現代冒険者のハード異世界ライフ

クククランダ

第1話 死の間際の夢



「あ〜、こりゃやばいな。もう駄目かも」


 日比谷直人は薄暗い洞窟の中で腹を抑えながら呟く。抑えている腹からは血がどんどん流れ出ていた。この階層にいた化け物のような牛にやられたのだ。そいつはなんとか殺せたが代償として腹を貫かれてしまった。


「やべっ」


 足に力が入らずにこけてしまう。立ちあがろうとしても足に力が入らず立ち上がれない。血が外へ抜けていき寒くなってくる。なんとなく直人は分かっている。ここが自分の最期、誰にも見られることなく、誰にも知られることもなくここで独りで死んでいくのだと。


「……まあ、特に心配してくれるような奴もいないか」



 別に自分が死んでも誰も悲しまない。家族はいない。ずっと施設で育ったから。その施設でさえ直人は嫌われていて良く虐められていた。


「……いや、あいつだけは良く助けてくれたな」


 その時の記憶を掘り起こし、ぼんやりと思い出す。そいつが良く助けてくれた時の光景を。いつも一緒にいてくれた男のことを。


「あったかい。けど寒いなぁ」


 それは自分の血、そして血が抜けて行って寒くなっていくのを感じていた。もうそろそろ俺は死ぬだろうと。


「ああ、悔しいな」


 悔しさとやるせなさで思わず涙が出てしまう。まさか18歳で死ぬとは思わなかった。もっと美味い物を食べたり、息をすることすら忘れるような光景を見てから死にたかった。


「ごめんな。お前との約束は守れそうにないわ」


 それはいつの日かあいつと交わした約束。俺の分までたくさんのことを経験して、爺さんになってからに来いと言われたあいつとの最後の思い出。



「もし……死んであいつに会えたら、謝りに行くか」


 どんどん瞼が重くなっていく。なんだか徹夜をしたあとみたいだな。そんなことを考えながら目をゆっくりと閉じる。





『グス……ヒック』


 小さな黒髪の子供がどこかの建物の端っこで泣いている。アホ毛がぴょんと上から生えている小さな男の子。


「……懐かしいな」


 その子供は昔の俺だった。直人は自分の小さい頃の夢を見ている。8年くらい前の俺を今の俺が見ている。奇妙な夢だ。


 そうだ、昔の俺は泣き虫だった。虐められている時も良く泣いた。なんで虐められてたんだっけ? 確か生意気だ、とか睨んで来たとかそんなくだらないことだった気がする。


『大丈夫か?』


『グス、君は?』


 そこに、茶髪の子供が小さな俺に声をかけてきたんだ。最近施設に来た俺と同い年くらいの子どもだ。


『俺? 俺は篠山薫しのやまかおるだ』


『……日比谷直人』


 俺たちはここで出会ったんだ。今思えば全てはここから始まったと思う。


『で、なんで泣いてたんだよ? なんかあったのか?』


『………僕は生意気だって、何にも出来ない鈍臭い奴だから見ててイライラするって言われて、いつもイジメられるんだ』


 夢の直人と薫は日陰の所で2人で座って話していた。薫は俺の話を一通り聞くと立ち上がる。


『そんなの許せねぇな! ……良し! 何かあったら俺に言え! 俺が絶対に助けてやる!!』


 薫は正義感がとても強い子供だった。こんな俺にさえ、明るい笑顔を向けてくれる優しい奴だった。




『お前は何やっても鈍臭いな。そうだ! “塔”に入ればお前の鈍臭さも少しは治るんじゃないのか?』


