことしたくないだろ? だからやめても良いかあいつらに聞いてんだよ」
俺はミカに事情を説明して再び見下ろしてくる鬼人たちを見る。すると椅子に座り、肘をついている女の鬼人の目がすうっと細まる。
そして俺に向けて一言。
「……頭が高いな」
その言葉を聞いた執事が俺に視線を向けて。
「《平伏しなさい》」
「っ!! ぐっ!!」
直人は執事のたった一言で膝を崩れた。体が重い、動かそうとしてもまるで体が言うことを聞かない。頭だけでも向けようとするがそれすら叶わない。
「な、に、すんだよ」
「ほほう? 爺やの”真言”を喰らってもまだそんな態度が取れるのか」
あの女の感心したような声が聞こえる。けれど俺は頭を上げられないので今あいつがどんな顔をしてるのかはまでは分からない。
「申し訳ありませんがそのようなことはできません。あなたたちには戦って頂きます。これは決定事項です」
あの爺さんは淡々と俺に告げる。薄々そんな予感はしていたがやっぱり駄目だったか。俺はポタポタと汗を流しながらそんなことを考える。
「爺や、もう良いぞ」
「かしこまりました」
俺の体はふっと軽くなり自由になった。手を動かしてみるが先ほどまで感じた重さはない。さっきあいつが言ってた真言とかの力か? 喋るだけで相手に影響を与えるとかどんなチートだよ。
「では、説明を続けさせて頂きます。あなた達の戦う相手はミノタウルス、ランクBの魔物でございます」
「…ミノタウルス?」
ミノタウルスってあれか? 人の体に牛の頭がついた二足歩行の化け物の。
「なぁ、アズ。ミノタウルスって……」
「終わった……僕たちはもう終わりだよ」
アズは項垂れている。話ができるような雰囲気じゃなかったので代わりにミカに聞こうと思い振り向くがこちらも同じだった。周りも無理だ、死んだと騒いでいる。
「《お静かに》、話の続きですが武器は支給致します。後でお好きな得物をお選び下さい。それに加え、もし勝ち残ることができたならば奴隷から解放し、この国での生活を保証する、それが我が主人が生き残った者に与える褒美です」
「まじか、結局戦わないといけないのか。だるー」
俺は肩をがっかりと落とす。ただでさえ一回死にかけたのに、その上戦うのは牛、もう牛と戦うのは嫌なんだが。
「直人はなんでそんな余裕なんだ? 死ぬのが怖くないのか?」
後ろから声をかけられる。声をかけてきたのはミカだ。直人は振り向いてミカを見るとカタカタと震えていた。アズも一緒だ、2人とも震えを止めようと自分の体を抑えていた。
「なんでそんなに普通でいられるの? 僕たちはこれから死ぬんだよ?」
アズは瞳に涙を溜めて俺に尋ねてくる。よほど怖いのだろう、こんな小さな子供が今からあの化け物たちと戦わなければいけないんだ。泣いてしまっても仕方がないと思う。
「んー、なんでだろうな? なんか死ぬ気がしないんだよなぁ」
直人は首を傾げる。本当に不思議だ。ちっとも怖くない、俺はおかしくなったのか? もしかしてこっちに来た時に何かが変わったのか? けれど違和感もないし、いつもと変わらない気がする。
「……まぁ、別に良いか。お前らもそんなにビビらなくても良いんじゃねえの?」
「それってどう言うことだ?」
「……なんとなくそんな気がするだけだ」
本当にそんな気がするだけだ。確証も確信もない。ただ、なんとなく大丈夫って思ってるだけだ。
「ほら、さっさと武器を取りに行こうぜ」
そして俺たちは武器を取りに行く。本当に俺はおかしくなったのかもしれない。なんでこれから牛の化け物と戦うって言うのに俺はこんなに落ち着いてるんだ?
