第12話 十年前の、【side鳴沢】


 あれはたしか、十年くらい前のことだったと思う。

 休日だというのに親父は書斎にこもって仕事をしていて、母さんも仕事で家にいなくて暇を持て余していた。

 仕方なく一人で近所の公園へ行くと、甲高い叫び声が聞こえてきた。

 

「それもダメ!」


 声のした方を見ると、黒髪でショートカットの子が怪しい男に絡まれている。

 俺と同い年くらいの子だ。

 も、もしかして、 ”ふしんしゃ”ってやつか!?

 慌てて辺りを見回すが、他に大人の人はいない。

 その子は叫んでいたが、誰もいなかったのだ。

 

 よーし、シャイニングマンになってやっつけてやる!

 大好きな戦隊モノのリーダーになりきって、俺はその子を助けることにした。

 

「とーーーーーーうっっ!!」


 俺は、後ろから思いっきり男のふくらはぎ辺りに蹴りを入れた。


「いてっ!! なんだこのガキ……!」

「正義の味方、シャイニングマンたーんじょーうっ!!」

 

 男は一瞬こちらを向いたが、何かハッとしたような顔をした。

 そして、舌打ちをして逃げていった。

 やったぁ、不審者をやっつけたぞ!!

 俺は、満足げにその子に手を差し伸べ、シャイニングマンの決め台詞を言った。

 

「“俺が来たからには、もう安心だ! さあ姫、お手をどうぞ”」


 リーダーがいつも助けたヒロインに言う言葉。

 やっぱり、これがなくちゃシャイニングマンじゃない。

 しかし、その子は俺の手を取るわけでもなく、その場にうずくまってしまった。

 

「うぐっ……げほっ、げほっ!!」

「ど、どうしたんだ!?」

 

 苦しそうにしている。

 どうしたらいいかわからずオタオタしていると、近くにいたツインテールの女の子が叫んだ。


「君、大人の人呼んできて! 早く!!」

「わ、わかった……!」


 あれは何かの病気かもしれない。

 それなら、家に戻って親父を呼んで来た方が早い!

 そう考えながら走った。


「親父ーーーー!!」


 書斎の扉を乱暴に開ける。親父が家にいて良かった。

 

「どうした、そんなに慌てて?」

「近くの公園で! ふしんしゃが! 絡まれてた子が苦しがってて!!」


 息を切らせて、なんとか意味が通じるように説明する。

 

「わかった、すぐ行こう!」


 親父を連れて公園へやってくると、変わらずあの子は苦しんでいた。

 

「親父、こっちだよ!」

「嫌な予感はしていたが、やっぱりヒロ君か!」


 親父の知ってる子なのだろうか、しゃがんで声をかけている。

 

「これはいかん! 救急車を呼ぼう!」


 言いながらスマートフォンを取り出して、すぐに119番を押す。

 救急車が来るまでの間、親父はいろいろと処置をしていた。

 当時の俺は何をしているかまではわからなかったが、初めて医者としての父親の姿を見て、かっこいいと思った。

 そして、救急車が来て俺と親父と一緒にいた女の子は、付き添い人として一緒に鳴沢病院へ向かうのだった。


 生まれて初めて救急車に乗って内心興奮していたが、そんな雰囲気じゃないことは俺にもわかった。

 病院に到着して、すぐにストレッチャーであの子は運ばれて遠くなっていった。

 向こうで親父と母さんが何かを話していて、俺の方をチラリと見た気がする。

 一緒にいたツインテールの女の子は、親父と母さんから事情を訊かれていて、母さんと一緒にあの子のいる処置室へ入って行った。

 俺だけ仲間外れなようでつまらなかった。

 けれども、実際俺は部外者だし、親父を呼びに行くことしかできなかった。

 付き添わずに家に帰っていれば良かった、と思いながら廊下の長椅子に座って足をぶらぶらさせていると、親父がやってきた。

 

「佑二。おまえ、あのショートヘアの子を助けたのか?」


 あの女の子から事情を聞いたのか、そう訊ねてきた。

 

「うん、変なおじさんに絡まれてて、嫌そうだったから」

「危ないから、今度からそういう時は大人の人を呼びなさい」

「はい……」


 と返事はしたものの、今日に限って周りに人がいなかったんだよ、と心の中で言い訳した。

 

「まあ、過ぎた事をグチグチと叱っても仕方ない。それよりも、その時の事を詳しく教えてくれないか?」

「えっと……。 シャイニングマンになりきって……。『姫、お手をどうぞ』って、助けようとしたら……」


 少しずつ思い出して、辿々しくも説明した。

 

「苦しみ出した……?」

「うん……」


 言い終わると、親父はため息をついた。

 俺は、何か間違ったことをしてしまったのだろうか?

 

「いいか、佑二。 あの子は特殊な病気なんだ。おまえが近づくと、悪化してしまうかもしれない。だから、 今後会っても近づいてはいけないよ」

「そうなんだ……。友達になれるかと思ったのに、残念だな」


 あの子達は同い年くらいだった。

 でも見たことがない子だったから、きっと学校が違うのだろう。

 

「しかし、かなり危なかったが、あの子はもう大丈夫だ。さあ、一緒に帰ろう」


 あの子はしばらく入院して、母さんが担当医になるという。

 俺はあの子のことが気になっていたけど、医者には「守秘義務」があるから何も教えてもらえなかった。

 ただ、数日後に「元気になって退院したよ」ということだけ教えてもらった。

 

 元気になったのなら、また会えるかなと、あの公園に何度か行ったりもした。

 でもそれ以降、あの子達が来ることはなく……。

 十年の間に、すっかり記憶から抜けてしまっていたのだった。

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