『良いなそれ! ほら入って来いよ』


 塔。それはこの世界に突然現れた未知の建造物。誰が、どうやって、何の目的で建てたのか分からない、この世界の理を全て変えてしまった存在だ。



『ほら、はーいーれ。はーいーれ』


『『『はーいーれ、はーいーれ、はーいーれ』』』


『無理だよ。死んじゃうよ。なんで、こんなことするんだよ』


 3人くらいの男の子が俺を囲んで手拍子をする。小さな頃の俺は涙を流してしまう。


『うわ! 直人くん泣いちゃった!』


『いつもいつも泣いて、子供でちゅねー!』


 それを面白そうな目で見てくる男の子たち。施設での俺の毎日はこんな感じだった。


『やめろー!』


『ぶへ!』


 手拍子をしていた1人の小デブの男の子が吹き飛んだ。飛んで来た薫に蹴り飛ばされたのだ。薫は他の2人の指を指してでかい声で言った。


『お前ら! こんなことしてて恥ずかしくないのか!』


『な、なんだお前! お前には関係ないことだろ!』


『いーや、ある!』


 そうすると薫は俺の方を一瞬だけ見て再びいじめっ子たちを見た。


『直人は、俺の友達だ!』


 この時は本当に嬉しかったなぁ。生まれて初めて友達と言ってくれた、打算も何もなく純粋な気持ちで俺を助けてくれた。


『友達ぃ?』


『そうだ!』


 そうするといじめっ子は急に笑い出す。


『ハハハハハ! こんな奴の友達なんかやめとけよ。お前は最近来たばっかで知らないかも知らないけどな、こいつは本当に何も出来ないんだぜ?』


 いじめっ子は子供の時の俺を見る。昔の事とは言え、やっぱりこの3人は今見てもムカつくな。


『だから優しい俺たちが構ってやってんのさ。分かったらどっか行けよ、よそ者が』


『お前たちはただ弱いものいじめがしたいだけだ! この卑怯者!』


 薫は間髪入れずにすぐに言い返す。それに反応したいじめっ子が薫を睨め付ける。


『なんだとぉ? おい! あのよそ者もいじめるぞ!』


『俺は、卑怯者なんかには負けないぞ!』


 薫は馬鹿正直に真正面から3人に突っ込んで行った。当然負けた、俺も加勢したが役には立たなかった。俺たちは2人仲良く地面に大の字で倒れていた。


『はぁ、はぁ、はぁ』


『はぁ、はぁ、僕、初めてあいつらと喧嘩した』


『なら、一歩前に進んだな!』


 薫は首だけをこちらに向けてニッと明るい笑顔を向ける。


『うん、ありがとう薫。もう僕、いや、俺もあいつらなんか怖くない!』


『おお! その調子だ!』


 俺たちは倒れながら一緒に笑い合った。


 俺は薫がいてくれたから変われた。俺にとってヒーローみたいな奴だった。


 その後も俺たちは一緒にいた。困った人を薫と一緒に助けたり、あのいじめっ子が俺以外を虐めてた時は2人で飛んで行ってた。薫と一緒の時は色々と楽しかった。


 俺は幸せだった。そう幸せ



 幸せってのはいつも簡単に壊れてしまう。5年、いや4年前に薫は死んだ。殺されたんだ。



 俺は薫がいつまで経っても帰ってこなかったから夜にこっそりと抜け出して探しに行ったんだ。


『かお……る?』


『な、おと……か?』


 薫を見つけたのは夜中だった。俺はすぐに薫に駆け寄った。薫に触れると背中から血がどんどん溢れ出て来て、息も絶え絶えになっていた。背中をばっさりと何かで切り裂かれていた。



