第3話 家庭訪問
病院から帰ると、玄関の鍵が開いていた。
え、たしか鍵はちゃんと閉めたはずなのに……。
まさか泥棒でも入ったのかと、そっと扉を開けると倫太郎が玄関で出迎えてくれた。
「にゃおん」
足元を見ると、玄関の鍵が開いていた理由がわかった。
るきあの靴があったからだ。その隣に男物の靴。
……誰だ!?
兄貴……じゃないよな? 帰ってくるなら連絡があるはずだし。
廊下を進んでいくと、自室の扉が開いていた。
「るきあ! ……と、
放課後そのままここに来たのだろう、制服姿のるきあと、ビジネスカジュアルな姿の迫河がそこにいた。
迫河のひときわ高い身長が、自室を圧迫している。
しかし、どうやって鍵を開けたのだろうか?
「邦ちゃんから合鍵預かってるの、聞いてなかった?」
「聞いてない!」
オレとるきあは、小学生の頃からの幼馴染だ。
両親が亡くなって幼い頃は親戚中をたらい回しにされてきたが、兄貴が高校を卒業して部屋を借りられるようになったので、このマンションへ引っ越してきた。
隣へ挨拶に行ったら、住んでいたのはるきあの家族だったのだ。
兄貴がドイツへ行ったのは五年ほど前。その頃からずっとるきあは合鍵を持っていたということになる。
緊急時を考えれば正しい判断なのだろうけど、オレに黙ったままなのは困る。
「勝手に入ったのは悪かった。こうでもしないと逃げられると思って、俺が落合に頼んだんだ」
迫河は正直に謝ってきた。
本当に、こういうところは真面目な担任だ。
「あー、そうか。欠席の連絡するの忘れてた」
「いや、おまえいつも連絡してこないだろ?」
迫河は、現在と一年の時の担任である。
年齢がオレの兄貴より若いこともあって、かなりフランクにさせてもらっている。
二年の担任は、無断欠席するとすぐに連絡が来たり怒られたりもしたが、迫河は諦めたのか無断欠席くらいでは連絡してこなくなった。叱られたりしたこともない。
そんなのんびりしてる担任でもあって、オレはつい甘えてしまっている。
「今日は病い……あ、用事があって」
オレが言うと、るきあはハッとしたような顔をした。
病院に行っていたことを察してくれたようだ。
「ねえ、ヒロ。迫河先生には言っておいた方がいいんじゃないかな?」
「……っ、ダメだ!」
「な、なんだなんだ?」
大声で拒否したから、迫河を驚かせてしまった。
「でもヒロ、このままだと出席日数足りなくて卒業できなくなるって……」
「え〜……」
出席日数は計算しているつもりだったが、目測を誤ったようだ。
るきあもそれがあったから、迫河の頼みを許諾したのだろう。
「じゃあ、詳しくは話せないけど……実は、病院に行っていたんだ」
オレは、事実のみを伝えた。
「病院? どこか悪いのか?」
「病名とか、症状とかは言えないんだけど、毎月通ってる」
「おいおい、知らなかったぞ。前任からも聞いてない」
「そりゃそうだよ。誰にも言ってない。言えないんだ」
「言えないって……」
この病気は、男性に事情を知られると発作が起きる可能性が高くなる。
それに、オレの本当の性別も明かさなければならなくなってしまう。
だから迫河には言えないのだ。
「この事を知ってるのは、兄貴以外ではるきあと、養護の山本先生。でも、詳しく聞き出そうなんてしないでほしいんだ。でないと、オレの命に関わる」
「命!? そんな悪いのか、おまえ!?」
迫河は驚いたが、これは冗談でもなんでもない。
実際、十年前に大きな発作を起こしたことがあるからだ。
今朝見た夢の通り……。
るきあがあの男の子に指示をしていなかったら、危なかっただろう。
「いや、迫河が知ろうとしなければ平穏無事に生きていける……と、思う」
「ちょっと、わけがわからないぞ?」
迫河は困惑している。
そりゃあそうだろう、オレ自身も不思議でならない。
香西家の血筋の女性にしか発症しない病なんて、なんの呪いだって思う。
「…………ん? ちょっと待って。別に話さなくても、これから毎日真面目に学校に行けば良かっただけの話では?」
「ま、まあー、いいんじゃない? 少しでも事情を知っておいてもらえた方が、何かあった時に配慮してもらえるし?」
なるほど、るきあの言うことも一理ある。
「そうだな。三年の今の時期、今更感はあるが話してくれて良かったと思うよ」
続いて、迫河もそう言ってくれて安心した。
「じゃあ、今までの遅刻欠席を帳消しに、なんて──」
「それはない」
間髪入れず、二人が声を揃えて厳しい表情で言ってきた。
「ダメかー……」
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