第30話 再会


 るきあに促されて、わたしは一人で空港の展望デッキへ来た。

 日本の春の日差しは、ドイツより暖かい。

 そこには、飛行機を見送る人がたくさんいた。

 出入り口の近くに、鳴沢の姿を見つけた。

 もう高校生じゃない、大学生の鳴沢。

 私服姿で少し大人っぽく感じるが、あんまり変わっていないことに安心する。


 鳴沢はこちらに気づいておらず、空を眺めているようだった。

 すぐ近くにいるのに、緊張で足に力が入らない。

 どうしよう、わたし、変じゃないかな。

 挨拶程度しか話したことないのに、助けられたから「好きです」って、自分で考えても恥ずかしい。

 ……うん、やっぱり帰ろう!

 鳴沢とは、今度また、みんなと一緒の時にでも挨拶すれば……。


 と、踵を返した時、目の前に眉を顰めたるきあが立っていた。


「もう、そんなことだろうと思った!」

「る、るきあ……」

「大丈夫! 鳴沢くんもヒロのことずっと心配してた! それに、もし何かあっても、看護師のタマゴのるきあちゃんがいるから! 行ってこい!!」


 と言って、ドンっと力強く押された。

 

「わ、わっ……!」


 そのまま鳴沢の方へよろけて、ぶつかりそうになったところを、肩を掴まれ支えられる。

 

「わっ!? 大丈夫ですか?」


 鳴沢の声を聞いて、心臓が跳ね上がる。

 謝らなきゃ……。えぇと、「すみません」?「ごめん」?

 久しぶりで、なんて言えばいいかわからなかった。

 顔を上げると、どうやらわたしに気づいたようで……。

 

「……えっ!? 香西……なのか?」

「うん……。た、ただいま……」


 二、三歩下がって、ようやく、それだけ言えた。

 恥ずかしくてまともに顔を見ることができず、目を逸らしてしまう。

 鳴沢も心なしか顔を赤くして、緊張しているようだった。

 

「わ、わたし……変じゃ、ないかな?」


 サリィさんに見立ててもらって、いつもは着ないスカートを履いて、お化粧も教えてもらった。

 でも、どれだけ努力しても、周りが高校生までの香西ヒロをすぐに払拭できるわけじゃない。

 だから、会うのがとても怖かった。

 

「いや、大丈夫。……言葉遣い、直したんだな」

「うん。物凄くがんばった」


 そこは、自分で自分を褒めたい。

 正直言って、病気を治すよりも言葉遣いを直す方が大変だった。

 

「もう……発作は大丈夫なのか?」

「うん……」


 鳴沢を目の前にしても、普通にドキドキするだけ。

 発作は起きてない。

 

「何を言っても大丈夫なのか?」

「うん」


 実を言うと、それが最終治験だ。

 告白されても、発作が起きないかどうか。

 でも、どうやって告白してもらおう?

 やはり、わたしの方からわないといけないだろうか?

 

「抱きしめても、大丈夫か……?」

「うん…………えっ!?」


 言うや否や、鳴沢の腕の中に包まれた。

 ぎゅっと抱きしめられて、ああ、やっぱり鳴沢は男の人だと、実感した。

 これは、告白と捉えていいのだろうか?

 

「離したくないな……」

「えっ!?」


 ポツリと、耳元ですごいことを言われた。

 

「あ、いや! ごめん、心の声が出た!」


 正直に答える鳴沢に、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。

 良かった。もう、何を言われても平気だ。

 

「香西。待たせすぎだぞ」

「うん、ごめん。二年もかかっちゃって」


 気持ちを返すように、鳴沢の背中に手を回す。

 すると、鳴沢は優しく笑って、指でわたしのおでこを突いてきた。

 

「二年じゃねーよ、ばーか」

「えっ?」

「十二年だよ……」


 そう言って、鳴沢はわたしの頭を撫でて、胸元へ引き寄せた。

 

「俺はきっと、あの日からお前の事が……」


 言われて、十二年前のあの公園での出来事を思い出す。

 助けてくれた男の子。

 名前も知らない、わたし・・・のヒーロー。

 ああ、そうか。そうだったのか。

 こんなにも想われていたなんて、わたしはなんて幸せ者なんだろう。

 