「……今は良いか。」
どちらにせよ好都合だ。戦いにおいて恐怖はない方が良い。直人にとって戦いとはどれだけ相手の予想から外れるかで勝敗が決まる物、恐怖があるようでは到底相手の予想は越えられない。
「へぇー。お前らはそれにしたのか」
「まぁな。あんたは剣か」
そして武器を持った俺たちは闘技場の真ん中付近に集まった。俺は剣、ミカは槍、アズはナイフだった。
「では皆様、己が持つ全ての力を使い、我が主人を楽しませて下さい」
執事の声が降ってくると同時に目の前の鉄の門が開く。重々しい音と共にその奥にいる生き物が見えた。赤い瞳に2メートル以上ある体の上には牛の頭がついている化け物がこちらを見ている。
「うわぁ。まじでイメージ通りじゃん」
直人はそいつを見てげんなりとする。牛の化け物はもうお腹いっぱいなのだ。戦うなら牛以外の奴が良かった。
「う…あ、」
「あ……あれ、が」
ミカとアズは檻の向こうにいるミノタウルスを見て、後退りをしてしまう。戦闘経験のない者からすればアレは確かに化け物だろう。
「まぁ、なんとかなるんじゃねーか?」
俺はゆっくりと歩いて来るミノタウルスを見て呟く。こいつは確かに強いが俺が殺した化け物程ではない、そう判断した。
「じゃあ、さっさとと終わらせる…か!」
「あ、おい!」
直人はミノタウルスに向かって走り出す。後ろから声が聞こえたが、振り返ることはしなかった。ミノタウルスとの距離がどんどん近づいて行く。ミノタウルスは直人の頭を潰そうと拳を放つ。
「おっと! あっぶねぇ!」
直人はその拳を紙一重で躱す。直人はミノタウルスから繰り出された一撃を見て呟く。
「……1発でも貰えば死ぬな」
その威力は一撃で俺を殺すことが出来る一撃だと。確かにあいつよりは弱いが決して舐めてはいけない相手、自分の力を出し惜しみ出来るほどこいつは甘い相手ではないと。
「こんな武器じゃ、あいつの身体は傷つけられそうにないな」
直人は武器をその場に捨てる。ミノタウルスはその行動を見て首を眉を釣り上げる。当然だ、自分の敵がみすみす己を殺すことができるかもしれない武器を放棄したのだ。
しかし、直人は勝負を諦めた訳でも、命を捨てた訳でもない。ただ、邪魔だと思ったから捨てた、それだけだ。
「安心しろよ。別に勝負を投げた訳じゃねーからよ」
直人は笑う。
「ーー来い」
直人はソレを呼ぶ。ソレは冒険者と呼ばれる者が持つ力、塔をより多く、より早く登るための力だ。まるで神が与えたように人を超人に変える力。その力を人々はこう呼んだ。
祝福、あるいは
「”ギフト”」
「
直人の目の前に光と共に現れた剣、まばゆい光が失われていきその姿を現した。直人はその剣を握る。
「お、おい。なんだよその剣は……」
最初にソレを見て声を出したのはミカだ。震える声でありえないものを見るような声だ。
「お兄さん、何、してるの?」
アズもソレを見て固まってしまう。
「ふざけてる場合じゃないだろ!! 何やってんだよ!」
ミカはとうとう声を張り上げてしまう。けれど怒っているわけではない、ただ本気で心配している、そんな声だ。
「いや、別にふざけてないけど」
「ふざけてるだろ!! そんな、そんな
直人の持っている剣、それは剣とは到底言えるものではなかった。刃は欠けていて至る所が錆びている、もはや剣としての役割は全うできない程にボロボロだ。
これが直人のギフト、冒険者としての力だ。
「まぁ見てろって」
直人はミカに手をひらひらと振って動かなくなる、ただニイッと口角を上げミノタウルスを見ているだけ。それに痺れを切らしたミノタウルスは直人に突っ込んで行く。
「できれば、あのまま時間を潰したかったんだけどな!」
しかしミノタウルスは直人を捉える事が出来ない。直人は攻撃せずにのらりくらりと躱すだけだ。
「あやつは何をやっておるのだ? 先ほどの言動と言い、もしやあれが阿呆と言う奴なのか?」
それを上から見ていた女の鬼人、シャルバ・フォーレスは片目をつりあげて直人を見る。その顔は理解ができないと言った顔だ。
