第2話 コロシアム
俺は何が起きてるのかわからず、状況を把握するために馬車の中で考える。ここはまだ夢の中なのか。それとも地獄、あるいは天国なのか?
「おい! さっさと出ろ!」
馬車の中で考え込んでいると、1人の男が入ってきた。スキンヘッドの顔が厳つい男だ。俺はここで気づいたが俺の服も変わっている。ボロ布のような服だ。
「おら! 早く来い!」
「いて、いきなりなにすんだよ」
そのままヤクザみたいな男に手錠を引っ張られて俺は無理やり外に出された。そして俺の目の前に写ったのは信じられないものだった。
「一体これはなんなんだ?」
まず目に写ったのは巨大な建物だ。以前に本で見た外国の闘技場みたいな建造物。そして周りを見ると俺と同じボロ布を着ている者。頭から角が生えている者、猫のような耳、犬のような耳が生えている人間がたくさんいる。
そうして周りを眺めていると。
「さっさと行けや! このグズが!!」
俺を馬車から引きずり出したスキンヘッドの男が背中をどかっと蹴られたことでよろめいてしまう。背中に痛みと衝撃を感じる。どうやら夢や幻覚などではないようだ。俺はすぐに体勢を立て直してゆっくりとスキンヘッドの男を見る。
「何すんだよ。このハゲ」
俺は僅かに怒りを含んだ声をスキンヘッドの男に向ける。すると男は俺の胸ぐらを掴んできた。
「なんだテメェ? 奴隷ごときが一丁前な口を聞いてんじゃねぇよ」
その言葉にイラッと来る。このご時世に人を奴隷扱いするとかなんて野郎だ。人権って言葉を知らないのか? このハゲは。
「奴隷って誰のことだよ。さっきから訳の分からないことばっかり言いやがって」
俺はハゲ男の腕を掴み返して、胸ぐらから無理やり剥がす。どうやら力は俺の方が強いようだ。
「て、テメェ!」
ハゲ男は残った腕を振りかぶる。おそらく俺の顔面に向けて拳を叩き込もうとしているんだろう。だが、それを大人しく受けてやるやる必要なんてない。
俺はカウンターでハゲの顔面に頭突きでもしてやろうと思い、動かない。拳が繰り出されて当たる直前でやってやろうと考えたからだ。
「おい! 何してるんだ! さっさと連れてこい!」
闘技場の中から頭に角を生やした男がやってきたことでハゲの動きが止まる。状況から考えて見るにハゲの男が俺をいつまで経っても連れてこないから様子を見に来たようだ。
「……ッチ! オラ! 早く来い!」
スキンヘッドの男は忌々しげに舌打ちをした後に俺の鉄でできた手錠を引っ張って行く。引っ張られると結構痛いので引っ張らないで欲しいんだが。
「ほえー。中もイメージ通りだな、いかにも闘技場って感じだ」
中はまさにコロッセオだ。砂の地面に円形のステージ、そして中には俺と同じ服を着ている人たちが5、6人ほどいる。その中には俺に声をかけてきた銀髪の子供がいた。俺は銀髪の子供の近くまで歩いて声をかける。
「おーい、そこのちびっ子2人。ちょっと良いか?」
「あ? …あんたはさっきの」
いきなりメンチをきってきた銀髪の子供、俺は一瞬びっくりしたがそのまま構わずに続ける。
「なぁ、ここって日本じゃないよな? ここら辺で空港のある所とかって分かるか?」
俺は銀髪の子供と黒髪の子供を見て2人に聞く。ここは見た所日本じゃない。だからどうにかして飛行機かなんかで日本に帰ろうと思っている。
しかし2人は俺の言葉がよほどおかしかったのか、変な奴を見るように眉を
「あんたは何言ってんだ? 日本なんて国は聞いたことねぇし、くうこう?ってもんも聞いたことがねぇ」
「は? マジ?」
銀髪の子供が言ったことが本当ならばマズイ。飛行機がない程の辺境に飛ばされたとして、そんな所から日本に帰るなんて絶望的だ。俺は頭を悩ませる。
「変な奴だな。なぁ、アズ」
「そうだね。でも、悪い人ではなさそう」
俺がどうやって帰ろうかと悩んでいる中、2人のちびっ子たちは俺を見て何か言っていたが気にしてる余裕は俺にはなかった。
「………ええー? マジでどうしよう。何も思いつかねえ」
必死に頭を悩ませるが何も思い浮かばない。俺は中学を卒業してすぐに”冒険者”としてやっきてきたから頭はそんなによろしくないのだ。
「……まずはここがどこか知らないとな。なぁ、ここってどこなんだ?」
俺はまず、ここがどこなのかを知ることにして2人に聞く。なんでこんな所まで飛ばされたのかは分からないが、今はどうでも良い。まずは帰る方法を考えないとな。
「あんたは本当におかしな奴だな。まぁ良いか、ここは”フォーレス国”、鬼人が統治している国だ」
「鬼人? 鬼人ってあれか? 頭に角が生えてる奴らのことか?」
「そうだ、あんたもさっき見ただろ?」
「…………」
急に嫌な予感がしてきた。そんな奴らは聞いたことがない、更に獣の耳が生えた獣人………もしかしてここって、でもまだ確証はない。俺は意を決して聞くことにする。
「なぁ、地球あるいは塔って聞いたことあるか?」
「なんだそりゃ? そんなの聞いたことないぞ」
