第6話 いい彼氏だった

 不穏な空気が流れる中、


「よし! 私歌っちゃうかな~?」


 マイクを手に取って、雰囲気を和ませようと曲を入れた百瀬さん。

 なんて空気の読めるいい子なのだろう。


 亜緡と那奈先輩の一番の理解者なのかもしれないな。ちょっと天然そうなところはあるけど、どちらの扱い方も分かってそう。


「あんた、那奈先輩と何話してたのよ」


 百瀬さんの曲が始まると、さりげなく俺に話しかけてくる亜緡。


「何って、世間話だけど」


「嘘くさっ。私の話とかしてないでしょうね」


「なんでお前の話をいちいち俺がしなきゃならない」


「那奈先輩と菊名から話を振られたら、どうせあんたは答えたでしょ」


「もし聞かれたとしても全部なんて答えねーよ」


「あんなに迫られてたけど、何も話してないと?」


「多少は聞かれた。けど、俺は別れた原因とかお前が話してそうなことしか言ってない」


「結局話してたんじゃん」


 スマホをいじっている那奈先輩の方をチラリと見ると、ソワソワとする亜緡。

 言われたくないことでもあるなら、部屋に残っておけばよかったのに。

 トイレに行くにしろ、どっちかを連れていけば不安は減ったはずだ。


「私のことも、二人から何も聞いてない?」


「あぁ、聞いてない」


「そう……ならいいんだけど」


「一つ言われたのは、もっとお前を理解しろとさ」


「……っ!」


「一年弱も一緒に居たのに、まさかそれを言われるかと思ったけどな」


 鼻で笑いながら言う俺であったが、


「この話はもうおしまい……」


 正面に居る亜緡の顔は真っ赤に染まり、口をすぼめていた。

 その表情。自分の思惑に気付いてもらって嬉しい赤面なのか、余計なことを言った那奈先輩に対しての怒りの赤面なのか。


 どちらかというと前者だろう。じゃなきゃ、分かりやすく俺から目を逸らさない。

 こうゆうところは、なんだかんだ可愛いんだよな。


 付き合っているときもよく俺に見せていた表情。可愛いと言って頭を撫でると、うっさい、と嬉しそうにしながらもその手を退ける。


 そんな亜緡のことをふと思い出してしまった。


 今ではもう、ただの思い出に過ぎないけどな。


 こちらの様子をチラチラと伺いながら、亜緡は俺に聞いてくる。


「てか、なんであんたは今日の合コンに参加したのよ」


「今日のメンバーの友達に誘われたんだよ。その誘い主は未だにこの場には現れないけどな」


「へー、自分の意志じゃないんだ」


「俺が合コンなんか参加するキャラじゃないだろ。それはお前が一番知ってるはずだろ」


「そう……だね」


 彼女一筋だった奴が合コンなんて出会いの場に積極的に参加するわけがない。

 友達と夜に遊んでいても、駅まで迎えに来てと言われたらダッシュで向かう男だぞ俺は。


 自分で言うのもなんだが、ホントいい彼氏だったな俺。

 別れ瞬間に出会い厨だと思われかけてたのが普通にムカつく。


「そうゆうお前はなんで参加してるんだ? 那奈先輩の誘いか?」


 亜緡も自分から合コンに参加する質じゃない。

 むしろそうゆう場を嫌うまである。

 コミュ障で小難しくてめんどくさい。そんなやつが参加して楽しく過ごせるわけないしな。



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