 わたし達は、今までの時間を埋めるかのように、人目もはばからず抱きしめ合った。

 


 それから数ヶ月後。引っ越しも終えて落ち着き、わたしとるきあと鳴沢は、迫河の運転する車で長野県に向かっていた。

 五月中旬の、少し暑くなってきた季節。

 篠さんの、命日である。

 

「それにしても、迫河がわたしの正体を知っていたなんて、驚いた」


 後ろの座席から、迫河に話しかける。

 

「山本先生に、キツく口止めされていたからな……!」


 車のルームミラーに映る迫河は、苦笑していた。


「でも先生、本当によく貫き通せましたね。いつかボロが出るんじゃないかって、気が気じゃなかったですよ」


 助手席で話すのは鳴沢だ。

 鳴沢と篠さんはほとんど面識がないのに……。

 迫河とるきあと一緒に墓参りに行くと言ったら、着いてきてしまった。

 相変わらずの心配性だ。

 

「香西、本当にもう、大丈夫なんだな?」


 こちらも心配性だったか、迫河は念を押してきた。

 

「うん、まだ薬は飲まなきゃいけないけど。今日は、車出してくれてありがとう、迫河」


 篠さんの働いていた花屋で、篠さんの好きだった花を訊ねて購入した。

 店主である篠さんの叔母は泣いて喜んでくれて、サービスだと、カラーの花をとても大きな花束にしてくれた。

 おかげで、わたしとるきあは後部座席で花束に圧迫されながら、車に揺られている。


 数時間かけて、長野県に入った。

 高速を下りて、そこからさらに数十分。霊園に着いて、みんなで朝倉家の墓石の前に立つ。

 お線香を立ててカラーの花束を捧げようとしたけど、あまりにも大きすぎたので、数本抜いて花筒に入れ、残りは持ち帰ることにした。

 

「篠さん……ごめんね、遅くなって……。やっと、来れたよ……」


 間に合わなかった。

 篠さんに、今のわたしの姿を見てもらいたかった。

 みんなで墓石の前で手を合わせ、目を閉じる。

 

 私は、篠さんのような人を救える医者になってみせます……。

 だから、見守っていてください……。


 そう心の中でつぶやいて目を開けると、迫河だけがまだ手を合わせていた。

 きっと、たくさん伝えたいことがあるのだろう。

 やっと目を開けたと思うと、迫河はニコッと笑って、

 

「さあ、メシでも食って帰ろうか! 今日は、俺のオゴリだ!」


 と言って、駐車場の方へ向かって行った。

 

「やったぁー! 先生、太っ腹!」


 るきあは能天気に喜んで、その後をついて行く。

 私も続こうとすると、鳴沢に呼び止められた。

 

「香西」

「ん?」


 立ち止まって振り向くと、わたしの隣に並んで、こっそりと手を繋いできた。

 

「今度は、ふたりで来ような」

「……うん、そうだね」

 

「ふたりとも、早く行くよー!」


 話していると、るきあが向こうで大きく手を振ったので、鳴沢と繋いでいる方の反対の手を振り返した。

 

「今行くー!」


 *


 迫河に長野の蕎麦をご馳走になって、また数時間かけて地元に戻ってくると、もう夕方になっていた。

 駅前で解散して、るきあは「ふたりでごゆっくり〜」と言い残して家に帰った。

 夕日が背中側に当たって、伸びる影を見ながらふたりで鳴沢の家の方へ歩く。

 途中で、あの公園があった。

 少しだけ小学生が遊んでいて、時計が五時を示すと一斉に帰って行き誰もいなくなった。


 ずっと怖くて、思い出すだけでも発作が起こって、近づけなかった。

 もうなにも起こらない。

 でも、発作は起こらないけど、あの時の恐怖は、変わらない。

 

 公園の入り口で、思わず鳴沢の手をぎゅっと握った。

 すると、鳴沢が手を握り返してきた。


「大丈夫」


 そう言って、わたしを真っ直ぐに見つめてくる。

 

「なにかあっても、また俺が守るから」


 夕日に照らされてオレンジ色になった鳴沢の顔は、あの時の幼いヒーローのように。

 自信に満ち溢れた、最高の笑顔だった。

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【完結】あの日助けた君はワケあり男装女子で 草加奈呼 @nakonako07

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