その言葉を聞いて俺は上を向いて目をつぶった。この2つの言葉を聞いたことがない人間はいない。それで確信を得た。でもそんなことがあるのか? いや、でも実際に起こってるしな。でも、まさか自分の身に起きるなんて。
「まさか異世界に転生、いや、転移か。自分がするとは思わなかったな」
とりあえずどうしようか。仮にここが異世界だとしたら、何かチートとか貰えたりするだろうか? ひとまず試してみるか。
俺は前に手をかざす。
「ステータスオープン」
「…あんた、何やってんだ?」
「……変な人」
けれど何も起きない。あるのは白い目で見てくるちびっ子たちの視線だけだ。やっべぇ、くそ恥ずかしい。
「いや、なんでもない」
俺は居た堪れない気持ちになり、2人から顔を逸らす。自分より年下の子供があんな目を向けて来たと思うと想像以上にダメージがでかい。
「ええと、俺は日比谷直人って名前だ。性が日比谷で、名が直人」
俺は空気を変える為に2人の方へ向いて自己紹介をする。
「あんた、このタイミングで……まぁ、良いか。俺はミカ、性はない」
「僕はアズ、同じく性はないよ」
俺は2人をしっかりと見て気づいたことがある。こいつらめっちゃ顔整ってる。身なりは俺と同じボロ布を着ており、痩せ細っているがそれを差し引いても綺麗だ。銀髪の方は美人になりそうな顔、黒髪の方は可愛くなりそうな顔がこの時点で分かる。将来はきっと大変モテるだろう。
「それにしてもお前ら、本当にちっこいな。歳は幾つなんだ?」
俺は疑問に思ったことを聞く。こいつらはどう見ても俺より4、いや5つは下だ。
「俺もアズも12だ」
6つも下だった。小学6年、中学1年くらいの歳だ。そんな奴らがなんでこんな格好をしてこんな所にいるのか気になった。
「本当に子供じゃん。ちゃんと飯食ってんのか? 親は?」
俺は思ったことを2人に聞いた。すると2人は暗い顔をしてわずかに下を向く。
「親は、分からねえ。死んでるのか、生きてるのかさえも」
「……僕たちはスラムで育ったから、食べられる物なんかほとんど無かったよ」
それを聞いて思わず絶句してしまう。こいつらめっちゃハードな人生送ってんじゃん。俺は不用意に聞いてしまったことを後悔した。
「本当にごめん。嫌な思いをさせたな」
俺は頭を下げる。子供だろうと、大人だろうと関係ない。これは完全に俺が悪い。俺は自分が悪いと思ったのなら誠心誠意込めて謝ると決めている。
「いや、別に良いよ」
「そうだね。まさか僕たちみたいな子供に頭を下げる人がいるなんて、最期に良い人に会えて良かったよ」
2人は俺を許してくれたみたいなので頭を上げる。いや、待て。さっきアズが言った言葉を思い出せ、なんて言った? 最期に会えて…最期?
「なぁアズ。最期ってどう言う意味だ? この後なんかあるのか?」
俺は最期の意味が分からず、聞くことにする。するとアズはどこか諦めたような顔をしている。ミカを見るとこっちも同じだ。するとアズは俺をじっと見て。
「知らないの? これから僕たちはこれから死ぬんだよ」
「は? なんで死ぬんだよ。これからなんかあんのか?」
意味が分からない。なんでいきなりそんな話が出てくるんだよ。冗談か? けど2人の表情を見るに冗談を言っているようには見えないな。
「本当に何も知らないの? 僕たちはこれからーー」
けれどアズの言葉はそこで止まり、別の方向に目線をやっていた。
「これから? おーい、もしもーし」
俺は不思議に思ってアズの目の前で手を振るが反応はない。俺はミカに聞こうと思って振り向くがミカは別の所を見ていた。2人は急に黙ってしまったので若干怖くなった。
俺は2人の見ている方向を見る。2人が見ていた方向には人…いや、鬼人がいた。真紅の髪、2本の角、服は動きやすそうだが、とても金がかかっているように見える。そんな絶世の美少女が豪華な椅子に腰掛けて俺たちを見下ろしている。
俺がそいつを見て思った印象は……
「金持ってんなー」
それが俺の感想だった。金がかかってそうな服に椅子、そして最も目についたのはそいつの横に置いている槍。あれはおそらく業物だ。売れば一生遊んで暮らせるくらいの値がつくだろう。
俺はその槍をじーっと見る。あれはおそらくただ斬れ味が良いとかそんなちんけな物ではない。もっと特別な力があると俺は見ている。
そうして俺が立ったまま、見ていると後ろから服をぐいぐいと引っ張られる。何事かと思って見てみるとミカとアズが引っ張っていた。
「あ、あんた! 何やってんだ! 早く膝をつけ! 死にたいのか!」
「そ、そうだよ! ほら早く!」
2人は必死に引っ張っており今にも死にそうな顔色をしていた。俺は状況は分からないがとりあえず言われるがままに膝をついた。
すると、見下ろしている鬼人の横にいる執事のような老人が口を開く。
「これから、あなたたち奴隷の皆様には魔物と戦って頂きます」
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