『おい! その傷どうしたんだよ!』


『……分からない。気づいた時には、こうなってた』


『くそ! 止まれよ! なんで止まってくれないんだよ!!』


 この時の俺は背中から流れ出る血を必死に止めようとした。けれど自分の服を脱いで傷口に当てても真っ赤に染まるだけ。流れ出る血が止まる気配はなかった。


『大丈夫だ! すぐに病院に連れて行くからな! 絶対に助かる!』


 俺は半ば自分に言い聞かせるように言いながら薫を背負って病院まで走った。


『なぁ、直人』


『どうした!? 傷が痛いのか!? もう少しだから我慢してくれよ!』


『お前は、たくさんの経験をしろよ。美味い物をたくさん食べて、楽しいことをいっぱいして、家族を作るんだ。………おれ……との…約束、だ』


 薫の言葉にはいつもの力はなかった。俺は走って行く中で俺の腕に何かの液体が流れて行くのを感じていた。それが何か分かっていた、けれど分かりたくなかった。


『何言ってんだよ! それは俺たち2人でだろ! ほら! 病院が見えてきたぞ! もう少しだから頑張れ!!』


『俺は、楽しかった。お前と一緒にいた4年間は今までの中で1番幸せだった』


 穏やかな顔を浮かべている薫。そんな薫を泣きそうな顔になりながら抱えて走っている子供の頃の俺。この時はもう必死だった。


『ありがとうな……直人』


『すいません! こいつを診てください! 背中の血が止まらないんです!!』


 俺は近くにいた看護師に必死に伝えて医者に診てもらった。


『残念ですが……手遅れです』


 医者は首を横に振っていた。子供の頃の俺はその言葉を聞いて医者にすがりついている。


『なんでだよ、あんた医者なんだろ? これくらい治してくれよ! なぁ、お願いだよ』


 子供の頃の俺は泣きそうな顔になりながら医者にズボンを掴んでいる。


『……落ち着いて聞いてくれ。彼はもう、死んでる』


 その言葉は俺を絶望させるには充分だった。小さな頃の俺はそれを聞いて膝をついて項垂れる。


『彼の背中は、獣のような鋭利な爪で切り裂かれた傷があった。それが原因だ』


『う……薫…なんで、こんな』


 小さな頃の俺は昔のように涙を流す。もっと俺が早く来ていれば、今日はずっと薫と一緒に居れば。そんな思いを抱えてゆらりと立ち上がった。この時の俺には分かっていた。


 これは人間の仕業だと。


『絶対に許さない』


「……そうだ、絶対に許すな」



 昔の俺は憎しみに満ちた目をしていた。その目はおよそ子供がして良い目ではない。この時に俺は誓ったんだ。俺の唯一の友達を、家族と呼べる人を俺から奪った奴を。


「『殺してやる』」


 子供の俺、今の俺の声が重なる。


「昔の俺はこんな顔をしていたのか」


 俺は最後に小さな自分を見た後に出口まで歩く。


 たとえ夢だとしても最期に薫の顔が見えたから満足だ。もう思い残すこともない。俺は背中を向けて病院から出る。


 病院から出ると先ほどまでの道がまるで地獄のような光景に変わっていた。けれど別に驚きはしない。


「考えてみりゃ当たり前か。俺が薫と同じ所に行ける訳ないよな」


 俺は自嘲気味に笑う。俺は天国や地獄があるのならば間違いなく地獄行きだ。そんなことは自分が1番分かってる。


「けれど、後悔はねぇな」


 俺は後悔はしていない。薫ともう会えないのは寂しいが俺はあいつとの思い出がある。ああ、でも1つだけ思い残すことはあるか。


「最後に、長生きできなくてごめんって謝りたかったなぁ」


 俺は天を仰ぐ。俺が見ている所に薫はいるのだろうか? 薫は天国で幸せに暮らしているのだろうか? 


 そんなことを考えていると。


「な、なんだ!?」


 突然の地震のような揺れ。俺はそのあまりの激しさに立って居られずに体勢を崩してしまい、地面に倒れた。


「は!? なんだこりゃ!?」


 そして全てが揺れている中、俺は地面に吸い込まれた。暗闇、真っ暗、光の無い空間で俺は漂っている。ここが地獄なのか?


「………」


 俺は目を閉じる。なぜか眠気を感じる。地獄って言っても眠気は感じるんだな。俺はそのまま眠気に任せて眠ることにした。




「い……おい! もう移動だぞ!!」


「んあ? なんだぁ? ……は?」


 俺はでかい声のせいで目が覚める。すると銀髪の髪の子供が目の前にいた。



「ミカ、早く行かないと僕たちも殴られるよ」


「ああ、分かってるよ。おい、お前も早く来いよ!」



 そう言いながら銀髪の子供と黒髪の子供は手錠をつけながら馬車から降りていく。



「どうなってんだ? 俺は確かに死んだはず……」



 俺は違和感に気づいて手を見てみると俺にも同じように手錠がつけられていた。



「えぇー? まじで何が起きてんだ?」



 直人は馬車の中で1人呟いた。


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