第11話 正義のヒーロー


「ヒロー! かくれんぼおにしようよー!」


 八歳のるきあが、大きく手を振る。

 休日に、二人で少し遠くまで探検していた。

 いい感じの公園を見つけて、そこでるきあが提案してくる。

 

「ふたりで? まあ、いいけど……」


 いつもの公園よりも、たくさん遊具があって、隠れる所は多そうだ。

 しかし休日だというのに誰もいない。

 穴場の公園なのだろうか。

 秘密の場所を見つけたみたいで、オレ達は舞い上がっていた。

 

「じゃーんけーんぽん!」


 オレはグー、るきあはパーを出した。

 

「ヒロの鬼〜っ! 十秒数えてね♪」


 るきあは、あっという間に遠くまで行ってしまった。

 目を両手で覆って、数え始める。

 

「いーち、にーい、さーん、しーい、 ごー、ろーく、しーち、はーち、 きゅーう、じゅう! よーし、捕まえるぞー!」


 パッと手を離して目を開けた時、目の前に知らない大柄な男の人がいた。

 男は、こちらを見て笑顔で話しかけてきた。

 

「君、かわいいね〜。写真、撮らせてよ」


 スマートフォンのカメラレンズをこちらに向けてきたので、手で顔を隠した。

 すぐに不審者だとわかった。

 

「ダメです!」

「じゃあ、 おじさんとあっちでお話ししようよ。 最近、小学校で流行ってるものとか」

「それもダメ!」


 不審者の男がオレの腕を掴もうとしてきたので、逃げようとした。

 Tシャツにハーフパンツという男の子の格好をしていたのに、声をかけられたことに、ぞわりとする。

かわいい・・・・」と言われた。

 性別を偽ったって、意味がないんじゃないかって怖くなった。


 ──いやだ。

 

 遠くに隠れていたるきあがこちらへ走ってきて、オレの名前を叫びながら、防犯ブザーを鳴らそうとした時……。


「うっ……」


 発作が起きてしまい、膝をついた。

 

「えっ……? まさか、発作!?」


 るきあには発作のことは説明してあった。

 しかし、実際るきあの前で発作を起こしたのは初めてで、そのせいでるきあは防犯ブザーを鳴らすのをためらってしまった。

 幸い、不審者の男の方もオレを見て戸惑ってしまったようで、その場でオタオタしていた。

 その時だった。

 

「とーーーーーーうっっ!!」


 どこかから男の子の声が聞こえて、ゲシッと音がした。


「いてっ!! なんだこのガキ……!」

「正義の味方、シャイニングマンたーんじょーうっ!!」


 どうやら、男の子が不審者に攻撃をしたようだ。

 しかも「シャイニングマン」と名乗っている。

 今朝も放映していた戦隊モノのやつだ。


 でもオレは、もうそんなことは考えられないほどに頭がぐわんぐわんとして、息苦しかった。

 そんなオレを見て、声をかけたことを後悔したのか、不審者はチッと舌打ちして逃げるように去っていった。

  

「“俺が来たからには、もう安心だ! さあ姫、お手をどうぞ”」


 それは、シャイニングマンの決め台詞。

 手を差し出しているのだろう、男の子の指先だけ視界に入った。

 しかし、オレにはどうすることもできず……。

 

「うぐっ……げほっ、げほっ!!」

「ど、どうしたんだ!?」

「君、大人の人呼んできて! 早く!!」

「わ、わかった……!」


 男の子は、走って公園を出て行った。

 オレはるきあに背中をさすられながら、大人の人が来るのを待っていた。

 それから大人の人が来て、救急車に乗ったところで、オレの意識は現実へ引き戻された。


 


 

「はぁ、はぁっ……!」


 息苦しくなって、飛び起きた。

 カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。

 

「ま、また夢か……」


 体を起こすと、倫太郎がひと鳴きしてベッドから降りていった。

 最近、あの夢を見ることが多い気がする。

 何か良くない兆候なのだろうか?

