第5話 怒って……ないですよ

「亜緡ちゃんと復縁しないなら、私が真鶴くんを貰っちゃってもいいんだけどなぁ~」


 そう言うと、唐突に俺の隣に座ってくる那奈先輩。


「え、いきなりなんですか」


「そんな冷たい反応しないでよ~、ちょっと悲しくなっちゃうじゃん」


「と言われましても……」


 俺の肩に頭を乗せて、甘い声で誘惑してくる。

 平然を装ってはいるが、内心ドキっとしてしまう。


 フルーティーな香水が鼻をくすぐり、少し目線を落せば、亜緡の時には見れなかった深い谷間が俺の目を奪う。


 こんな事されて、揺らがない男子など誰一人いないだろう。

 その様子を、呆れた様子で見ている百瀬さん。


「また始まった……」


 またなの?

 ってことは、何回もこうゆう場面を見てきているということになるよな。

 おいおいやめてくれ。せっかくいいところなのに、なんだか気分が下がってしまう。


「なんかトイレ混んで……おい!」


 刹那、ブツブツと呟きながら帰ってきた亜緡は、こちらを見るや否や絶叫する。。

 これまた、気分が下がってしまった。


「ちょっと那奈先輩!  真鶴に何してるの⁉」


 怒鳴りながら俺たちの間に入り、顔を交互に睨む。


「別に? 何をしてようが勝手だろ」


 そう、俺は今フリーなんだ。俺が女子と密接になってたって、口出しなんて言われる筋合いはない。


「勝手とか……場所をわきまえなさいよ場所を!」


「んなこと言われてもな。くっついて来たのは那奈先輩の方だし」


「はぁ? 那奈先輩がそんなことするわけないじゃん!」


「ううん。真鶴くんのこと気になっちゃって、私から行っちゃった」


「那奈先輩……?」


 お茶目に舌を出す那奈先輩に、必死に感情を堪えて引き攣った笑顔を向ける亜緡。


「ま、まぁそんな怒らないでよ~」


「別に怒ってないです! ただ那奈先輩に鼻の下を伸ばしてデレデレしてる真鶴がキモかっただけです」


「そう? 私には怒ってるように見えたけど」


「怒ってない……ですよ」


「ならいいんだけど?」


 俺のことが嫌いのはずなのに、なんで他の女子と少しくっついただけでこんなに怒っているのだろうか。


 あれだけ俺を嫌いだとか気持ち悪いとかいいつつ、こうゆうときにキレてくるのは一番意味が分からない。


「でもさ、亜緡ちゃんと真鶴くんはもう付き合ってないんだから、真鶴くんと女子が何をしてよう亜緡ちゃんにはもう関係ないんじゃないのかな?」


「そう……ですけど」


 その言葉に、亜緡はしゅんと縮こまる。


 図星のようだが、俺は亜緡ちゃんの表情がどこか腑に落ちない。

 一年弱付き合っていた俺ならそれが分かる。


 何か、隠しているのだと。

 その何かは大体見当がついている。


 しかし、俺は亜緡から言われるまでは黙っておく。

 ここで俺が腰を折っても、何も変わらない。

 あいつ自身も、自分で前を向く努力をした方がいいと思うから。

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