第2話 ライバル? 鳴沢佑二【side鳴沢】


「香西! 香西はまた欠席か!?」


 チャイムと共に教室に入ってきた担任の迫河はくが先生は、教壇に立つなりそう言った。

 三年B組の教室、窓際の後ろから三番目、そこが香西ヒロの席だった。

 誰もいないその場所を包むように、秋風にカーテンが揺れている。

 俺は、迫河先生と同じく「またか……」と思いながら、斜め後ろの自分の席からそれを見つめていた。


落合おちあい、香西はどうした?」

「先生ー、あたしはヒロの保護者じゃないんですよー」


 迫河先生と落合さんのやりとりに、教室中がどっと笑いに包まれる。

 俺は唇の端を上げたくらいで、それ以上笑う気にはなれなかった。

 いっそ学校に来なければいいと、そんな黒い感情にさえなっていた。


「それはわかってるが、ちょっと放課後職員室まで来てくれ」

「はぁーい」


 そんなやりとりがあって、SHRが終わった後、クラスメイトの瀬戸せとあきらが落合さんに話しかけている。


「るきあちゃん、ヒロどしたの?」

「いつものサボりじゃないかなぁ?」


 二人の声はよく通って、嫌でも耳に入ってきやすい。

 落合さんは高すぎず低すぎない心地のいいソプラノボイスで、瀬戸は常にやたらと声が大きい。

 教室の隅で談笑していても内容がわかってしまうほどだ。

 新聞部の俺としては、お喋りな二人がクラスメイトで非常に助かる。


 一日の授業が終わり、落合さんは言われた通り職員室へ行ったようだ。

 おそらく、香西のことなんだろうな。

 気にはなるが、用もないのに職員室へ入ることはできない。

 仕方なく、俺は新聞部の部室へ行くことにした。


 

「……で、次の新聞が……って、聞いてるの? 鳴沢くん……鳴沢佑二なるさわゆうじ!」

「あ、ごめん。なんだっけ?」


 神楽かぐらさんにフルネームを呼ばれて、顔を上げる。


「まったくもう! 受験勉強が忙しいのはわかるけど、最後くらいきっちりとしましょ!」

「はーい」


 部長である神楽さんに叱咤されるも、俺は気のない返事をした。

 俺達三年生は、新聞部最後の活動ということで神楽さんは妙に張り切っている。

 新聞部と言っても、そんなに活動的じゃない。

 せいぜい学期ごとに一回学校新聞を出すくらいだ。

 最初は勉強との両立が不安だったが、入ってみればかなり緩い方針で助かった。

 三年生は俺達二人だけだし、他の学年の人達はほとんどが幽霊部員である。

 それに、神楽さんが視える・・・人らしく、彼女が写真を撮ると決まってオカルトめいたものになる。

 それが目当てで入ってきた部員もいるので、俺達が卒業した後はどうなることだろうと思う。


 俺が新聞部に入ったのは、どうしようもなく下らない、黒い感情からだった。

 香西ヒロのことである。


 香西ヒロは、文武両道で性格に難があるわけでもなく、一見すると非の打ち所のない生徒だ。

 ただ、学校をサボりがちなところを除いては。

 一部の女子に人気もあるようだが、幼馴染の落合さんといつも一緒にいるので寄ってくる女子は少ない。

 まあ、そこは置いておいて。

 

 香西はこの高校に入学してから、ずっと学年首位だ。

 いや、三回ほど俺が首位になったことがある。

 それは中間期末テストではなく、決まって夏休み明けの実力テストの時だった。

 つまり、香西は夏休みに勉強せずに実力テストを受け、それでも学年二位か三位なのだ。

 俺は、手を抜いた香西に勝っているだけに過ぎない。

 それがわかった時点で、勝手に香西をライバル認定した。

 

 だが、あまり学校に来ていないにも関わらず成績がいい。というのが、俺には不可解だった。

 塾に行っている様子もないし、家での自主学習だけでそんなに学年首位をキープできるものなのだろうか?

 俺だって、医者である親父の跡を継ぐためにかなり勉強している方だと自負している。

 それでも勝てない。

 だから俺は、香西のことを知るために新聞部に入ったのだ。

 香西の情報でも、弱みでもなんでもいい。

 普通に訊くと怪しまれるが、新聞部の取材だなんだと理由をつければ、他者からもインタビューという形で情報を得られる。

 そんなことより勉強した方がいいと、自分でもわかっている。

 でも、俺だって今までずっと勉強してきて、それでも勝てないのだ。


 本当に、卑怯で自分勝手で下らない、逆恨みのような理由だ。

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