 

 あの時は、シャイニングマンの子にも申し訳なかったな。

 悪いのは、不審者の男なのに。

 目をしょぼしょぼさせて、倫太郎のご飯を用意しながら思う。

 

 きっとびっくりしただろう、話しかけたらいきなり苦しみ出したなんて。

 でも、あれは本当に死ぬかと思った。

 あの子が連れてきた大人が、鳴沢先生じゃなかったら……。

 

「……ん?」


 そういえば、あの男の子、オレと同い年くらいだった気がする。

 発作でよく覚えていないが、呼びに行ったのもわりと短時間だったような……。

 そこで完全に覚醒して、目を瞬かせた。

  

「んんんんんんんん〜〜〜〜!?」


 もしかして……。

 もしかして、あの子は……!




 

「なあ、るきあ。おまえ、シャイニングマンって覚えてる?」


 登校中、るきあに訊ねてみた。

 

「ああ、昔テレビでやってたやつ?」

「そっちじゃなくて、ほら、十年前にオレが不審者に声かけられた時の……」

「あー、あの時の男の子!? ていうか、ヒロ、思い出して大丈夫!?」

「実は、今朝夢で見て思い出したから、今は大丈夫」

「それなら良かった。で、シャイニングマンの子が何?」

「いや、オレも半信半疑なんだけど……」


 ちょっと、言うのがためらわれた。

 

「なによー。勿体ぶるわねー」

「あの子……鳴沢じゃないか?」


 オレが言うと、るきあはあんぐりと口を開けて言葉を失い立ち止まった。

 

「うそでしょー!?!?」


 ようやく思考が回ってきたのか、るきあは頭を抱えて叫んだ。

 そして饒舌に続けた。

 

「なんで、あの正義の味方の子が、あんな性格ひん曲がった鳴沢くんなの!?」

「ひどい言われ様だな……」

「だって、鳴沢くんって──」


 そこで、るきあは言葉を詰まらせる。


「と、とにかく! 鳴沢くんは、ヒロをライバル視してるから、気をつけてね!」


 ライバル視?

 ああ、学年首位を争っているからということか……。

 そんな風に思われていたとは。

 もしかしたら正体を知られているかもしれないし、気をつけるに越したことはない。

 オレは大きく深呼吸して、再び歩き始めた。

 


 学校に到着し、ビクビクしながら教室に入ったが、鳴沢の姿はなかった。

 晶に訊ねると、どうやら欠席らしい。

 あとで晶にも軽く説明しておくことにしよう。

 

「欠席か……助かった……」

「もし本当にあの男の子が鳴沢くんだったとしたら、どんな顔して会えばいいのかわからないよね……」

「でも、今まで何も言われてないってことは、オレ達に気付いてないか、まったく忘れてるか……」

「どっちでもいいから、忘れててほしいよ……」


 るきあとそう話していると、快活そうな女子が鳴沢の名前を呼んだ。

 

「鳴沢くん、いる?」


 たしか新聞部の部長でD組の子だ。

 

「えーっと、神楽かぐらさん、 だったよね?」


 るきあが対応すると、神楽さんは隣にいたオレを見て驚いた表情を見せた。

 

「わ。香西くん!」

「え、なに?」

「べ、べつに、なんでもないよ……」


 ハキハキした口調が、途端に口ごもるようになった。

 もしかしたら、サボってばかりのオレが教室にいることが珍しいのかもしれない。

 

「あー、そうそう。鳴沢くんに伝えてほしいんだけど」

「な、鳴沢に?」


 噂していた名前が出て、どきりとする。

 

「新聞部の記事の締め切り間近なの! 早く記事をまとめてって」

「でも鳴沢、今日は休みらしいよ」

「ガーン!」


 思ったよりオーバーリアクションな子だ。

 るきあも明るい方だが、この子はそれ以上かもしれない。

 

「連絡先知らないの?」


 るきあが間に入ってくれた。

 

「それが、何度か送ったんだけど、未読スルーなんだよね」

「うーん、何かあったのかな……?」


 二人が話している横で、オレは今日一日は安心して学校生活を送れると、胸を撫で下ろしていた。

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