「さて、何をするのかは分かりませんがあの顔は何かを企んでる顔でしょうな」
隣に待機している鬼人、ヒース・ファルバックはヒゲを触りながら愉快そうに直人を見る。
「……そろそろか」
直人は攻撃を避けながらぼそりと呟く。直人はただ考えなしで避けている訳ではない。ソレを作るには時間がかかる、故にその時間を稼いでいたのだ。
「おっと、どんどんギア上げてきてんな」
直人の頬から血が流れる。拳がわずかに当たり頬が切れたのだ。どんどんミノタウルスの動きが早くなる、スタミナ切れがないとさえ思えるほどに攻めるペースが上がっていく。
「お前、疲れ知らずかよ」
直人は苦々しい顔をミノタウルスに向ける。一向に終わる気配のない攻撃をされ続けているせいでうんざりしているのだ。
直人は上をチラッと見て笑う。
ーー完成だ。
直人が目を離した瞬間、ミノタウルスの蹴りが腹部に迫る。
「ぐっ!」
直人はその蹴りをボロボロの剣で受けることができたがその衝撃は受け止めきれずに吹き飛んでしまう。倶利伽羅剣は壊れることなかった。ギフトによって生まれたこの剣は斬れ味はないが耐久力は他の武器より遥かに高い。
ミノタウルスは追撃をするために吹き飛んだ直人に向かって走り出す。直人は膝をついた状態からゆっくりと立ち上がる。
「おい! 早く逃げろ!」
ミカが直人に声をかける。
「つまらん。やはりただの阿呆であったな」
シャルバは冷めた目、つまらないおもちゃを見るような目で直人を見る。ミノタウルスと直人の距離があっという間に縮まり、そしてミノタウルスは直人の頭を握り潰すために顔を掴もうとーー
「ああ、お前なら来ると思ったぜ」
直人の言葉と共にミノタウルスの腕が宙を舞う。その瞬間、場の空気が凍りついたように無音となる。ミカもアズもシャルバもヒースでさえ、未だ空中にある腕を見ている。
「げ、まじか。完全に殺したと思ったのに腕一本かよ。予想よりこいつ遅いな」
その者は腕を抑え、雄叫びを上げるミノタウルスを見ていた。
皆が宙にある腕から声の主へと視線を変える。その緊張感のない声を出したのは直人だ。直人は呑気にボロ布についた砂を払っている。
皆、分かっている。こいつだ、こいつがやったのだ。だがその方法は誰にも分からない。
「……なるほど。そういうことですか」
最初に気づいたのは上から見ていたヒース、その目に映るのは叫び声を上げるミノタウルスでも、呑気に頭を掻いている直人でもない。
「爺や! 何か分かったのか!?」
「ええ、あれをご覧下さい」
ヒースはそう言いながら指を指す。指した先には刀身が血によって赤く染まっている剣が地面に突き刺さっていた。
「なんだ!? 一体どう言うことだ!?」
「おそらく、あの方は上空であの透明な剣を作っていたのでしょう」
ヒースの言っていることは正しい。直人が逃げていたのは空気を固めて剣を作っていたからだ。不可視の剣、倶利伽羅剣は空気、砂、水、火、
「じゃあ、終わらせるか」
直人は突き刺さっていた空気で作られた剣を引き抜き、ミノタウルスへ向かって走り出す。ミノタウルスの血によって赤く染まり透明ではないがもう透明である必要はなかった。
ミノタウルスは残った腕を振るって近づかせないようにするが、意味はなかった。その最後の抵抗すらひらりと躱されてしまい喉に剣を突き立てられる。
「うし、戦闘終了」
直人はミノタウルスに背を向ける。喉から血を流し、ふらふらと揺れているミノタウルスの体は背中から地面に倒れ込んだ。
「おーい、終わったぞ」
直人はいつもと変わらない声色でミカとアズに話しかける。つい先ほどまで殺し合いをしていた人間とは思えない程に軽い口調だった。
「「………」」
ミカとアズは何も喋らずに放心していた。まだ何が起きたのか理解ができていなかったのだ。
現代冒険者のハード異世界ライフ クククランダ @kukukuranda
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